今朝はすーしー。秋っぽい。でも日中はまた32℃まで上がる予報。やれやれ。
長野に置いてあった興膳宏せんせ編纂の『中国文学を学ぶ人のために』を持ってきたので、少し読んだ。訓読について、
英語の場合ほど顕著ではないにしても、漢字によって頂点のみを与えられたことがらや行為の間のすきまを、日本語によって補いながら、文全体として一つの整序された意味を追求しようとすることは、基本的には訓読の場合も同じである。ちなみにいえば、文言とちがってそうしたすきまの少ない白話文(口語文)は、訓読にはなじまない。
とあった。そうなのかな? 『詩経』の口語訓読をやっていると、漢字をルビに回したい箇所がけっこうある。中国でいう実辞と虚辞の、虚辞の部分ですね。『詩経』では発話の助辞、みたいなのを「これ」と訓じてすませているわけですが。「すきま」の多少に関わらず、語順が日本語と違うので、訓読の役割は「すきまを埋める」だけではないし。そもそも漢字のせいで中国語(文言)は「すきまだらけ」なのか?
文学史の区分としては、
①春秋・戦国時代~前漢
文学性が作者自身の明確な意識を伴って追求されていない、未自覚的な文学の時代。
②後漢~唐
詩を中心として自覚的な創作活動が営まれるとともに、文学の場が宮廷からその周辺へと拡張した時代。
③唐末~二十世紀初
伝統的な詩文が新たな展開をしつつ、戯曲・小説などの白話文が隆興した時代。
①と②の間には前漢の武帝が、②と③の間には唐の玄宗が、いると思ふ。武帝の場合は王朝が安定して、文献や賢人が宮廷に集まった。玄宗の場合は安史の乱によって、宮廷の詩人や楽人が地方に散った。ベクトルが逆で、武帝以後は宮廷で共通に認識されて、著者の個人名が伝わるようになり、玄宗以後は文学作品やスタイルが中央から地方へ広がり、口語の作品とそれを発表(上演?)する場も増えた。
①と②の間には簡策から紙へ、②と③の間には手抄から印刷へ、の変化があったと思ふ。①時代の作品は、②時代に整理(作品としてまとめるところから)された形で、いま読まれている。②時代の作品も、一部を除いて③時代に整理された(印刷物として刊行された)ものが、読まれている。③時代は、作者自ら編纂して、それを印刷(複製を作る)⇒刊行(頒布する)されるケースも出てきた。
白石君は、③時代の人。わりとダイレクトに白石君に近づけるわけで、『詩経』研究なんてその点、苦労が違うだろうなー。