2025年12月31日水曜日

さて、今年の振り返り。

今年は、別れの年だった。春に恩師のS先生が亡くなり、秋から冬にかけて母親が入院⇒看取り。陳さんは闘病中だが、介護移住は「ごめん、やっぱり無理っぽ」。

定年前に分かってよかった。少なくとも北京の義姉たちは「仕事やめられないの? 仕方ないわね」だから。定年後のことは、定年になってから考えよう!

去年の年末は「家政婦のいる生活」に慣れなきゃいけないのかなあ、気が重いな~、だったけど3月の騒動を経て、あの家政婦では絶対に無理! でも陳さんは、あのガサツでだらしない、だからこそ24時間べったりで陳さんに合わせて生活できる家政婦がいいらしい。私は睡眠時間は乱れているが、眠い時には寝てしまうし、それを起こしてまで「あれやって、これやって」とは、陳さんは言わない。でもあの家政婦相手には、それができる。透析の付き添いも、ほとんどの時間を廊下で待機、それを私(や義姉やほかの家政婦)には要求できないが、あの家政婦には要求できる。「そのために雇っている」の認識が、陳さんサイドと家政婦サイドで食い違っているけど。

「仕事」に対する認識は、義姉たちとも食い違っている。大学を定年になったからといって、私が「仕事」をしないわけではない。と陳さんは分かっているが、他の人たちは分かっていない。ま、仕方ない。自分がレアケースなのは、よーく知っている。陳さんタイプがレアなのも、私は知っている。「好きなだけ勉強しろ」と応援してくれる人は何人かいたが、いざ自分の家族となったら「ご飯は作ってくれるんでしょ?」とか「介護はしてくれるよね?」だもんね。

前期も後期も学期始めに喘息になり、マイクで授業。いつもの咳だけでなく鼻もおかしくなり、夏には「ばね指」になり、腰も痛い。私も確実に「おばあちゃん」になっている。背も順調に縮んでいるし。やれやれぢゃ。

とりあえず、煮しめを作る。材料はそろっている。ぜんまいもうまく戻せた。黒豆は電気圧力鍋で煮る。酢だこや蒲鉾は切るだけ。


2025年12月30日火曜日

4ニャンコ、いちばん人懐こい熊太郎が布団にもぐり込んできた!

Breakfast at Tiffany’s intro

あとで見てみよう。「おねだり」系のお話だったとは、知らなんだ。

ティファニーで朝食を - Wikipedia

私が最初に見た中国映画は、これ。NHK中国語講座で、一部が紹介されていた。

中国彩色老电影《五朵金花》1959年 音乐电影 chinese old musical movies 《Five Golden Flowers 》

『農奴』も見つけた。学生時代に観ていたのは、こんなんばっか。池袋の豊島公会堂で月に1回、中国映画の上映会があって。字幕をつけていたのは日中学院の先生たち?

《农奴》 百年前的“世界屋脊”西藏 并非神圣之地 农奴生活悲惨(旺堆 / 强巴 / 小旺堆)| new movie 2021 | 黑白电影

当時のお気に入りは、これ。

马路天使 国产故事片 1937

私の理想の男性は、この「老王」だ!

こっちに『老舎全集』4冊が置いてあったので、ぼちぼち読む。大学2年の中国語の教材が『駱駝祥子』だった。岩波文庫に翻訳があるのに、どこをどう訳してそうなったのか、さっぱり分からなかった。そもそもピンインを読めるのは、高校の頃からNHK中国語講座で勉強していたという男子と、1年の時に図書館で「リンガフォン」の母音・子音だけを繰り返し4時間も聴いてマスターした私の、2人だけだった。中国語学習者が増え始めたころで、1クラスに履修者80人。翌年から2クラスに増えた。

苦節40年ちょい。

2025年12月29日月曜日

ぜんまいを水にひたして戻し、黒豆も水にひたし、おせちの準備を始める。いちおう酢だこも小さめ、栗きんとんも少なめ、派手にはしないけど正月っぽく過ごす予定。煮物や雑煮の準備も万端。飾りつけはしないので、地味に。

3月に北京へ行った時に、まだ陳さん名義の「資産」なのに、ハルピンの義姉1もいて、あーだこーだ、みんな「家政婦に全部とられるわよ」を心配していた。「とられても仕方ないわね、妻らしいことしていないんだから」「はあ?」 しつこく陳さん「名義」と書いているように、「もとは私が仕事して得たお金なんですけど?」 

しかし陳さん名義で持っていなければ増えなかった泡銭(中国不動産バブルの)だし、結婚した時の陳さんの月給は200元=5000円、私も大学院生で、お互い「金目当て」ではなかったはず。その後、私はとんとん拍子に仕事に恵まれ、物欲少なめ節約志向で、人民元泡銭をあてにしなくても、日本円貯蓄と年金で老後の経済的不安はない。私が老後、困窮するとしたら、日本のたいがいの人はもっと困窮するだろう。

あの動画を見ていて、自分で働いて得たお金じゃないのに執着する人がいる、しかもけっこうたくさんいる(応援コメントの人たち)。あっちにはあっちの「正義!」があり、「自分がもらって当然!」だし、ぶっちゃけ「お金に困っているんですか?」だと相手も必死なので、揉めたら疲弊するだろうなあ。

で、中国行きは気が重い。どんどん重くなっている。ちょうど日中関係も悪化しているし、「ばね指」の治療もしたいし、定年に向けてあと1本論文書いて、研究室の本の整理もして、やることいろいろあるし~。

《#骆驼祥子》/ Rickshaw Boy 38年前的国宝级电影!在吃人的旧社会 人想活着太难了!(#张丰毅 / #斯琴高娃)

久しぶりに見たら、やっぱり名作だ~。

【再現ドラマ】木嶋佳苗 獄中編 第1話|小菅ヒルズへようこそ

こんな「お金に困らない生活」もあった。本人のブログもあるらしい。

2025年12月28日日曜日

外は真っ暗。さすがに寒い。

弟は母親を失った悲しみを乗り越え?、フローリングを磨いたり、天然なめこを採ってきて冷凍したり、4ニャンコと地味にまじめに暮らしていた。「猫より長生きしないと、ぜんぶ保健所行きだからね」「それは可哀想だもんなあ」だって。

私は離れて暮らしていたので、たまに思い出すと涙ぐむくらい。今朝は母親が使っていたマグカップで、ホットレモンを飲もうとしてますが。何かのご長寿記念に、町がカップと茶碗をくれた。茶碗は小ぶりで、「ダイエットにいいんじゃない?」と前から私が使わされていた。

あの動画主さんは、相続についてよく理解していなくて考えが二転三転する上に、「まとめ」がいつも要領を得ず「どういうことですか?」とコメント多数。それでも6本の動画を見ると、岡目八目で状況は理解できる。

叔父さんは秋田から東京へ出てきて、動画主が高校生の頃からつきあっている「内縁の妻」とその娘1人がいたが、ずっと「独身で子供がいない」ので動画主をかわいがり、貯金通帳は動画主の母親(叔父さんの姉)と、母親が若くして亡くなったあとは父親が、管理していた。生命保険の受取人も動画主(1000万)だったが、8年前にアメリカに行く時に秋田の甥(200万)に変更して、「甥に全部やる、墓も秋田に」と言った。家は定年になった22年前に千葉に建てて、庭いじりが好きだった「内縁の妻」と暮らしていたが、彼女は7年前に亡くなった。その後は一人暮らしで、中も外も荒れ放題。その家と車と預貯金2400万を残して、亡くなった。

6本目で明らかになったことを含めてまとめると、叔父さんはかなり破天荒な人生だったみたい。「内縁の妻」の娘も、養子にはしなかったんでしょうね。叔父さんは父親が後妻(連れ子2人)を「家」に入れて、何か感じることでもあったのかしら? 「結婚」に消極的だったみたい。自身が新しく「家」をかまえることをせずに、秋田の実家の墓に入りたがったわけだし。「結婚」してない、ってことは戸籍も、親の戸籍から抜いていない? 可能性はあるな~。

うちも私はかなりイレギュラーな「結婚」⇒「家」なので、深々とウォッチしちゃいました。相手は中国だから、やるべきことは分かっていても、実行するとなったら揉めに揉めて、泥沼どころじゃない予感。

2025年12月27日土曜日

長野へ。

母親のそろった戸籍とか関係書類を持っていく。あっちにある3通の年金手帳もチェックしないと。なかなか日数がかかりますね。母親は生前、大事なものを1カ所にまとめておいてくれたので、助かったけど。

【泥沼遺産相続の結末】⑥日本一時帰国の目的達成/ギリギリ渡米前に書類に署名ができた?/友人とランチ/シニアライフ60代/節約主婦/日本一時帰国 #遺産相続 #遺産分割 #相続問題

鬼気迫るものがありますニャ。応援コメントしか付かないから、動画主さんは「私が正義!」のまま、言葉と裏腹に黒い感情が残っている。怖い、怖い。

【衝撃実録】中国経済崩壊・第2フェーズ|駅前も新築も“90%空室”の絶望現場

どこもこんな感じなのかな~? 東京にも似たような場所はあるみたい。

【入居倍率100倍】全国民が憧れた「日本最大ニュータウン」が高齢化・ゴースト化・孤立化…希望はあるのか?

わざとさびれた場所ばかり取材しているのでは?、というコメントも多い。うちの近所の商店街も、昼間は高齢者だらけ。日本全体が超高齢化社会なわけだし。

2025年12月26日金曜日

なま暖かい冬の朝である~。室温14℃スタート。

『平凡的世界(普及版)』はそれなりの厚さ、それなりの重さなので、明日からの長野行から戻ってから、ゆっくり読もう。長野まで持って行くのは、だるい。第二部は飛ばし読みで、ざざーっとストーリーを追う読み方をしてしまった。

極貧農民の孫家は、お父さんがしっかりしていて、3人の子どもはみな賢かったが、時代と政策のせいで兄少安は小学校だけなんとか通わせてもらって「農民」に、弟少平は町の高校を卒業してから村に戻って3年ほど教師をやった後に都会へ出て「農民工」⇒戸籍を移して「工人」に、妹蘭香は少平からの仕送りもあり、兄たちに支援されながら大学に進学。卒業後は仕事を「分配」されて都市戸籍の「幹部」かな? 村に戻って「農家の嫁」になるのはイヤ!、と必死に勉強した。「宇宙に行きたい!」と思って天体物理学科に入るのだから、勉強の動機はそれだけではなかったと思うけど。

姉の蘭花を忘れていた。ぐうたらな夫で、子育てしながら「農民」として苦労三昧。親の心配は尽きない。妹蘭香は将来留学も?というのに(第三部をちらちら読んだ。少平の恋人の田暁霞は洪水の取材中に殉職した)。

陳さんの戸口(簿)を見ていると、項目が少しずつ変わってきているけど、いまだに「文化程度」欄がありますよ。陳さんは「大学本科」になっており、ここでいう「文化程度」は「学歴」のことだと分かる。怖い、怖い。せめて初等教育を義務化してから、言ってほしい。とうちも貧乏なほうだったので、思う。世が世なら「おしん」だった私。「おしん」と違って、奉公に出ずに学校に通えて、良かった♪ 公立⇒国立で、大学・大学院の学費はまだ安いほうだったし、奨学金は教育職についたら返済免除になったし。

今日は「だるいな~、全面オンデマンドにしちゃおうかな?」と一瞬思ったが、「1人でも来て授業受けたい!」という学生がいるので、行こうっと。勉強できるのは、幸せなことだ。

2025年12月25日木曜日

さぶさぶ。室温10℃スタート。

今週はオンデマンド併用で、さらに明日は午前のセミナー『史記』を自習⇒年明けプレゼンにしたので、午前中に「切らないバネ指手術」をやるクリニックに行く予定。エコーで見ながら、肥厚して邪魔になってしまった腱鞘を細いメスでカットする方法。まだステロイド注射を1回やっただけなので、すぐ手術にならないなら、それもいいけどなー。

長野と東京と行ったり来たりで、あまりケアせずにバタバタいろいろやっていたら、悪化した。でもマメに湿布したりマッサージしていたら、また少し動き出した。あわててざっくり切る必要は、ないような。

今日も買い物に行く途中で、ピコピコ指が動き出したので、明日の診察はキャンセル。歩いて手先足先の血流がよくなって温まると、動く気がする。もうしばらく様子見。肥厚した腱鞘に慣れて、腱がまた動き出す、なーんてことはないのかニャ? 足のかかとのトゲみたいな感じで。あれも2年くらい痛かったが、いまは何ともない。

『平凡的世界(普及版)』第二部まで読み終わった。文革が終わり政策が変わって、極貧農民の孫家の兄少安は農村で起業して暮らし向きが良くなり(分家して嫁と実家はギクシャクしているけど)、弟少平は都市戸籍の「工人」となり、妹蘭香は重点大学の天体物理学科に合格した。さてさて、このあとどうなる?

2025年12月24日水曜日

室温15℃スタート。イブは10年ぶりの雨予報。

左手親指「ばね指」手術のための血液検査の結果を、聞きに行った。問題なしで、クリニックで出来る。が、2週間ほど水に濡らしてはいけない。親指の付け根だから、左手全体を濡らさないよう、気をつけなくてはならない。

手術で良くなる可能性は8割。8割の人がすっかり良くなるのか、手術前より8割がた良くなるのか、微妙な感じだった。手術後は腫れたりするし、リハビリが必要で、するする動くようになるのに2カ月くらいかかる人もいるらしい。

親指の第一関節が自力で曲げられない状態だが、夜は湿布して寝ていたら、たまにコキコキ曲げられる時がある。昨日もクリニックに行く途中でそうなり、医師にも「ほら、こういう時もあります」だった。あまり痛みはない。第一関節が使えないから、瓶のフタを開ける時とか、不便ではある。キーボードを打つのは、問題なし。

迷うな~。忘れた頃に治ったり、しないかな? とりあえず手術の予約はしなかった。あまり間があくと、また血液検査から、って言われた。そんな急に糖尿病や腎不全になりますかね? 感染症リスクが高いので、その場合は大きな病院で。でもそうなったら、まず糖尿病や腎不全を治療すべきだし。

ばね指,手術,治療,大阪 - 大阪 ばね指の手術・治療  医療法人 古東整形外科

2025年12月23日火曜日

いちばん長い夜が明けた。室温10℃スタート。

中国のカレンダーでは、21日(日)が冬至だった。日本との時差は1時間だけど、その差なんですかね? 

『平凡的世界(普及版)』は、第一部を読み終わった。極貧農民の孫家の兄弟、少安(兄)と少平(弟)には、同情はするけど共感はできない。少平に絡まれる班長顧養民と、少安にふられた田潤葉と結婚するがDV(だよね?)でボロボロになる李向前が、理不尽で可哀想。顧養民は「金持ち喧嘩せず」でやりすごして、大丈夫そうだけど。

名前が「養民」とか「向前」とか、時代ですね~。「少安」と「少平」も、「少しでも~」なのかな? この兄弟も、可哀想には違いない。(⇒訂正:「若い」のほうだった)

潤葉は、町の中学を卒業したあと町で教師になって「幹部」となり、「階層移動」したんですかね? 少平は町の中学を卒業したあと、村にもどって教師となり、こっちは「農民」のまま? 家では「先生」と認識されているけど。戸口簿に「幹部」や「農民」は記載されるけど、「先生」はなかったと思う。

戸籍と住民票が合体しているから、どこに住んでいるかで、違ったかも知れない。配給の都合があったので。最近でも医療保険や年金の都合で、「戸口」を動かすのは容易ではないと思う。共産主義なのに(だから?)階級がハッキリ区別される、というのがピンとこない。そういうものなの?

2025年12月22日月曜日

暑くて夜間の中途覚醒。湯たんぽが要らなかった? 室温が17℃もある。

昨日の小コタツは、手で簡単に持ち運びできるのがグッド♪ 布団の中に入れて湯たんぽ代わりにしても、いいそうな。しないけど。

【年金いくら?】76歳『年金月額40万円の生活...老後の年金生活』年金インタビュー

日本⇒アメリカで勉強、アメリカ在住の通訳・翻訳をやっていた方。日米ともにいいところがある、と言う。素敵な生き方ですね~。私は最近、中国で暮らすのはキツイわ~、ばかり。これまでは陳さんに守られていたから、中国社会でも無事に過ごせていたのであった。その楯がなくなるとね~。

アメリカではアジア一括りで差別的な扱いをされても「私は日本人です!」で日米同盟、でも中国はなにかというと反日。「アメリカには天井がない、何でもできる」に対して、中国はやたら監視社会になり、「壁に耳あり障子に目あり」 日本以上にあちこち気を使いながら暮らさないと、詰む。

私もこの方のように、日本より中国のほうが、言いたいこと言えて、女性でもバリバリ仕事できて、と若い頃は思っていたけど、日本でバリバリ仕事して言いたい放題やってきたら、いつの間にか中国のほうが窮屈になっていた。なんだかなー。

2025年12月21日日曜日

今朝は室温14℃スタート。なま暖かい。電気ストーブ点けてるけど。

『平凡的世界』は普及本でちびちび読んでいる。3冊本は返却してしまった。自分の本なので、登場人物には色鉛筆で印をつけたりして。誰が誰やら、混乱するらしいから。同じ姓の下にわらわら親族がたくさんいるのかしら?

「世界最高水準」事実上、階級が存在する中国貧富格差

貧しい国が先進国になることが難しい理由、中所得国の罠

語学や研究、定年後の「ごんじー修行」も同じかな? 中級から上級に行くのが難しい理由と、その壁を突破するために必要なこと。

机の下に置く小さなコタツをポチ♪ 膝から下を温める。薄くてあまり使っていなかった羽毛布団をかけたら、すっぽり腰の辺りまでくるまって、いい感じ。

2025年12月20日土曜日

週末は雨がち。でも洗濯している。

研究室から古華『芙蓉鎮』を持ってきた。こっちは年齢上めの人々(知識人もいる)&町が舞台なので、共感しやすい。

ドラマ「平凡的世界」の若者たちがボロを着ていてもこざっぱり見えるのは、俳優たちが肉づきがよく皮膚が薄そうだから、だと思ふ。リアリティがない。骨格からして、村育ちと町育ちは違う。なので張芸謀は「赤いコーリャン」などの映画で、農民の中からキャストを選んだりした。格差は残酷ですよ。

2025年12月19日金曜日

まだ外は暗い。室温は11℃スタート。

そろそろダウンコートにするかな~。数年前に買った若者向けっぽいデザインのは、モコモコで嵩張る。最近はもっと薄いのが主流。

自分でやる不動産名義変更(相続登記)の方法・流れ・必要書類

新潟の従兄がやる気満々だけど、自分でも出来そう。中国関係のもっとややこしいことを、こなしてきたんだから。

2025年12月18日木曜日

浄土真宗は東と西に分かれていて、うちは「お東」。お布施が安めらしい。

父親の時は、兄弟姉妹の末っ子なのに最初に亡くなってしまって可哀想に、と母親も気合が入っていて、お寺の横に新しく墓を建て、永代供養料もはずみ、仏壇を買い、法要もまめにやった。先代の坊さんは東京にもお盆にお経あげに来たりしていたが、いまの坊さんは長野に来るのも億劫がり、来ると親戚中の噂話(悪口)を言って帰る。弟曰く「ありがたい説教なんか聞いたことない」

ま、それは坊さんの問題だけど、亡くなったら即成仏で、修行する必要はないので、たとえば棺に入れる時に「服装は自由で」とか、戒名はなく法名をつけるとか、いろいろ違うようです。

私は昨日、長野の年金事務所から母親が「厚生年金に加入していた期間があるようです」と通知がきて、それが昭和30年って、「20歳の頃?」 結婚前に名古屋で働いていた時のものだろうけど、事業所の名前や住所を書いて送れば、「確認できたらその分も振り込みます」という。うわ、これが「消えた年金」ってやつでは? 記録がつながっていない。

弟に電話したら、年金手帳が「国民年金が1冊、厚生年金は2冊あるよ」と言う。なんじゃ、そりゃ? 訳わからないので、年金事務所に3冊持っていって「どういうことでしょうか?」と聞いてもらう。昔のことだし、無効でもいいけど、いちおう母親の人生の軌跡みたいなことなので、確認だけしておきたい。

母親の出生までの戸籍がそろったと電話がきたので、受け取りに行った。2週間といったら本当に2週間で準備できるのはさすがだ、と思ったがとくにデータ入力したわけではなく、手書きのままだった。逆になぜ2週間もかかるのか、誰か職員がてくてく出かけて取って来るのか? いちおう2通ずつにしたが、今日は計6通で4500円もした。1通ずつでよかったかも知れない。

出生して届け出⇒結婚するので除籍⇒東京で新しい戸籍(私の名前もあった。私の出生届はここだ)⇒いまの住所に転籍⇒除籍、計5種類。住民票のように、引越すたびに戸籍も移す人がいるらしい。あとあと面倒だじょ~。

2025年12月17日水曜日

『平凡的世界』は朗読を離れて、飛ばし読みになってきた。これなら普及版で読んでも、いいみたい。

中国は義務教育じゃないので、農村で貧乏だと小学校もロクに通えない。通っても、教科書もまともに揃っていない。映画「あの子を探して」の世界。まして「半労半学」で、半分は労働に時間を費やす。残り半分の学習も、党の発表する論説だったり。キツイわ~。こういう子ども時代を過ごした人たちと、揉まれて暮らす? キツイのよ~。

今日は母親の三十五日。お寺がお経をあげに来るというが、弟に任せて、授業。勉強できるうちに勉強しないと、だからニャ。浄土真宗で、なにかとデタラメなんだけど、気持ちの区切りをつけるにはいいのかも知れないですね。

2025年12月16日火曜日

予定日を過ぎても届かないのでキャンセルした『平凡的世界(普及本)』1冊が、昨日届いた。返品するのも面倒そうなので、「購入するから手続きしてください」で、やってもらった。そのやりとりは、ちょっと面倒だった。AIのチャットが「注文をキャンセルしたいのですね?」「いいえ」で、おそらく人間につないで、手続きが完了した。それでも人件費は大幅にカットできているのかニャ?

「普及本」1冊は3冊本より文字が小さいのかと思ったら、ダイジェスト版だった。朗読があるのは3冊本、全60時間。いま3時間ほど聴きながら読んで、第一部第九章まで終わった。「ちょっと冗長だな」と思った村の批判会の滑稽な悲劇が、ダイジェスト版では10行くらいに要約されていた。でもこの辺りをしっかり覚えていないと、現在の中国は見えてこないかも知れない。残り57時間ですか~、長いな。

朗読のダイジェスト版もあった。全20時間?

听书 有声书 平凡的世界 路遥 李也默平凡的世界上 1

ドラマの画面を挟みながら紹介している、こんなまとめ動画もあった。

平凡而偉大!沉浸式解說 感動1億人史詩巨著《平凡的世界》(S1P1)|江湖舉人

原作を6回読んだ、という人もいた。農村の出身らしい。

【平凡的世界】董宇辉看了6遍的书,听他讲忍不住了想哭

私は映画「芙蓉鎮」を何回も観たな。古華の原作(第1回茅盾文学賞受賞)も読んだ。『平凡的世界』(第3回茅盾文学賞受賞)は1986年初版、「傷痕文学」とはまた違うらしい。

オンライン中国20世紀文学辞典 (☚傷痕文学について)

茅盾文学賞 - Wikipedia

2025年12月15日月曜日

室温10℃スタート。ゴミ捨てに出たら、外はそれほど寒い感じではなかった。昨日は雨で、さぶっ。

布団乾燥機より湯たんぽのほうが、よく眠れる気がする。布団に入る時はちょっと「さぶっ!」、足元だけしか温かくないが、そのほうが眠りが深くなるような。気のせいかな?

こんな動画がお勧めであがってきた。

【在宅勤務】銀河鉄道999 ~The Galaxy Express 999~ (ゴダイゴ) アカペラbyリストラーズ

東工大の合唱部だった仲間が、学生時代から20年も活動しているらしい。いいね♪ 

「旅」繋がりなのか、こういう動画も出てきた。

Masaya - 이방인(異邦人)|한일톱텐쇼 65회

いいね、いいね♪ 上手いな~。そして「異邦人」はいい曲だ。成田空港が開港した頃で、「飛んでイスタンブール」とか、そういう曲が流行っていたらしい。

2025年12月14日日曜日

雨。

本文を筆写しながら少しずつ読んでいた林田慎之助訳註『陶淵明全詩文集』(ちくま学芸文庫)が、ようやく終わる。残るは「自祭文」だけ。蕭統の(とされている)「陶淵明伝」もあるから、もうしばらくかかるけど。

陶淵明は「自祭文」で人生「百年」と言っているが、63歳で没した。『文選』の編纂者として有名な蕭統(昭明太子)は、31歳で没した。

陶淵明の「田園」生活は、やってみると苦労も多く、陶淵明は病気がちだった。貧乏なくせに無類の酒好きだったから、まあまあ長生き出来たほうかも知れない。気難しい性格なので、妻子は苦労したに違いない。

『平凡的世界』は、読んでいると息苦しい。陶淵明と違って、先祖伝来の土地もなく、下僕を置いて生活の細々した用を頼むわけにもいかず、ちょっとしたことで咎められて「再教育」させられる。・・最後のこれが、いちばんイヤだ。

極度に貧乏だと、ヘイコラ言うこと聞いて「腹一杯食べたい!」になりそう。だから貧乏もイヤかな。でも陶淵明は貧乏なくせにヘイコラしなかったので、「すごいよね~」で読み継がれてきたかな。「当官」して貧乏から脱する手だては、あった人なわけだし。

あの動画主は進展があり、気の済むような分け方になるらしい。

【泥沼遺産相続問題終結】⑤日本一時帰国して良かった?/突然の相続問題解決/空白の2日間/12月なのに紅葉を見ることができました/シニアライフ60代/節約主婦/日本一時帰国 #相続問題 #遺産相続

本人に都合よいまとめ方になっているけど、要するに、いったん「実家の長男(従兄)」が全部相続して、「あれこれ片づけてから現金を公平に分けよう」という案は蹴って、「すぐ法定相続分の現金をくれ、でないと遺産分割協議書にハンコ押さない!」が通った。なので亡くなった叔父さんには計4人の兄弟姉妹がいたので、動画主は預貯金の4分の1をもらい、車は従妹、家屋は従兄になった。

叔父さんの兄(腹違い)の代襲相続人は財産放棄し、その分は叔父さんの秋田の姉の代襲相続人(従兄たち3人)で分け、さらに従妹は車、従兄は家屋がもらえる、自分は損しているけど諦める、「相続はこりごりだ」みたいな気持ちでいるらしい。

でも叔父さんのあと、秋田のおばさん(従兄たちの母親)もすぐ亡くなって、「代襲相続人が増えた」と言っていたので、「実家の長男」たちは自分の母親の葬儀などもやり、秋田の「家」の相続もしていたはず。そこへアメリカから動画主が乗り込んできて、ということなので、従兄たちこそ「さっさと終わらせよう」だったと思う。

怖い、怖い。多少ちゃらんぽらんだったかも知れないけど、80歳過ぎまで生きて、家と預貯金(3000万⇒2400万?)もそれなりに残して、こんな泥沼相続になるなんて、可哀想。

兄弟姉妹が兄弟姉妹の遺産を相続する際には「慰留分」はないらしく、叔父さんがしっかり遺言書を残していたら、8年前の「すべて甥にやる、墓は秋田に」で通ったはずだけど。

2025年12月13日土曜日

目が覚めちっち。さぶっ。室温が10℃。昨日の北風は「ついに真冬だ~」の空気で、冷たかった。

『平凡的世界』を図書館で借りたので、朗読を聴きながら読み始めた。が、9ページで早くも挫折しそう。主人公の孫少平(高校1年生)は家が貧乏で、日々ガラスのように脆い自尊心を傷つけられている。でもって家庭環境のよいクラスメートに「一種の変態的対立情緒」を生じて、班長に名前を呼ばれてもわざと無視したりして、それを同じ村の生徒に「いいぞ!」と煽られ、「でもあとで喧嘩になるんじゃないか?」「やれるもんならやってみろ!」とさらに煽られたりしている。・・げんなり。

ふつうに生きているだけなのに「一種の変態的対立情緒」を突きつけられる班長の身にもなってみろ! と思うが、分からないのだろう。心配するのは、「あとで喧嘩になったらどうしよう?」と自分のことばかり。

このところ世間を騒がせているレーダー照射問題も、専門家は「練度の低い方がやる」とキッパリ。だろうな、と思うけど、だからやらせておいていい、というものでもない。「みんな、さっさと勝手に幸せになろうよ!?」

さて、この主人公は読書好きらしい。まだ高校生だからニャ。本をたくさん読み、成長して、幸せになれるのでしょうか?

2025年12月12日金曜日

さぶっ。北風ぴゅ~♪ いつもの珈琲をやめて、生姜湯を飲む。

語録つながりで、岩波文庫の入矢義高訳『臨済録』を読む。780円也。ポチ♪したのは、こっちのほうが早かったけど、ずっと研究室に置いてあった。以前持っていたのは、どこへ行ったやら~。ポチ♪したのは改訂版で、句読(古くから伝承された読み方だったが)の口語部分を、けっこう直したらしい。

もともと口語体の多い原文を文語体で訓読すること自体に無理があったが、旧来の誤読の大部分は、主として原文そのものの口語と文語との違いをきちんと読み分けていないことの結果であった。(「解説」228頁)

以前読んだ時は、アニメ「一休さん」に出てきた「そもさん」「せっぱ」が中国語の「什麼生」「説破」だった、というような語彙に目が行っていたが、いま読むと「文法もかなり現代のチャイ語に近いじゃん!」と思った。それを改訂版では「信不及(しんぶきゅう)」なんて音読するので、「お経みたい」だニャ~。

臨済(?ー867)は、唐代末期の人。混乱した時代で、こういう激しい気合いで「喝!」を入れられると、「自信不及(自らを信じ切れぬ)」な修行者は「はっ!」となったのかも知れないが、座ってちょっと考え事をしていると棒でバシバシ肩の辺りを叩かれたりするの? 私は無理っぽ。

アレの傾向のある人だし~。いつもキョロキョロ、好奇心旺盛なのが取り柄でもある。大声も苦手だ。とくに突然出される大声が、苦手だ。10年ほど前に右耳が突発性難聴になってから、聴力は戻ったがいつも耳鳴りがひどいし。

そして『臨済録』の言葉は、けっこう下品で驚いた。言いたいことを何かで比喩しようとすると、途端に俗っぽく、下品なほうに傾く、というのは庶民の生活実態がそうだから? 入矢せんせは「時代の暗さの片鱗をとどめぬ徹底したオプティミズムは、その歯切れのいい明晰な語りくちの基調をなしつつ、しばしばべらんめえ調の毒舌となって噴出している」と理解を示して?いるけど、「おしとやかな」知識人にはキツいと思うわ~。

2025年12月11日木曜日

週末は雨? 雪? 晴れているうちに洗濯しよう!

平凡社ライブラリー(B6変型版)の竹内実訳『毛沢東語録』を買ってみた~♪ 文庫よりちょっと大きなサイズ。1500円もした。本も高くなったな~。チョコレートやコーヒーもどんどん値上がりしている。油揚げは値段据え置きだが、1回り小さくなっているし。

日本語訳のせいか、まるで小泉構文じゃん! 最近の駐日中国大使の日本語メッセージも、なんだか「毛主席語録」風。あの赤い冊子を振り上げていた世代かな? 本国の執行部も「紅二世」ばかりらしい。かつて紅衛兵で、幹部だった親を持つ二世たち。伝統的な文化や知識を「ぶっ壊す」のが正しいと信じていた、青春時代。親は幹部なので「ぶっ壊される」側だったけど、なんだかんだで復権した。

中国は歴史的に、いつだってスクラップ&ビルドだった。そして「歴史」は次の時代に作られるので、前の時代の統治者はおおむね暴君。だから「ぶっ壊す」のが正しい。中華人民共和国の国歌はいまだに「抗日戦争を闘い抜こう!」で、「立ち上がれ! 奴隷になりたくない人々よ!」 日本なんか極悪非道で、「ぶっ壊す」のが当たり前なのである~。それこそが現政権の正統性なんだから。

やっていることは、『史記』の時代とたいして変わらない。やられる側は、あーあ、どうしたらいいのでせう? 山にこもってワラビを探す?

『平凡的世界』は予定日までに届かなかったので、キャンセルした。今後の予定は不明らしい。ネットに全文が上がっているけどね。⇒図書館に入っていたので、借りることにした。せっかくの縁だからニャ。

2025年12月10日水曜日

夜間の中途覚醒。授業日に限ってこれは、けっこうつらい。梅昆布茶を飲んでみる。ん~、へんな味。梅干しを食べたくなった。

AIは電力を大量消費するのか~、面白いですね。人間も脳がいちばんエネルギーを消費するようだし。

最近、パネル型の太陽光発電が問題になっているけど、山林や畑に設置して自然破壊し、都会に送電してロスが大きく、そんなものを補助金もらって津々浦々に設置して「公金チューチュー」だからで、日本ではフィルム型の太陽光発電を研究開発している人がいるのよね。そっちに資金援助して実用化して欲しいのだ。使うところで発電すれば、送電中のロスが大幅に減る。

日本の再エネ拡大の切り札、ペロブスカイト太陽電池とは?(後編)~早期の社会実装を目指した取り組み|エネこれ|資源エネルギー庁

AIのエネルギー消費問題はそれでどうにかなる(かも知れない)として、労働人口を増やすというけど、ただ人がいればいいわけではない。「労働者」になるには、教育が必要だ。すぐれた労働者になるには、多くの知識や経験が必要だろう。そして教育には、時間とお金がかかる。

穀物を育てるなら1年、樹木を育てるなら10年、人を育てるなら100年、というのだから。・・人生100年しかないのに?

2025年12月9日火曜日

左手親指と腰に、湿布を貼っている。すっかり「お婆ちゃん」だな~。

こんな動画がお勧めで上がってきたので、見た。

【空き家でマンション崩壊】空き家は地方より“東京マンション”が深刻/進む管理崩壊とスラム化のリスク/2040年に向けて変わる住宅市場/今こそ考える住まいの選択と資産の守り方【東京vs地方②】

2040年というと、25年後。私は90歳の手前に。いまの60代、70代はみんな天国へ行き、子供たちはそれぞれ自分が60代、70代だけど都心に近いマンションか郊外の戸建てに住んでおり、「家が余る」という。今は外国人が投機目的で買っているので、すでに余っている一方でマンションが高騰しているけど。

この話の中で、「日本人って80歳以上にならないと家を出ていかない(施設に入るか亡くなるか)」と言っていて、笑った。いいじゃん、ねえ? 私もそうしたい。なるべく自宅で過ごし、自立した生活が出来なくなったら、介護施設に入る。病気になったら、病院へ入院する。肺炎がいいなあ。3日くらい高熱を出して、話せるうちに遺言を残してから、天国へ。

人生60年の時代は、親が亡くなって子が「家」を建物ごと継いで、のサイクルで回っていたけど、人生100年時代(ホントに?)になって、このサイクルが壊れた。子供の数が減って、人口が減り社会がすり鉢状に縮小するにも関わらず、「家は余る」し、どこかからの遺産も入ってけっこう「金もある」若い世代が増える。こじんまりした余裕ある国になる可能性が、あるらしいよ。

2025年12月8日月曜日

腰が痛い。もう身体がポンコツや~♪

私も「英雄牌」の万年筆、持ってたな~。捨てちゃった? 最近はもっぱらゼブラの4色ボールペン(0.7ミリ)、三菱鉛筆の2B、ぺんてるの筆ペン(携帯用「きらり」の金色)。握力が弱くなっている🦆?(⇒久しぶりに体操した!)

今日は昆布茶を買いたい。和風コンソメよね? 温めた豆乳に入れると、もうスープだって。

2025年12月7日日曜日

さぶさぶ。

昨日の私のまとめは、一部間違っていた。祖父の後妻の連れ子2人ではなく、連れ子(男①)の代襲相続人が2人、だった。訂正します。(☚まじめな人) 祖父の子で存命なのは、息子②だけになった、ってことだ。この叔父さんも高齢で、まるで蚊帳の外だけど。

私の親の世代は、子供が6人だの8人だの、多かった。だけど地方では「家」を長男(動画主のところは跡取り娘)が継いだら、ほかの兄弟姉妹は他所へ出て、家庭を持つことが多かった。その子供の代になると、数は2人~3人に減り、てんでに自分の地元だったり他県だったり他国だったりで、家庭を築くようになった。その子供はゼロ~2人、結婚しない人も増えた。

農村では「農地」や「山」などもあるので、相続はもっと厄介。「先祖代々の墓」もあるし。相続・登記を適当にやっていて、共同名義者がネズミ算式にどんどん増えて、管理もされず放置されているが誰も手を出せない家屋や山林が、問題になっている。管理しないと、家も山も、あっという間に荒れ放題。そういう場所が虫食い状態で増えて来ると、街も国も荒れてくる。

母親の年金2カ月分が12月に振り込まれるが、受取人を私にする際に、母親の生前どういう関係だったかを記入し(定期的に会って生活の援助もしていた等)、その証人が必要だったが、それが「三親等まではダメ」ということで、家系図みたいな関係図を見せられた。


三親等まで受取人になれるからだが、これじゃあ証人は「近所に住む他人」しか、いないじゃないですか? ん~、母親がつきあいあって私のことを知っている人、「誰々さんに頼む?」みたいな話になり、キノコの師匠にお願いした。ちなみに「いとこ」は四親等。

年金を後払い(10月11月分を12月に振り込む)にしているから、こうなる。年金で暮らしている人からしたら、「先にくれ」になりそうだけど、どうなんだろう?

自分が当事者になってみて初めて知ることが、いろいろありますね。

2025年12月6日土曜日

さぶっ。ギックリ腰になりそう。

私は動画を何本も見たので整理すると、秋田の祖父には実子4人(娘①・娘②・息子①・息子②)と後妻の連れ子2人(男①・男②)がいて、動画主の母親(たぶん娘②)と息子①(亡くなった叔父さん)は、東京に出て働いた。秋田の家は娘①が継いだようで、この人も叔父さんのあとすぐ亡くなり、代襲相続人となった従兄のことを、動画主は「実家の長男」と呼んでいる。

祖父の子のうち、存命なのは息子②・男①・男②の3人で、いずれも80歳前後の高齢。男①・男②は祖父と養子縁組したのかどうか、していれば相続権があるが、放棄するよう頼んで了承された。息子②も「放棄してもいいよ」と言ったことがある。残るは代襲相続人である娘①の子(従姉・従兄・従妹)と娘②の子(動画主)の4人、いずれも60代でまあまあ高齢。

亡くなった叔父さんと動画主の母親は親密で、母親が亡くなった後は父親が、世話をしていた(預金通帳も預かっていた)。叔父さんは動画主を「溺愛」し、生命保険1000万の受取人にもしていた。ところが、8年前に動画主は夫(アメリカ人)とアメリカで暮らすことになった。アメリカにいる夫の母親が高齢になったのを、夫が心配して。

そのため叔父さんは「ぜんぶ甥にやる、墓も秋田に」と言った。倒れて入院した時も、もしもの時の連絡先は秋田の従兄だったし、火葬もこの従兄がやった。本当は動画主に「全部やりたい」気持ちはあったと動画主は言うが、遺言書はなかった。

動画主はアメリカに行ってからも叔父さんを心配して、こまめに電話していたし、病気で倒れた時はアメリカから急遽日本へきて、今後のことを秋田の従兄たちと話し合ったりもした。「叔父さんが頼りにしていたのは私」と思っているし、一方の秋田の従兄も「面倒なことを頼まれたのは『実家の長男』のオレ」と思っている。

相続の主導権を握りたい動画主と、実際に動ける秋田の従兄たちとで、揉めています。コメント欄は当初から「いとこに任せなさい」であふれていたし、アメリカにいる夫や娘も同じ意見だけど。

動画主はしっかり者(アメリカの義母や亡くなった叔父さんはだらしない)で、情が深いのでしょう。でも「自分の人生を生きていない」から、こういうことで振り回されている、というか、空回りしている、というか。いくら親しかったと言っても「叔父さんのお金や家」なのに、いつの間にか「私のもの!」になってしまっている。

「放棄しようかなあ」と言ってみたら「そうする~?」と返されて、「ないがしろにされた!」と怒ってみたり、「家を相続したいけど日本に住民票がないから、登録名義はお願い」と東京にいる従妹に頼んで、当然ながら断られ、「仕返ししてやる!」になったり。

経済的な裏付けがないと「自分の人生を生きる」のは難しいのだなあ、と思ふ。そういう「弱い立場の女性」は多そうだな、とも思うけど。

2025年12月5日金曜日

今朝の室温は10℃スタート。これからもっと寒くなる?

もこもこ暖かそうなサンタさんが来た~♪ 背中にクッキーを背負っていた。昨晩、寝る前にさっそく1個食べようかと思ったが、思いとどまった。えらい!(☚ほめられて伸びる人) 3時のおやつに、コーヒーと一緒にいただこう。

2週間ほどで母親の戸籍が整ったが、そこから遡って出生まで戸籍を取り寄せるのに、さらに2週間くらいかかるらしい。紙で保管している書類を電子化して、送るようだ。なので1通750円、ちょっとお高め。「でも1カ所でまとめて受け取れて、便利になりましたね~」という話をした。

こういう手間もあるから、相続の期限は10カ月(放棄は3カ月)。あの動画の人のように、火葬前日に「家が空き家になるから通帳と印鑑を探して来て!」とか、火葬の日に「相続はどうするの?」とか、アメリカから電話ガンガンかけられても、「それ、今じゃなきゃダメ?」と言われるのは当然だ。火葬するにも何かと準備が必要だし、病院で死亡してから葬儀の段取りをするまでの3日間くらいが、いま振り返るといちばん慌ただしかった。

相続人と相続財産を確定する前に、勝手に家探しして何か持ち出すのも、アウトだし。でも相続人が多いと揉めて、10カ月でも決着つかない、ってこともありそう。裁判になると2年くらいかかって、追徴金もすごい、って。

おっと、新作がアップされていた。結局、秋田の従兄たちが折れて、まともな感じに収まりそう。まだ動画主はゴチャゴチャ言っているけど。

【泥沼遺産相続】④日本へ来るんじゃなかった!/難航する遺産分割/長男の本音/シニアライフ60代/節約主婦/日本一時帰国#遺産相続

まだ日本でホテル暮らししていて、相続の「取り分」をもらってからアメリカに帰るらしい。怖い、怖い。

千葉の叔父さんの家(物件)が、本当は欲しかったみたい。「負動産」だと言いつつ、あれが秋田の従兄のものになるのが、悔しくてゴネていた。本音は自分がぜんぶ相続して、残りの人たち(存命の叔父さんがもう1人いるけど)には「ハンコ代」でおさめて欲しかった、というように見える。

「家」って何でしょうね?

2025年12月4日木曜日

さぶっ。室温12℃スタート。昨日の帰り道、月が冴え冴えとしていた。

腰が重だるい。ぎっくり腰に注意、と。

2025年12月3日水曜日

私の第二の人生は「ごんじー修行」、なのに左手親指の「ばね指」がなかなか治らず、このままでは古琴を弾くのに不便。こんな親切な動画があった。

【患者さん用】ばね指手術の実際 手専門医の解説

ステロイド注射はあまり効果なかったし、検討してもいい🦆? ということで、クリニックへ行ってきた。「無菌室がないから、血液検査の結果次第では大きな病院を紹介する」という。あらまー。

そこのクリニックでやるとしたら火曜と金曜が手術日で、翌日に消毒のため来てほしい、という。でも私は水曜と金曜が授業で、ぜんぜん都合あわないじょん。なので、しばらく先の話だけど。

中山時子先生は、北京育ち⇒北京大学⇒東京大学、の中国語エリート。放置していても「できる人」ばかりの大学で教えていたから、ゼロから学ぶ人への教え方は、たぶん研究する気もなかったし、退官(国立大学なので)するまで、たいして工夫もせずに終わってしまった。「できる人」にとっては、『紅楼夢』をひたすら音読する会とか、魅力たっぷりだったと思ふ。慕う人もけっこういたみたい。何となく橋田寿賀子さん的イメージがあります。力業がすごい、みたいな~。

私は垂氏と同じ85年に大学院で授業を受けることになり、同学と「こんなの、やりたくない」とボイコット。1学年上の人たちは「隔靴掻痒の感がある」などと愚痴りながら、しぶしぶやったらしい。考える暇もなく「ひたすらやる」系だったので、当時は「つまらない」と思った。その後、自分では「考えずにただやる」練習をけっこうしているけど、「やらされる」のと「やる」のとでは、だいぶ違う。留学して「あの時やっておけばよかった」とも思わなかったし。

中山先生が退官する直前の学年だったので、悪い事したな~、とあとで思ったけど。

2025年12月2日火曜日

今週後半から寒くなる。ので布団を干したら、暑くて夜間の中途覚醒。何やってんだ?

最近ちょいちょい見かける前駐中国大使(2020年9月~2023年12月)の垂秀夫氏『日中外交秘録』をポチ♪ 著者の経歴を見ると、私と同学年だった。1985年外務省に入省。1986年に南京大学に留学し、以来、中国語圏でキャリアを重ねてきた。

私は大学院博士課程に在学中の1988年に文部省(当時)の派遣留学生として杭州大学に留学、まだ配給キップの時代でしたよね~♪ 南京も長江以南で、冬は暖房なかったかしら? 

私が初めて中国へ行ったのは1983年春、大学の指導教官を団長とする団体旅行で、漢詩の名所を回った。旅程の最後に北京で出会ったのが、白石君。以来ずっと白石君の追っかけをやっている。「押し活」ってやつですね。

垂氏は外務省に入ってから中国語を始めて、研修所で半年間、中山時子先生の授業を受けたそうだ。お~、あそこですね! 85年か~。私が英語でこけて1浪してから、大学院に入った年だ。道ですれ違っていた🦆? その後の二人(勝手にまとめるな!)の歩んだ道は、だいぶ違っていたけど、でもいま垂氏は大学の先生らしい。

2025年12月1日月曜日

師走。関東の冬晴れ~♪ 

昨日の夕方、近所の商店街へ買い物に出たら、「もうこんなに暗くなり始めている!」と、つぶやいている人がいた。ホントね~。

いらっしゃいませ!!ケーキ屋さんでアルバイト...ねこの一日に密着🐱🍰

近所にあったら、通ってしまうな。にしても、最近のAIはすごい。こんなのもあった。

中島みゆき "地上の星"🎸英国のメタル系ニキたちがシャウトする | British Symphonic Metal Band ver. | AI Covers J-POP

演歌風にアレンジとか、いろいろあった。文学作品も、1枚の風景の写真から李白風に、杜甫風に、詩を作る、なんて出来るの🦆?

出来そうだよね。全作品をデータ化して、使っている語彙や典故を分析して、詩型(絶句とか律詩とか)と音律(平仄や押韻)を選んで、作ってもらう。誰々風なら、出来そう。

その先のオリジナリティを出せたら、詩人の誕生だな。

2025年11月30日日曜日

この人は初めから何も分かってなかったんだな、と思った。

シニアライフ【叔父の相続人問題】誰もやりたくない亡き叔父の家の片付けと相続/シニアライフ60代/節約主婦/アメリカ生活 #60代 #相続問題

他の親族が動こうとしない、というのもあるようだけど、だからといってアメリカ在住のこの人が「私が全部やります!」と言っても無理がある。実際、たいしたことは出来ていない。

シニアライフ【82歳叔父の今後について】親戚との話し合い/私と叔父の関係/介護認定の結果/ウベもちパンケーキの朝食/シニアライフ60代/節約主婦/アメリカ生活

叔父さんとの親密な関係はよく分かったけど、アメリカにいて出来ることは限られる。叔父さんのほうは「秋田(故郷)の甥に全部やる、墓も秋田に」とも言っていて、亡くなった時の火葬⇒葬儀も秋田の従兄がやったようだし、結局、「男が家を継ぐ」文化の地域でもあり世代(従兄たち含めて)でもある。

私も中国のほうは、結局こういうことよねえ、と思ふ。日本に定住するというから結婚したし、一般的な夫婦とは男女の役割が逆転していたので、「なんで今更?」が悔しいけど、多勢に無勢。陳さんもあっちサイドに呑み込まれて、私は「嫁失格」状態。陳さんだけなら「妻」だけど、義姉たちにとっては「嫁」で、表面的なつきあいでは見えなかった姿が、いろいろ見えてくる。

きょうさん糖のじんみん開放群も「嫁」までは解放してくれなかった、ってことかな?

2025年11月29日土曜日

健康診断の結果が出た。GGTPがまた基準値を1ポイントだけはみ出して、B判定。ほかは(視力を除いて)A判定で、呼び出し無し! めでたい♪

でも体重が増加気味なので、喘息の咳がおさまったら、少し体操しないと。いまはまだ無理っぽ。ちょっと動くと、コンコン咳が出る。

昨日の相続動画の人は、亡くなった叔父さんといちばん親しかったのは自分、叔父さんは口約束で「お前に全財産3000万円をやる」と言った、いとこたちも「あなたが全部もらえば?」と言っていたのに、いざ手続きとなったらみんな目の色が変わって、「私はお任せするわ」「放棄するわ」と何度も言いつつ、意地になって「全部もらってやる!」になった。

こうして揉めるのね~。ま、書いてもいない本の「著作権者だ!」と印税の話になった途端に騒ぎ出した人たちを経験しているので、金額の大小に関わらず、「1円でも損してたまるか!」な人たちは、いるのでせう。

代襲相続なんて、ホント、「損なんてしますか?」な話で、「1円でも多く欲しい!」なわけで、やっぱり「がめつい」とか「あさましい」とか、思ってしまふ。動画なんてアップするべきじゃないですね、私のように面白がって見ている人もいるわけで。

空き家問題は、引き受けた人が「損した!」になる可能性がある。これがネックなの🦆? 「家を継ぐ」時代じゃないけど、建物としての家を引き継いだら、メンテナンスや税金も一緒についてくるわけで、そこも含めての「相続」なんだよね。そういう責任を引き受けるのがイヤなら、現金も諦めたほうが、スッキリすると思ふ。

おっと、新作がアップされていた。なんか悲しいね。

【泥沼遺産相続】③日本一時帰国の結末!/騙し合う相続人たち/私の秘策とは?/シニアライフ60代/節約主婦/アメリカ生活 #相続人#遺産相続 #日本一時帰国

うちは東京にいる従妹が電話くれて、話しているうちに涙声になり「やだ~、泣いてくれてるの? 笑える~、更年期じゃない? 今度会って何か美味しいものでも食べよう!」とか、お向かいさんたちが石鹸で作った花束をくれたのでお返しにクリスマス仕様のクッキーを渡したり、母親のことをきっかけに、私も慰められる言葉をたくさんもらえて、ありがたかった。

2025年11月28日金曜日

相続って揉めるのね~。

【泥沼遺産相続】②日本一時帰国の理由/叔父の遺品整理/相続放棄/心労で連日眠れないです/シニアライフ60代/節約主婦/アメリカ生活 #遺産相続 #相続放棄 #遺品整理

私も代襲相続をしたことがある。父方の伯母さんの時に、とりまとめ役をやってくれた親戚がいて、私たちは「放棄でいいですが?」と言ったけど、「いやいや受け取って、何か美味しいものでも食べてください」と言われて、実印をポンポン押した。いわゆる「ハンコ代」だったかも知れないが、それでいい。

この人はいまアメリカ在住(8年前まで日本で暮らしていた)で、残された家が欲しい(夫と娘は反対している)。なのでヤキモキしている。家を整理・処分して現金化し、法律に従って法定相続人が分けるしかないと思うけど。「思い入れがある家だから、リフォームしてから売りたい」などと言っていて、え、結局、売るのに? いざとなったら欲が出るのかな~?

【100均DIY】ひまわりのボタニカルキャンドル作り方(詳しい解説付き) / Making sunflower botanical candles

私もやってみたい!(☚すぐ真似したがる)

2025年11月27日木曜日

路遥『平凡的世界』の朗読があった。15分のラジオ番組?

《平凡的世界》 全集 01 有声书 有声小说 听书 多人有声剧 文学名著

《平凡的世界》 全集 02 有声书 有声小说 听书 多人有声剧 - YouTube

《平凡的世界》 全集 03 有声书 有声小说 听书 多人有声剧

《平凡的世界》 全集 04 有声书 有声小说 听书 多人有声剧

《平凡的世界》 全集 05 有声书 有声小说 听书 多人有声剧

《平凡的世界》 全集 06 有声书 有声小说 听书 多人有声剧

長っ! 黙読したらもっと速く読み終わりそうだけど。

私が小説を読まなくなったのは、斜め読みするようになったから🦆? ささっと斜め読みして、必要な箇所だけじっくり読む。資料の読み方であって、小説をこう読んだら、全然おもしろくないのである~。

もう定年後モードで、時間はたっぷりあるのだから、少しずつ朗読を聴くのも、いいかもね♪ 本は「普及本」をポチ♪


2025年11月26日水曜日

路遥『平凡的世界』の主人公は、1975年当時、高校1年生。ということは、陳さんとほぼ同じ年齢なのだった。私が留学した1988年だって、都市部であっても十分に不便で、不衛生だったけど。直近の今年3月も、ぱっと見は小奇麗でも、よく見たら、ねえ~。

水資源が不足がちだし、最近は空気も悪い。スマホの普及で便利になった面はあるけど、衛生面・環境面はあいかわらず、むしろ悪化した部分もある。なかなか難しいですね。「教化」ではなく「教育」が必要かもね。

出発点の違いかな、「教化」と「教育」って。もとは何だと思ってんのかな、前者は? 種を植えたら、ちゃんと条件がそろえば、芽が出て、花が咲いて、やがて実をつけるけど。なーんて農耕民族の発想かしら? 

積極的に山に入り、海に進出しなくちゃ! って狩猟民族だったの🦆?

2025年11月25日火曜日

雨。

路遥『平凡的世界』はドラマ化されていた。ドラマのほうを見るかも知れない。最近(30年くらい)、小説はあまり読めなくなった。アタマが硬直化して、感情移入しづらくなった?

以前、台東区立書道博物館で買った二玄社「書道史年表」を眺めていたら、平安時代って長かったのね~。白居易の中唐から白石君の南宋中期まで、日本は平安時代だった。てか、ずっと都を置いた場所で「鎌倉」だの「江戸」だの呼んでいたのだから、現代も「東京時代」と呼べばいいのでは? すでに157年続いている。

この「書道史年表」は、前漢末から100年刻み(それ以前は文物が少ないのでスケールが違う)で、見やすい。2000年で終わっていて、中国は中華民国、日本は昭和。あらまー。文字も「舊字體」だわね。はいはい。

2025年11月24日月曜日

チーズケーキは日持ちしない。

せっせと食べよう!

フラグ立てたった。回収するのは誰だ?

2025年11月23日日曜日

働けることに感謝する日。

11月は祝日が2日あるのか~。つまり三連休も2回あるのだ~。

私も食べたい! ⇒髪をカットして、美容院で見ていた雑誌のラーメン特集に触発されて、豚ブロック肉を買った。電気圧力鍋で柔らかく煮るのだ!

2025年11月22日土曜日

去年のリベンジ、季節限定のラムレーズン味。 


中身は「庫や」さんホームページから。


濃厚でおいしい。去年はわざわざ北京へ持っていって、食べることなく帰国。カロリーは高そうだが、もう健康診断おわったし~。これで少し身長が伸びたら嬉しいが・・。(伸びるわけないっ!)

2025年11月21日金曜日

昨日、東京へ戻りました。さすがに疲れた。でも今日は職場に行って報告、学園祭中だけど事務はやっているだろう(たぶん)。長野で採点した答案を運び、たまっている小テストの集計でもして、帰宅するつもり。喪中葉書を出したり、まだこっちでやることが残っている。

でも日本なので、なんだかんだスムーズに片付いている。父親の時は、まだ現役で仕事をしていたし、自宅から送り出したいという母親の希望で町内会からも人がわらわら来て、狭い路地に花輪が何本も立ち、けっこうな騒ぎだった。母親は長野でできた友人も年老いて入退院したりで、「町内放送しますか?」と言われたけど断わった。たまに「🐻出没注意」を流している、あれで流すらしい。

父親の時は親戚も元気だったので、「うちのほうのやり方はこうだ」とてんでに口も出すから、面倒だった。今回、長野の北部(北信)は葬儀のやり方がだいぶ違っていて、火葬してから告別式(と前倒しの初七日法要)、そして大宴会(昨今の状況に鑑みてお弁当にした)。葬儀社の慣れた方式でやってもらったが、「それでいいよ」で、助かった。

長野の叔父さんの時は、まず男衆は座ったまま、女衆がお給仕の大宴会。続いて女衆をねぎらう大宴会。うちが住んでいる辺りはとくに「派手」で有名な地区で、私は従弟の奥さんと一緒に台所立ちっぱなしで茶碗を洗い続け、女衆の宴会には参加せずに帰った。ころなで良いことがあったとしたら、こういう宴会の自粛ムードが広まったことですね。

ぶっちゃけ「田舎って・・」なので、国内向けパフォーマンスにしろ、ああいう姿を見てイキって絡んでくる人もいるので、そういう国にのこのこ出かけて暮らすのもな~。漢代は儒教で粉飾して「天命を承け継いだ」アピールしたわけだけど、礼節を捨てちゃったし~。やっぱり『史記』って何かと面白い。

2025年11月20日木曜日

猫にまたケーブルを齧られたのか、ネットが繋がらない。⇒繋がった。モデムのスイッチを切られていたらしい。たぶん熊太郎のしわざ。⇒いまチョコ太郎と一緒に、私のコタツの中で寝そべっている。・・可愛い♪

あの両手をポケットにつっこんで出てきた人、映画やドラマでは地方の幹部によく見る姿。宴会では決まって「魚香肉糸(肉とピーマン・タケノコ等の細切り炒め)」を注文する、という。私は「魚香肉糸」が好きなので、よくからかわれていた。

画像、お借りしました。赤いのはケチャップで、甘辛味です。黒いのはキクラゲかな?

2025年11月19日水曜日

雪が積もってる~。けっこう降ったな。

昨日は新潟も「雪が降っているから明日にするわ~」からの~、「やんだからやっぱり行くわ~」で、従兄が母親の分も「おばちゃんが好きだったから」とお寿司を持って、やって来た。相続に必要な書類がそろっていたので、「ちょうどよかった」と持って行った。ありがたいことだ。

この従兄はフットワークが軽く、私世代の世話役みたいになっている。当然のように喪主や相続は「長男でしょ?」だったが、「土地は私。上物が私だから」で、あっさり「分かった」となる辺りが、都会的でもあり、助かる。

これが中国だと、義姉たちがヤイノヤイノで揉めそう。友人や家政婦まで口出しするわけで。病院で私が「どうやってホテルまで行くか」で、あれだけ揉めた人たち(陳さんも含めて)だもんな~。アタマ痛い。もう少し先の話だけど(たぶん)。

ハルピンの義姉1は、私が前任校の在外研究でミシガンにいた時に、2週間ほど遊びに来た。その時もワガママで私は爆発寸前だったが、今年3月に久しぶりに会った時も、私が「親族訪問ビザがあるので」と言っているのに、「やっぱり訪問学者ビザがいいわよね」としつこく言っていた。アメリカでは私が訪問学者用のビザで、義姉1の保証人になったから。

中国では「北京大学の訪問学者だった時も、親族訪問ビザで間に合ったし、訪問学者ビザ(という名称だったか忘れたが)を取るためには訪問学者にならないとダメだし、訪問学者ビザは訪問学者の期間だけ、親族訪問ビザは3年マルチが取れたから、こっちのほうが便利です」と説明しても、「やっぱり訪問学者ビザよねえ」 なーんも分かっていない人だった。

私有財産が認められて相続が発生する、というのもなんだか奇妙な感じ。「国家が没収する」でも、私は全然かまわない。あっちはあっちで揉めてほしい。私はこっちで「粉骨砕身」、勉強しなくちゃ。そのうち「せいぜい苦しむがいい」というつもりで「臥薪嘗胆しろ!」とか言い出すのではないか、というコメントがあって、日本の漢文教育も捨てたもんじゃない、と思った。


たまに脱走する大人ふたり。

2025年11月18日火曜日

午後から雨⇒みぞれ、夜は雪の予報。でも明日の午後からまた晴れて、積もるのはまだ先。しかし最低気温は氷点下の日々に。

昨日役場へ寄ったら、いろいろ書類が準備されていて、「14日以内に」やらなくてはいけない保険や年金関係が一気に片付いた。不動産(土地は母親が買って固定資産税を納めていた)の書類もくれたので、あとは行政書士に任せればいい。

相続に必要な戸籍謄本・住民票・印鑑証明書は、マイナンバーカードを使ってコンビニのコピー機で取れたので、新潟の従兄(今日また寿司を持って来ると電話があった)に渡せば、協議書を作って、知り合いの行政書士に頼んで、私たちは実印をポンポン押せばいいだけ(と思う)。

母親の戸籍が整うのに1~2週間だか1~2カ月だか必要だと役場で言われたが、本籍は東京にあるので、私が折をみて取りに行けばいい。2024年3月1日から「戸籍証明書等の広域交付」が最寄りの市区町村で利用できるようになった。

お寺が35日のお経をあげに家に来るというけど、水曜日で授業があるので、弟に任せる。住職も80歳を越えて、こちらの都合を言っても耳に入らないようなので、仕方ない。私も東京と行ったり来たりで疲労が蓄積し、喘息の咳がひどくなる一方だし、日程を少し前にずらしてもらっても来られるかどうか確約できないので。

あとは東京に戻ったら職場に報告して、あちこちに挨拶(の手配)だな。ご近所さんも心配してたびたび様子を尋ねられたので、報告。

2025年11月17日月曜日

昨日は霜が降り、明日には雪が降るというので、今日はタイヤを冬用に交換し、葡萄の木にワラを巻き、大根を抜いて終わる(弟は)らしい。

私はテストをやって答案を持って新幹線で長野へ来たので、採点でもする? いちお小春月(パソコン)も担いできた。パワポやチャイニーズライターが必要になるかも知れないと思って。

コタツに熊太郎がもぐりこんできた。夜は布団に母猫エゾーが寝ている。

ガン見して、私が布団に足を突っ込むまで動かないのである~。

茶太郎がまた小春月の上で喉ゴロゴロ。弟のパソコンより小春月は小柄なので、壊れたら困る! これからも「粉骨砕身」、勉強しないといけないのに。

2025年11月16日日曜日

おかげ様で無事に葬儀を終え、今日はお寺参り。

偏屈な弟が喪主挨拶で、ホールが事前にくれた例文まんまを読み上げるだけなのに涙で言葉が詰まって読めず、なんだかいい感じにしめやかになった。私がやったら話し慣れているから、ペラペラと立て板に水の如く挨拶して、台無しだったと思ふ。

新潟の従兄(税理士?)があれこれアドバイス、紙に今後必要な手続きやそのための書類を書いて渡してくれて、相続のための司法書士も紹介してくれる、という。弟が「あーあ」と大きなため息ばかりついているので、こういうややこしい事をして、気を紛らわせてほしい。

「お前が『母がいなくなって寂しくなりますが』なんて書くからだろ!」と言っていたけど、それもホールの例文まんまだったのに~。「あんたの愛情表現って、分かりづらいよね。私の時も泣いてよね」と言ったが、首を横に振っていた。

2025年11月15日土曜日

天気晴朗。山の紅葉が青空に映えるだろう。母を見送る。

2025年11月14日金曜日

今朝は茶太郎がベッドにあがって私のニオイをクンクン、腕を踏み踏み、喉ゴロゴロ、うるさい!


なーんて、嬉しい私。偏屈な弟は、親戚に電話する時に「オレ泣いちゃったよ」と言うので、「はあ?」 という反応を示す姉もどうかと思うが、ニャン太郎の時は「心が折れた」と2週間くらいグズグズしてたので(すぐに友人が茶太郎を譲ってくれた)、「おじちゃんの所に行ってあげて」と追い出す。

茶太郎が来る前に、こっそり保護猫のトライアルなどもしていた。引き戸にカギが付けられていたので「これ何?」と聞いても、なかなか言わない。しつこく尋問して、ようやく「猫がmン、、、、、、、、、、、、、、、ッッッッッッッッッッッッッッッっっっっkrtg7、jっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっkm、、、、、、、、、、ゆっh

茶太郎が好きなのは、私らしい。

朝勉したいのに。。

2025年11月13日木曜日

日付かわって今日の深夜1時、愛子さん、旅立ちました。昨日は授業終わってから電車で長野へ。在来線の最終で駅に着いたのが11時前。付き添いしたほうがいいと言われて、そのまま病室で看取りました。いろいろやって家でお風呂入ったら、ふだん起きる時間だ!

2025年11月12日水曜日

喘息の検査に行ったら、また背が縮んでいた。。どこまで縮むのだらう? 不思議の国のアリス?

出講希望のシステムが難しく、疲れた。第一希望が通らなかった場合、まるごと第二希望にして欲しいのだが、「第一希望とかぶってます」などと表示が出て、先に進まない。そのくせ、第二希望と第二希望がかぶっても構わないらしく、かぶったまま「確定」ボタンを押した。たいてい第一希望が通るので。

しかし今年度は黒板の教室が当たり、学期中に喘息になった一因。よく見たら「黒板教室は不可。理由はこれこれ」欄があったので、しっかりチェックした。チョークの粉だらけで、「今どき?」だった。健康によろしくない。

母親の具合が良くないので、授業が終わったらその足で長野へ。金曜はオンデマンド(セミナーは課題を出して自習)にして、そのあとは学園祭でしばらくお休み。あれやこれやで、ぎっくり腰になりそう。頑張れ、私!

2025年11月11日火曜日

東京へ。早めの電車で。

午後に毎年やっている喘息の検査がある。悪くなることはあっても、良くなることはない。気管支が常に炎症気味、たまに発作がある、ふだんは薬でコントロール、という病気なので。大発作は起こしたことがないが、これからさらに年寄りになったら分からんな。肺炎も怖い。クマに襲われるのもイヤだが。どこにいても危険がいっぱい!

パソコンからどいたら、椅子の上に。ストーブの向こうに扇風機、机の上には団扇、短い秋ですニャ。

2025年11月10日月曜日

今朝は熊太郎が、またコタツの中に。

茶太郎はすっかりパソコンがお気に入り。喉ゴロゴロ。どく気が全くない。

2025年11月9日日曜日

朝からご機嫌。喉ゴロゴロ。

コタツの中には、熊太郎。チョコ太郎と母猫は、窓辺に。集結されてしまった。

紫式部は料紙を大量に支給されて『源氏物語』を書いたらしい。お経の裏に流行歌の歌詞を書いて偶然残った敦煌文書の中の詞とは、訳が違う。当時の貴族階級の女性たちの文学環境って、興味深いですね。

平安時代に華やかな料紙が開発されて、かな文学が発達した、という解説もあった。和歌のやりとりをするのに、紙も重要だったでしょう。香を焚きこめて、墨の色も鮮やかに?


可愛いは正義! にゃん。

2025年11月8日土曜日

長野へ。

唇に風邪イボでけた。疲れがたまっているようだけど、会いたがっている人がいるなら、行くのである~。病院はまだ若干ころな仕様で、面会は1回に2人、20分まで。ちょっと声をかけて「また来るね~」だけど。

それに比べて陳さんは・・。家政婦(いまは妹がいる)と揉めるから、私が行くと何かと面倒、だから「ビデオ通話でいいだろ」などと8月、北京行きを中止した時に言っていた。私が行くと「緊張する」らしい。「私が中国へ行くのもけっこう『緊張する』ことなんだけど?」

「あの人、家政婦なんだよね?」「家政婦じゃなかったら何なんだ?」「ガールフレンドってみんな言ってるじゃん」「家政婦だよ! 金で雇って、薬の管理や家事や病院の付き添いをしてもらっているだけで、病気じゃなかったら関わりのない人だよ!」って、「そこまで言う必要ないんじゃない?」だった。あっちは「家族みたいに」だというのに。

「家族みたいに」の気持ちが、初めから邪魔だった。仕事として誠実にやってくれれば十分なのに。でも中国は、まだまだ昔の日本みたいに「施設に預けるなんて可哀想」だし、「家族がいるのに家政婦任せで気の毒」なのだろう。そして「住み込みで家政婦なんてねえ。ほかにいい仕事ないの?」だから、家政婦(姉妹)はやたら「家族みたいに」を強調するのだろう。めんどくせー。

あの家政婦(姉妹)はガサツでだらしないが、24時間体制でべったり張り付いていて、そういう家政婦のほうがいい状態に、陳さんは身体も心も衰弱しているんだな、と思っている。でも病院は長々と入院させてはくれないし、介護施設は「いじめられるよ~」だし、集団生活は陳さん自身がイヤがっている。住み込み家政婦を雇って世話させる、贅沢だよね~。

誰のおかげよ? が分かっていない家政婦(姉妹)を置いていることに、陳さんに対して腹が立つけど。『トンボ日記』でも書こうかしら?

2025年11月7日金曜日

ふと『更級日記』を読み始め、ついで『蜻蛉日記』も読み始めた。若い頃に繰り返し読んでいたのは、『伊勢物語』だけど。あと『雨月物語』も好きだった。

『蜻蛉日記』の「気の強い妻」は、最近の私にはピッタリではないですか? 『更級日記』の「物語が好きでたまらない娘」も、まあまあピッタリ。この歳になって平安時代の女性たちに共感するとは、ね。

2025年11月6日木曜日

学生がドジャース山本由伸投手の「言ってない名言」⇒「言った」を真似て、「書かない選択肢はない」などと言いながら、ドリルの解答を板書していた。元ネタは、「負けるわけにはいかないので(日本語)」⇒通訳「負けるという選択肢はない(英語)」。

かっこいいよねえ。疲れない身体、壊れない身体を、何年もかけて作ってきた。そして大舞台で実力を発揮できる、あの精神力。入団してすぐに投球練習を見て、「無駄のない動き」「美しいフォーム」と称賛していた他の投手たちも、やはりプロだな。

イチローの系譜っぽい。私がいまの勤務校に来た確か最初の年度(⇒ではなかった。2年目くらい)に、イチローがアメリカで初めてプレイするというので、テレビのある旧研究棟の合同研究室に「しーっ。騒がないでよ!」ともぐりこんで、みんなで観戦した。懐かしい思い出ぢゃ。

2025年11月5日水曜日

長野では、もうゴワゴワしている茄子やピーマンを切ろうとして、包丁がすべって指をグサッ。床が冷たいからスリッパをはいて階段を上っていて、つまづいて両手をつき、さらにスリッパがすべって両足がズルッ。脛から太ももの辺りまで、ズルズル~。そのまま階段を落ちずに、何とか持ちこたえたが、痛かった。切った左手の指先は、出血はすぐ止まったが、当たると痛いし、けっこう不便。

切った箇所は、そのままにしておくと乾いて、かさぶた状のものがはがれると下の組織がむき出しになって新たに痛いので、絆創膏を巻いてグジュグジュにすると、修復液みたいなのが分泌されていい、というのでやってみた。確かに皮膚がくっついて、いい感じ。ニンゲンの身体って、すごいわね。

健康診断で、血液採取のあとの休憩で、腕が真っ青な人がいて、「押さえすぎじゃないですか? 心臓より高い位置に腕を上げていたほうが、いいらしいですよ」と教えてあげたら、「ほら、すっかり肌色になりましたね」だった。ちょっとした知識で、楽になりますね。

私は喘息の空咳になったので、麦門冬湯を飲み始めた。

2025年11月4日火曜日

東京へ。

早めの電車で。

母親との別れの時間はだいぶ近づいている感じだが、授業があるのでいったん帰京。ここにグチグチ書いたように、母親は昭和&田舎の長男教で「娘を生んだ」と思って私を育てたので、とくに若い頃は衝突することが多かった。しかし「入院生活が退屈だわ~。あんたは読んだり書いたりできるから、いいけど」とか、「授業あるから週末また来るね」と言うと、痛み止めでぼんやりした意識の中で「学校あるもんね~」と答えたり。

息子さえいればいい人かと思った時期もあったが(おいおい!)、私が風邪?で来られなかった間、何度も「春月ちゃんは?」と言っていたそうで、看護師さんにも「娘さん、来ましたよ~!」と声をかけられていた。もう眠っている時間が長い状態だけど。

私も愛されて育った娘だった。お母さん、ありがとう。もう少し頑張って! もう十分に頑張っているけど。

私も頑張るわ! ということで、ほっておいた口語訓読の論文を仕上げて、来年度の紀要に中国古典研究&チャイ語教員生活の集大成として、出すことにした。恩は順送り、だからニャ。

2025年11月3日月曜日

夜は薪ストーブを焚いている。ぬくぬく。

畑は春菊やほうれん草、レタスがわさわさ。大根も育っていた。

夕飯は弟が作りました。

2025年11月2日日曜日

昨晩は雨だったようだけど、今朝は晴れて、青空&紅葉。


庭のキウイの棚ですニャ。実がどっさり。

猫のために、ベランダが温室みたいになっていた。


柵を作り、外は雪よけのビニール。ここに出て遊ぶことが出来る。レモンとみかん、金のなる木も、ここで越冬。

2025年11月1日土曜日

長野へ。

母親の状態が、あまり良くない。脳梗塞のリハビリで入院しているが、動脈硬化が進んでほかの臓器もやられているので、衰弱が激しい。90歳まで自分で薬を管理しながら家事をゆるゆるやり、生活できていたので、まあ仕方ないですね。これが「老衰」といふものでせう。6人きょうだいの最後の1人になり、本人は「今年いっぱいかな~」などと言いながら10年ほど暮らしていたけど。

いまの病院の担当医はちょっとアテにならない人なんだけど、看護師長さんがしっかりしていて、いろいろ早めに話してくれるので、ありがたい。父親の時は、「なんだかよく分からないうちに」感があって、家族も疲弊した。

2025年10月31日金曜日

健康診断。

惨敗の予感しか、しない。ま、仕方ない。いろいろあって体調くずして、薬を飲んでいたし~。呼び出しを覚悟する。

終わったら、いろいろ食べたいな~。とりあえずお昼のお弁当は、鰻をドーン♪ 中国産だけど。


学生さんに送ってもらった、あの日の夕焼け空。富士山がちっさい。肉眼で見た時は、えらく感動したけどな~。


2025年10月30日木曜日

晴れ~♪ ありったけ洗濯、布団干し。

今朝も頭痛がひどかった。抗生剤は飲み終わり、痰や鼻水を出しやすくする薬と、かゆみを止める薬が、あと2日分。

左手親指の「ばね指」はいつまでも治らないし、こうして少しずつ壊れながら老いてゆくのだな~。でもまだ歯は抜けてないし、御の字?

2025年10月29日水曜日

授業。大丈夫かな~?

私が休んでいる間、学生たちも結構てんでに休んでいて、診断書を持って来る人もいた。

夜はちょっと頭痛。やっぱり疲れた。

2025年10月28日火曜日

北風。

耳鼻科でもらった薬の一部に、眠気が強くなる成分があるようで、昼間やたら寝て、夜もやたら寝ている。蓄膿症はまだ完治しない。抗生剤は5日飲みきり、足りるかしら?

2025年10月27日月曜日

秦の始皇帝⇒楚の項羽⇒漢の劉邦、と数十年かけて中原を焼け野原にしたあと、どうやってまた「王朝っぽく」仕上げていったのか。司馬相如たちの「粉飾」が不可欠だったよね~? 

とにかく量で勝負。全国から珍しい物、貴重な物をかき集めて。だって何もないんだもん。秦は巨大建造物をつくるのが得意だったので、真似てでかい宮殿を造っても、中がからっぽ。収穫物を奪いにくる匈奴をやっつけ、シルクロードを開いて西域からも文物を集め、せっせと都に貯め込んだのが、前漢時代だった。

血統をたどると「ならず者」に行き着いてしまうので、国家を何で束ねればいいのか、ですよね~。

何で「束ねられたい」かな? 日本はまだ戸籍なのか~。あれこれ動画を見ていて、女性総理を喜ぶ人たちも「そこは譲れない」ようで。

2025年10月26日日曜日

雨。

耳鼻科で薬をもらったので、鼻もだんだん回復へ。咳はそれなりに。

セミナー『史記』「高祖本紀」の予習、終わった。秦の始皇帝、楚の項羽、ともに1度は天下を取ったのに、すぐ造反されて潰れた。漢の劉邦は、どうして同じ轍を踏まずに済んだのか?

「高祖本紀」の後半は、項羽に勝ったあと次々に造反者を倒して、最終的に自分の子(8人)に領土を分配して、終わった。その過程は淡々と記述されているだけなので、造反した元功臣たちの伝や、次の「呂后本紀」などを読まないと、どうして漢がうまく王朝として成立できたのか、分からないのだろう。

王朝を維持する機能の1つが、儒教の「礼」で、私の関心事の音楽とその歌辞も、深く関わっている。と思うから、セミナーで『史記』を読んでいるわけだけど。・・来年度も『史記』かな? 『文選』は学生さんと読まなくても、自分で勝手に読むからニャ。

【刺繍】【クロスステッチ】刺繍の経験は不要|最初からすごい作品が作れる|ど素人の味方|毎日が楽しくなる|夢中になれる趣味

正倉院文様の本が、最後のほうで紹介されていた。いつの間にかセリア刺繍学院の先輩「あらかん乙女」さんを、追い抜いていた?

2025年10月25日土曜日

鼻の奥が気持ち悪い。数日以内に発熱があった場合は、電話して予約を、ということなので電話して、耳鼻科へ行く。ただの風邪じゃなかったら、と遠慮していたが、むしろ耳鼻科はそういう時に行くらしい。私は喉から肺に行くことが多かったので、内科一択だったけど。

おかしな夢を見た。ねこちんと遊んでいたら古琴の師匠が登場して、「あ、師匠、元気だったんですね!」「そうだ、お前ら演奏会の準備はいいな!」「ええ~っ?」で、あわてて「如葉ちゃんかしら? お梅さんかしら? とにかく練習しなくちゃ!」で、目が覚めた。

朝勉しよ。セミナー『史記』予習の続きも。

2025年10月24日金曜日

休講。

鼻が蓄膿症っぽい、脳が腐りそう。漢方薬を買ってきたので、これで少し様子見。検査してないけど、ただの風邪でなかったなら、まだ「自宅待機」期間かも知れないし。でもマスクして買い物に行ってしまったけど。

咳はあまりひどくない。このまま鼻水と一緒に、抜けていくと助かる。肺に下りて喘息になると、長引くからな~。

明日から雨模様なので、ありったけ洗濯し、掃除機をかけ、邪気を一掃。咳と鼻水はだいぶ少なくなった。このまま抜けますように。

2025年10月23日木曜日

今朝の体温は36.5℃。いつもより高めだけど、まあまあ。熱が下がってきたら、咳と鼻水が。でもあまり多くない。これから?

何かこってりガッツリしたものが、食べたい。ハンバーグとか鰻とか。

現実的にはまだ体調不良なので、うどんに玉子を落として、くらい。

2025年10月22日水曜日

休講。

今朝も38℃スタート。さすがにまずいな。近所のかかりつけ医は発熱外来があるけど、夕方5時からで、電話で予約しても「混んでいるのであさってなら」だったり、私もこれまでは半日くらいでサーッと熱が引いたので、行っていない。歩いて行くまでが、ひと苦労だし。もっと大きな病院は紹介状が必要だし、苦しくなったら救急車と思っていた。

以前肺炎になった時は、もっと高い熱が出て、家族が心配して救急車を呼んだら、着いた頃には解熱剤が効いて38℃まで下がっていて、「こんな熱で救急車を呼んで!」と看護師に叱られたが、「せっかくだから泊まっていく?」とレントゲンを撮ったら、「肺が真っ白!」 解熱剤が切れたころから咳が酷く、医者が「肺炎だったか~」 近所の医院では腎盂炎って言われたんだけど。

いちおう電話してみる? 何かルートがあるかも知れない。検査キットと食料とか、まだ配布しているかしら? 冷蔵庫に食材たっぷりあるけど。検査キットで病名が確定したところで、解熱剤や咳止めをくれるだけかな?、と思っていたが。

昨晩は夜8時にまた38℃を超えたので、怖くなって起きていたら、10時頃に37℃を切るまで下がったので、寝た。そして起きたら、また38℃だった。でも今また測ったら、37.5℃。酸素濃度は97~99。これで保健所に連絡したら、「そのまま外出しないで寝ていてください」って言われそう。もう1度測っても、37.5℃。布団から出たばかりで、身体が熱かった?

長野の弟に「かくかくしかじかで今週末も行けないから」と電話したら、母親は駐車場まで車椅子で出てきて、家から連れてきた茶太郎と面会、抱っこしたそうだ。ほー。看護師を派遣することはできないけど、2人いて車椅子のまま車に乗れるなら、一時帰宅してもいい、って。私は行けないので、従兄弟にでも頼んで、希望を叶えてやってほしい。リハビリ入院生活の、モチベーションになるのでは?

陳さんは家政婦(妹)とよろしく療養生活だし、私だけ1人で闘病ぢゃ。やれやれ。

と、ここまで書いてまた測ったら、37.1℃。「治ったころに連絡しないでください」って叱られる?

今日はずっと37℃前後、でも午後に38℃まで上がった時があって、我慢していたらまた37℃に下がった。これでも私には十分「発熱」なんだけど。喉はあまり痛くない。熱が上がりにくい「高齢者」のインフル?

2025年10月21日火曜日

朝また37.8℃。ほぼ38℃やん。関節痛がするので、たぶん熱があるな、と測る前から分かっていたけど。咳&鼻水は少し。熱が下がってきたら、もっと咳&鼻水が出ると思ふ。いまは身体が熱くて、出づらい感じ。水分はたっぷり補給して、トイレはちょこちょこと。

1人で闘病。といっても風邪か、インフル、ころな。肺炎になったら、やばい。枕元に須磨子を置いておく。

今日もずっと発熱。午前中、寝て起きたら38℃を超えていたので、バファリン1回。午後は一時的に36℃台まで下がったが、夕方またじわじわ上がってきたので、バファリン1回。1日2回まで、らしい。

熱が長引くな~。こんなのは初めて。喉の痛みは、さほどではない。

2025年10月20日月曜日

悪化している。今日も全力で、休む。

今日はずっと発熱、38℃⇒バファリンで37℃台。あまり下がらない。バファリンを飲まなければ、もっと高熱? 午前中に1回、寝すぎて頭痛がしたので夕方1回、飲んだ。

夕飯を食べたあと、風呂も入った。バファリンが効いてきたのか、夜は36℃台後半。私にとってはまだ微熱だけど。ふだん低体温すぎる!

長野と行ったり来たりで、疲れが出たな~。新潟の従兄が母親の見舞いに来てくれて、私に「毎週来い」と言っていたらしいが、無理っぽ。世間の人はみんな、丈夫なんだね。

2025年10月19日日曜日

まずい、喉が痛い。喘息にならないよう、全力で闘わなくては! まずは板藍根を飲んで、寝る!

気管支喘息の原因や症状、治し方について解説 | ヒロオカクリニック

2025年10月17日金曜日

秋晴れ~♪

研究室はポカポカ♪になるが、カメムシが侵入しようとする。。しっかり茶色に大きく育ったカメムシ。越冬されたらイヤだ。

2025年10月16日木曜日

さぶっ。と言いつつ、朝は窓を開けて換気する。

2025年10月13日月曜日

雨。

昨日はよく晴れて、カメムシが大量に窓に張り付いて、気持ち悪かった。越冬する場所を探しているらしい。日が陰ってきたら、どこかへ行った。今日はいない。

コタツに猫たちが群がってきたので、そのままドアも開けて寝たら、明け方ベッドに茶太郎が飛び乗ってきて、枕元で踏み踏み⇒喉ゴロゴロ。気が済むまでやらせて、起きようとしたら足元に熊太郎が寝ていた。・・幸せ!

2025年10月12日日曜日

夜間の中途覚醒。寝る前に葡萄を食べたので、トイレ。

近くの病院に、知り合いの農家さんも入院していた。ナースステーションの前の病室で、看護師さんの会話が丸聞こえ、「ただでさえ知り合いだらけなのに、プライバシーなんてあったもんじゃない」そうだ。

母親は退屈していた。「頭の体操」はないし、リハビリもちょっと揉むだけで、「これじゃあ、いつまでも帰れないじゃない!」と怒っていた。まだ点滴もしているし、下手に起き上って転んだら厄介だし、あわててもしょうがない。電動ベッドをちょっと操作しただけで看護師さんが様子を見に来る。家では24時間体制でここまで出来ない。「頭の体操なんかつまらない、って言ってなかった?」 厄介な患者様だ。

私がいる間に「薪運びを手伝ってもらいなさいよ」と言うので、「やだよ、疲れて倒れちゃうよ」と拒否。薪は弟がすでに運んでいたが、買い物もいろいろしてあって、「何か作って」と言う。作ったら食べるんかい! 文句言わせねーぞ!

2025年10月11日土曜日

長野へ。三連休の初日の土曜、新幹線のチケットは少し遅めの席しかなかった。

母親はまだ介助が必要な状態で、家で生活するのは無理だと思う。弟に介護する覚悟があるならいいけど、あっても出来そうにないし、ギスギスしそう。ただ近くの病院への不信感もあるようで、母親や弟を諭しに行くようなものですね。

不信感は例えば、冬頃からずっと朝起きるとお腹が痛くて、いま思えばその頃から虚血性大腸炎で、そのために貧血気味でふらついて転倒して捻挫したのかも知れないけど、検査もせずに漢方薬をくれただけだったとか、脳梗塞になった日も午前中に病院へ行ったのに、診察室に入る時の様子や話し方で「もしや?」と疑うこともせず、捻挫の足のレントゲンを撮って「痛いのはみんな同じ!」と追い返されただけだったとか。

新しい病院になって病床が少し減ったことも、弟は怒っていた。でも全国的に赤字経営の病院は病床を減らすように厚生省から指導があって、減らしたのだと思う。長野県で1位2位を争う貧乏病院らしいし。いちおう救急もある総合病院だけど。弟も「田舎だけに云々」がちらほら見える。好きで東京から移住したくせに、と「田舎の人」は思うだろうな~。

私は陳さんの件で鍛えられたので、周囲がどう圧力をかけようと、自分に出来ることと出来ないことをハッキリさせて、出来ることは精一杯やるけど、出来ないことを無理にやって結局「崩壊!」するのは避けたい。みんな不幸だと思う。周囲(例えば隣の大学芋奥さん)の圧力は、本当にウザい。東京にもまだまだ「田舎者」がいるな~。

2025年10月10日金曜日

曇り。すーしー。

セミナー『史記』「高祖本紀」の予習は、半分ほど終わった。いったん研究室に持ち返る。明日からまたちょっと長野へ。

母親は虚血性大腸炎の治療の絶食が終わり、ゼリー⇒おかゆ⇒「ふみまきが食べたい!」になっているらしい。文明堂のカステラである~。以前は近所の商店街に文明堂のお店があったが、数年前に撤退したので、ネットで注文した。

近くの病院になって欲が出たのか、「家に帰りたい!」とも言っているらしい。まだリハビリが必要でしょ! でも「外出」くらいは出来るかも知れない。

寝間着はレンタルすることにした。オムツとあわせて1日1000円。「介助する人が使いやすい寝間着がいいよ。切らさずに洗濯して届けるのは枚数も必要だし、大変だと思うよ」と言って。

適当に手を抜きながらやらないと、悲惨なことになりそう。

2025年10月9日木曜日

あっつい。夜間の中途覚醒(たぶん)。あとで二度寝する。

パソコンで書いていると、編集画面の右上にペンのマークがある。クリックしてみたが、「とくに検索リンクするものはありません」てなメッセージが出て、何を検索リンクするのか、よう分からん。ビジネス用かな?

昨日は授業途中の休憩時間に、学生が騒ぐので一緒に廊下に出たら、綺麗な夕焼けと、その向こうに富士山のシルエットがくっきり♪ 須磨子を連れていないので、写真には残せなかった。「先生が見た風景の中で、何番目に綺麗ですか?」と聞かれたが、「1番かもね~。とくに学生さんと見たのが、きっと思い出に残るわね~♪」

風景だけなら、きっと感動が薄いタイプだな、私は。誰かと何かをした時の、「あの!」風景、がきっと記憶に残るタイプだ。

授業のない日に、頃合いを見計らってあのスポットへ行けば、夕日が落ちてすっかり暗くなるまで富士山を堪能できるだろうけど、たぶん行かない。授業中なのに偶然見たから、とても良かった。

2025年10月8日水曜日

寒露。

ここの仕様が変わった。検索リンクを自動挿入? ふーん。

2025年10月7日火曜日

曇り。昨晩も雲が多く、その向こうの月に向かって、原点回帰して「うるちまい!」と念を送りました。みんな、そろそろ新米、食べてるかな~?

生米かい! 原点に戻りすぎ?

2025年10月6日月曜日

中秋節。今年は閏6月があったので、遅め。重陽節は今月29日。

晴れて月が見えるかな~? ちょっと曇り気味だけど。

月に向かって念を送る日だった。「う」で始まるものが、いいな。月にはウサギがいるから。


ペリカン? いやいや、ウサギ。ふりかえって月を仰いでいる(たぶん)。

  天の原ふりさけ見れば春日なる 三笠の山に出でし月かも

🦆? 違うって。月と都とどっちが遠い?、なんて問答もあったな。月を仰いで、いろいろ思いを馳せませう。


近所の商店街でゲット。

2025年10月5日日曜日

ポエムが負けた。さすがに、アレじゃあ、ねえ? セクシーだったんだけどな~。(どこがだよっ!)

2025年10月4日土曜日

雨が降ったりやんだり、の予報。洗濯がしづらい。明日のほうがマシ?

セミナー『史記』の予習。「項羽本紀」はちょっと端折って、「高祖本紀」へ。いちおう項羽と劉邦をやった、ってことにして、来年度はどうしよう? 

定年前の最後の年なので、『文選』にするか、現代中国語の基礎となった作家たちにするか。原点に戻って、魯迅・老舎・朱自清(それぞれ朗読がある)の作品を読むのもいいかな~。

2025年10月3日金曜日

晴れ~♪ 薄い雲が多め、涼しい。明日から天気がぐずついて、「秋の空」になるらしい。でもようやく秋だな~。

お弁当生活が始まった。今朝は、ミシガン時代の友人(アメリカ在住)からもらったカシューナッツも入れて、イカとエリンギと一緒に、炒め煮。

ほーほっほっほ。私だって家事はちゃんとしているのだ。自分のペースでやる分には、まったく問題ない。人の都合にあわせて、人のペースでやり、さらにダメ出しばかりされるのが、イヤなのだ。

隣の大学芋奥さんにメロンをあげたら、急に機嫌を直して、数年ぶりに向こうから挨拶するようになった。お向かいさんから話を聞いていて、長野の母親の具合を尋ねる。そこまではいいけど、「東京に呼び寄せなさいよ」と言う。「なんで?」 

御主人は施設に入れたそうだ。仙台で働いている息子に、「お母さんも倒れちゃうよ」と言われて。でも「私があなたの歳の頃は、ピンピンしていたわよ!」 あーそうですか。どういうマウントの取り方なんだ? めんどくせー。

「だったら御主人を、仙台で働いている息子の元に、送り届けたらどうですか? 介護は実子。嫁に世話させようはダメですよ?」とは、言わなかった。やれやれぢゃ。

母親は家の近所の病院に転院し、そこは移転したばかりで設備等が新しくなったが、寝間着レンタル1日1000円とか、テレビ1日300円とか、何かとお金がかかるらしい。オムツは仕方ないにしても、寝間着は自分で用意して洗濯、テレビはタブレットを買って設定し、ネット(Wi-Fiが繋がる)でトルコのドラマ、などと弟が言っていた。

任せるけど、「大変だと思ったら無理せず、レンタルにしなさいよ」と言うつもり。父親の時は、私がほとんど毎日、病院へ着替えを持って行ったり、洗濯物を持って帰ったり、何も用事がなくても夕食の時間にいて話し相手をしたり。病状が悪くなってくると、医者は私にまず話をするし、入院していて完全看護だから家族は楽でしょ、というわけでもない。

2025年10月2日木曜日

さぶっ。晴れ~♪ 寝具を冬用に模様替えしよう。あれこれ干すぞ~。

秋の夜長、昨晩は何もせず、爆睡。久しぶりの通勤電車で疲れたからニャ。授業は初日から平常運転。こっちは慣れたもので、なんてことない。

2025年10月1日水曜日

雨。気温が急降下。後期が始まり、授業。帰宅が遅くなるな~。これから日が暮れるのが早くなるしな~。秋の夜長だな~。

2025年9月30日火曜日

あっつい、夜間の中途覚醒。エアコンで少し部屋を冷ましてから、寝直す。もう必要ないと思っていたけど~。

昨日はランチのあと、銀ブラ。外国人観光客だらけだった。今日は浅草寺⇒東京駅で見送り⇒研究室、かな~?

2025年9月29日月曜日

昨日は久しぶりの朝勉コンプリート、からの~、近所の商店街をはしごして買い物、家の中を整えた。今日はミシガン時代の友人と、ランチ⇒浅草寺か銀ブラ。楽しみ~♪

ストレスたまっているだろうから話を聞くよ、と言われたけど、母親の件は急なことで大変ではあったけど、相手がてんでにプロなので、去年の中国(陳さん周辺)に比べれば、なんてことない。日本の医療&介護制度は、たいしたもんだ。崩壊しませんよーに、お願い♪

しかし家の片づけが終わり、病院のソーシャルワーカーの連絡待ちの間は、やはり退屈してつらかった。弟は若いころより多少マシになったとはいえ「お殿様♪」だし、私も若いころより多少マシになったとはいえ「女中奉公なんて!」なので、やることもないのに長く一緒にいると、ギクシャクしてしまふ。

魚の焼き加減とか、コーヒーの濃さとか、味噌汁の濃さとか、「要求が多いよね?」とついつい言ってしまった。ぜんまいの煮物、私は上手にできたと思ったが、「ジャガイモが欲しかった」と「おふくろの味」を追求され、「次からはそうしたら?」 ぽぽぽーい♪ 

私は「作ってくれるなら何でもおいしくいただきます」派なので、「文句あるなら自分で作りなよ」と喉元まで出かかった。「次から気をつけるね♪」と、「しおらしい女性」は言うのかな? 無理っぽ。向いてねー!

2025年9月27日土曜日

午後、東京へ。

母親は転院の準備中。救急搬送された病院は、車で片道40分。近所の病院の用意ができたら転院できるように、連絡をとりあってくれているらしい。脳卒中が多い県らしく近所の病院にも脳神経外科が出来たが、まだ医師がいなくて開店休業。だれか非常勤で来る予定なのかしら? リハビリテーション科は10人体制で毎日やっている。

家の片づけは終わったし、あとは弟に任せて、と。

2025年9月26日金曜日

母猫が私のベッドで、寝る。私が部屋に来ても、動かない。ずーずーしー。さすがに添い寝はしないのである~。元野良なので。

去年の9月24日に子猫が生まれて、満1才になった。仏壇の花(造花)のビンを倒したり、やんちゃ盛り。

茶太郎は子猫たちに寝床を譲って、隅っこでちんまり。していたかと思うと、ちょっとしたスキに外へ飛び出したり。私にはスリスリ、からの~、昨日は頭突き連続3回。

肝心の母親は家に帰りたがっているが、無理っぽ。「新幹線のチケット、行きがいくらで帰りがいくらで」なんて計算をさせられて、「大きなお札を出しておつりをもらうから分かりません!」なんて、やっているらしい。「葡萄がいくつ、キノコがいくつ、合わせて売り上げが」なんてほうが、喜んで計算すると思うが。

右半身の麻痺はひどくない。自力で足も動かせる。脳梗塞で緊急入院して、いま脳神経外科の一般病棟にいるけど、脳神経外科として出来ることは、さほどない。リハビリ中心。どちらかというと、脳梗塞の元となった動脈硬化が問題で、循環器内科の領域。入院後に虚血性大腸炎も見つかり、この治療のために当初3週間だった入院予定がのびている感じ。左足の捻挫の内出血はだいぶおさまっているが、もともと血流が悪いし。

2025年9月25日木曜日

こちらはすっかり秋めいて、サツマイモと里芋を収穫した。ほとんど東京へ送る気でいるらしい。やれやれぢゃ。

ギリギリ金曜までいるとして、土曜には東京へ戻りたい。少なくとも日曜には戻らないと、授業が始まる。多少の準備は必要だ。冷蔵庫からっぽだし。(そこかい!)

2025年9月24日水曜日

安定の早寝早起き。なんだかねー、時間帯がずれ過ぎ。授業始まったら、7時や8時に寝るなんて出来ないから、少し改善されるかな?

室温22℃、湿度64%で「快適」マークが出ているが、寒いので長袖シャツを着た。これも、なんだかねー。暑熱順化し過ぎ? 身体を冬仕様にしなくては。


2025年9月23日火曜日

晴れ。室温21℃、湿度62%で、「快適」マークが出ている。・・足元が寒いので、朝は電気ストーブつけたり、してるけど。

左手親指の「ばね指」はまだ完治しているわけではなく、朝はぎこちない。でもテーピングやサポーターは、やめた。痛みは、ない。

【バネ指】毎日30秒!自分で改善!【親指の痛み】

痛くないけど、このストレッチで、まあまあ動きがスムーズになる。あとは、これ。来月の健康診断に備えて。

【衝撃】1万歩ウォーキングよりコレ1本でHbA1c・血糖値は下がる!?【糖尿病専門クリニック現役医師】

2025年9月22日月曜日

他人、ならぬ他ニャンの食べているものが美味しそうに見える猫たち。同じキャベツをあげているのに、順繰りに隣の猫のを横取りして、結局、一周回って自分の分をムシャムシャ。ニャン太郎はブロッコリーや小松菜などが好きだったけど、茶太郎と兄弟(熊太郎とチョコ太郎)は、キャベツが大好き。冷蔵庫の野菜室に入っているのを知っていて、開けるとワラワラ寄ってくる。母猫は、興味なし。

ニンゲンのほうは、夏野菜のトマトとキュウリが終わり、ナスとピーマンばかり食べている。飽きてきて、「ゼンマイはどうなんだろう?」などと言い出した。弟もわりと凝り性で、あちこち片付けていて、2袋も発掘。純国産のゼンマイ。

昨日からじっくり戻して、今朝、ニンジン・油揚げと合わせて、煮物にした。春にそこら辺に生えてくるゼンマイを、冬の間にためた暖炉の灰にまぶしてアク抜きして、秋から冬にかけて戻して、いただく。ザ・田舎暮らし!

2025年9月21日日曜日

雨。やんでも、霧。

うっかり栗ご飯を作ってしまい、栗の皮むきで左手を酷使して、ちょっと筋が痛い。まずい。今日は「安静」にしよう。

2025年9月20日土曜日

猫たちのご飯タイムに合わせて、人間のご飯の支度。すぐ食べ終わって絡んで来るので、邪魔くさい。

と言いつつ、昨日は母親の長袖シャツを着て昼寝しようとしたら、足元に母猫がドンっと寝ていて動かない。仕方なく丸まって寝ようとしたら、茶太郎もベッドに上がってきて、クンクンにおいをかぎ、私の腕に両手を乗せて、踏み踏み。・・爪が痛いんですけど? そのまま両手を置いて、眠ってしまった。ゴロゴロと喉が鳴っている。わぁ~~。

幸せ!

茶太郎は抱っこ猫なので、最近いじけて家の隅っこで寝ていることが多い。かわいそう。

2025年9月19日金曜日

授業は10月からだが、そろそろ心配になってきたのか、イヤな夢を見た。教室で新入生に最初の授業をするのだが、話をダラダラしているだけで、調子があがらない。テキストがおかしい。学生に確認すると、指定したテキストは入手できなくて、写真集みたいなものしか持っていない。

だから話がかみ合わない感じがしてたのね! といったん休憩をはさんで、教室へ戻ろうとしたら、どの教室だったか分からない。男子学生がそっと袖を引いて、連れていってくれた。建物が分からなくなりそうだったから、研究室までテキストを取りに行くのをやめて引き返したのに、教室が分からなくなっていた。こわっ!

というところで、目が覚めた。寝る前に、「認知症にならない生活」動画を、見ていたせいだらう。

【健康法】死ぬまで元気!健康のための5つの絶対的指針。『最高の老後』【本要約】


ちょっとカクカクするけど、曲げ伸ばしできるようになった。痛くはない。でも無理は禁物。もうしばらく「安静」に。

2025年9月18日木曜日

親指にも第三関節があった。

ばね指の治し方 親指編【府中 ばね指】

サポーターが手首までくるのが邪魔だと思っていたけど、ちゃんと意味があったのだ! 自己流でストレッチは怖いので、やらないけど。

いま洗い物は弟に任せているので、「安静」を保ちやすい。食器を洗う時に、左手で握る動作が、意外に負担だった。右手だけで食器を洗うのは、かなり困難。

弟の世話を、母親には期待されているのでやっていたが、弟本人はさほど必要としていない。ケアをアイデンティティーにしても、たいして感謝されないはず。「やって」と言えば、案外なんでもやってくれる。言わないとやらないところは、あるけど。

母親はケア(家族の世話)がアイデンティティーなタイプなので、「お母さんがいないから家の中がめちゃくちゃだわ」と言ったほうが、「ほらやっぱりね♪」となって、「心配だから早く退院したい!」モチベーションになる気もするが。

2025年9月17日水曜日

昨晩は7時に寝てしまい、7時間以上眠って、この時間に起きた。たぶん早起き。夜間の中途覚醒かも知れないが。

雨や畑仕事で滞っていた「燃える粗大ゴミ(布団など)」を処分場へ持っていき、病院へ面会に。母親の状態はあまり良くないが、頭はしっかりしている。病院での「頭の体操」は続いていて、「春は何とか、とか訳わからないわ」などと愚痴っていた。『枕草子』の朗読とか、やらされているの? まさかね。春に関するクイズだろうか?

私の左手親指の「ばね指」も、あまり状態は良くない。第一関節がコキコキ、45度くらい曲がるようになったが、たまにコキンと90度曲がると、自力ではもとに戻せない。右手で無理やり戻すと、グキッと痛い。なので不用意にコキンと曲がらないよう、テーピング。

手首まであるサポーターは、不用意に重いものを持ったり握ったりしないよう、外に出る時ははめる。動きが多少にぶくなるので、よろしい。ただ、ちょっと大きい? 私の手が小さいのかも知れないが。

私が手が小さいし、手首も細い。中国人が大好きな手ですよ~。「箸より重いものを持ったことがない」と言うけど、左手は箸すら持たないのに、刺繍枠を握りしめ、長野で雑巾を絞り続け、痛めてしまった。ごめんね~。

刺し子でやめておけば、よかったんだよね。9月の北京行き(中止したけど)では刺し子で時間つぶす予定だったのだから。なのに、クロスステッチ⇒フランス刺繍、とくにセリア刺繍学院へと進んでしまい、やりすぎた。スタートダッシュ型なので。何事もやりすぎはよくない。

「健康」を気にしすぎもよくないが、だからといって「不健康」な生活をしていい、というものでもないだろう。いわゆる「飲む・打つ・買う」も、ほどほどならいい(とされて合法なものがある)。「飲む」は酒。タバコやクスリも? 「打つ」は賭け事。パチンコや競馬・競輪・競艇も? 「買う」は女(や男)。風俗やホストクラブも? この辺りの「遊興」みたいなもの、合法であってもあまり「嗜まない」ので、それだけでもまあまあ「健康的な生活」ではありますニャ。

私の「不健康」の元は、運動不足だからニャ。ちょっと何かやると、疲れて7時には寝てしまう。だらしないぞ!

2025年9月16日火曜日

さぶっ。室温26.5℃、湿度68%で、「暑い」マークが出ているけど。

晴れると、日中は暑い。掃除機をかけていると、汗がポタポタ。でも風が涼しいかな。


元野良の母猫、野生の本能はどこへ? 夜も暑いニャ~。

2025年9月15日月曜日

長野へ。

昨晩も夜間の中途覚醒。エアコンをつけてから、寝直した。起きている間、お勧めにあがってきたコレを見た。


途中で眠くなって寝たので、今朝、最後まで見た。最後の最後で、訪問医療の現場で見る「ケアをアイデンティティーにする女性」の話が、出てきた。「親の介護をやりすぎて疲弊する娘さん」が代表例。

気をつけよう。すでに左手親指が「疲弊」したけど。左手は「安静」にしていないといけないんですよ、をアピールするために、親指を固定するサポーターをポチ♪

2025年9月13日土曜日

すーしー。今日だけらしい。昨夜は1枚ずつ多く着て、寝た。変な寝方をして、首筋が痛い。

2025年9月12日金曜日

虫の音が聞こえる。今日は雨で北風、涼しいらしい。

左手親指が指先から付け根までパンパンに腫れていたが、少し和らいでシワが戻って来た。と同時に、第一関節も少しだけ曲げられるようになった。ほんの少しだけ。まだ右手親指よりツルツルしている。

左手親指が治らないと、古琴が弾けないじゃん!(弾いてないけど) ということに気がついた。まずい。ワタクシの「ごんじー」計画に支障が・・。

2025年9月11日木曜日

左手親指の「ばね指」がどんどん悪化しているようなので、急遽、東京へ。整形外科クリニックで、ステロイド注射を打った。早ければ夜に「すーっと軽くなる」と言われたが、全然ダメ。親指付け根の腹の部分が、痛い。指は曲がらない。ちっ。

注射は「痛いですよ~」と脅されたが、そうでもなかった。何なんでしょうかね?

とにかく安静。重いものを持ったり、ぎゅっと握りしめたりする動作が、いけないらしい。コキコキして痛かったのは第一関節だけど、腱鞘炎になっているのは第二関節(付け根)ということね。

第一関節は、右手で動かせば痛くもなく動くし、第二関節は自力で動かせるが腹の部分が重く痛い、不思議な感じ。そして親指はまっすぐ伸びたまま。

「ばね指」で検索すると、整骨院もヒットする。整形外科でダメなら、整骨院もいいの🦆? 今こうしてキーボートを打つ分には、左手親指はほとんど使わない。右手親指は変換キーをしばしば叩いているけど。

長野で、片づけや掃除で左手も酷使してしまったなー。自分の身体も労わらないと。ということで、ちょっと様子も見たいし、ゴミ出しや洗濯の都合もあるので、今週末は東京で過ごすことにした。

ムシムシするので、クーラーかけて。昨日は、赤羽を通過する辺りで土砂降りだったが、家の最寄り駅に着く頃には晴れ間も見えて、「妖怪傘要らず」参上! でも湿気がひどい。気温は少し落ち着くのかな?

2025年9月10日水曜日

曇りがち。

畑はどんどん秋冬仕様に。私は台所をもう少し片づける。

2025年9月9日火曜日

早起き? ちょっとムシムシ、扇風機をかけている。外では虫の音。

うちの母親も病室でテレビを見ていて、「いしばがやめたよ」と言っていた。次はポエムでいいのか? と誰しも思っている。東京都は国のこと言えないが。あんたら日本のこと言えないでしょう?な国ばかりでもあるし。

2025年9月8日月曜日

さぶっ。小雨ぽつぽつの予報。⇒けっこう降っている。処分場への搬入は延期。車に載せることが出来ない。

2025年9月7日日曜日

夜間の中途覚醒。昨晩は8時前に寝てしまったからニャ。

片付けはほぼ終わった。あとは、ゴミ出し。これがけっこう面倒くさい。東京ではちょこちょこ買い物ついでにリサイクルボックスに出したり、粗大ゴミも玄関前に出して置けば持って行ってくれるが、こっちは処分場への持ち込みが多い。持ち込む前に、許可証の申請も必要だったりする。

畑も少しずつ撤収。夏野菜が終わり、秋の大根や野沢菜を植える(弟が)。

2025年9月6日土曜日

晴れる?

今日も片付け&掃除、続き。くたくたぢゃ。

ついでに秋⇒冬仕様に、室内を変更する。朝晩はだいぶ涼しくなった。

2025年9月5日金曜日

雨。

今日も片付け&掃除。左手親指の「ばね指」は、一進一退。するする動かせる時もあるが、またコキコキ、強張って痛い時も多い。軽症で自然に治るとしても、数週間から数か月かかるらしい。やれやれぢゃ。

【世界一かんたん】バネ指が1,2,3でスムーズな動きに変わるオモシロセルフケアとは?|鈴木章生

親指だけでこうなのだから、右半身となるとリハビリは大変だと思う。リハビリ室へ行くのに脱げない靴が必要だそうで、次回、持っていく。入院時は「かかとのある靴」指定で、サンダルでOKだった。

右手はだいぶ動くようになってきた。「頭の体操をよくさせられる」と言う。「バカだからわかりません、って言っておけば?」 認知機能が低下していないか、チェックを兼ねているのだと思う。昨日は面会中、看護師さんがずっと後ろに立っていた。ふだんぼーっと寝ているが、「面会に来ましたよ、と言ったらシャキッとした」という。看護師さんとは世間話もしないだろうし、「頭の体操」なんかつまらないだろうし、家族のいる時といない時では、だいぶ様子が違って見えるだろう。

2025年9月4日木曜日

昨晩は疲れて、7時に寝てしまった。こっちに着いて、お昼を食べて(弟が用意してくれていた)、一緒にまずは台所の片づけ。母親が家に戻れたとしても、今後は弟がご飯を作ることになるだろうから、使いやすいように。東京から、料理本や便利グッズも持ってきた。弟はパンやケーキはこれまでもよく作っていたので、やり始めればオカズも大丈夫だろう。昨日は片付けついでに、パウンドケーキを焼いていた。酒に漬けたドライフルーツが目についたのだらう。私はスポンジケーキよりパウンドケーキが、好き♪

昨日、大宮駅の新幹線改札を入って、衝撃的なものを見た! それは、雲古。すぐ駅員さんに言って、「ほらほら、あれ。気づかずに荷物で引きずっている人もいます!」 しばらくして掃除に来たけど、エレベーターを使おうとしたら、中も汚れていた。エスカレーターでホームへ行ったら、ホームもエレベーター前は汚れていた。お掃除する人たち、大変! ご苦労様です。

あれはニンゲンのものだろうか? 犬のものだろうか? 犬でもあんなところで雲古しないと思ふ。いちばん怪しいのは、子供にさせたちゅーごくじん。大人ではないと信じたい。雲古している最中の目撃者はいなかったのだろうか? 見て見ぬふりは、いかんよ。

紙はなかった。雲古したあと、どうなった? 間に合わなかったのか、かわいそうに。という気持ちも無くはないが、でも片付けないって、どういう心理?

中国では、列車の中で子供におしっこさせるのは、普通だった。してから、乗員がモップで拭いていた。「そんなところでするな、トイレでさせろ!」と親に注意する乗客は、いなかった。20代の留学中の話ですが。中国でのトイレ事情は、トラウマだらけですねん。

「踏みまくって地獄に」エスカレーターに大便が点々と JR大宮駅の東西連絡通路で...清掃会社が明かしたその惨状 - ライブドアニュース

以前もあったらしい。ちゅーごくじんと決めつけたら、あかんね。

2025年9月3日水曜日

長野へ。

この方の動画を紹介してもらって、人気の刺繍作家さんも知った。生活全般がゆったりペース。丁寧な暮らし。

レトロ可愛い日記帳のカバー作り♬ マカベアリスさんのお花の刺繍

憧れるが、私はガシガシ、女工哀史。刺繍したあとどうするの? なんて実用面を考えてしまうし。しかもすぐ身体を壊して、中断。腱鞘炎⇒ばね指、になるらしい。あまり痛みはなかったので、「コキコキする~」と言いながら、せっせと練習に励んでいた。

長野では、母親が帰ってくる想定で、家をあちこち片づけたい。帰ってきても、これまでのように「家事をゆるゆる」は出来ないだろうから、何がどこにあるのかチェックして、整理しないと。これまでは母親が仕切っていて、私(たち)は「手伝い」「下働き」だったので。

【プロが教える】家に眠るモノを減らす簡単な方法!

ケアマネージャーの人の動画。参考になる?

トイレは、ベッドサイドにポータブルトイレを置いた。夜間などは、すでにこっちを使用した。東京のお向かいのお婆ちゃん(107歳まで生きた)が受けていた入浴サービスは、こういうのだと思う。

おむつ交換の訪問介護サービスも受けられるわよ、と奥さんが言っていた。「寝たきり」になっても「施設はイヤだ!」となったら、そういうことも必要になってくる🦆? 猫たちのトイレは、弟が毎日せっせと世話しているけど。

2025年9月2日火曜日

刺繍枠を持たない? この人たちは持っている。私も持っていた。

【刺繍初心者向け】最初に覚えたい基本の6ステッチ【CV小林親弘】お疲れお兄さんは手芸沼につかりたい

[限定公開]とりこ流の刺繍図案を刺す順番の決め方っ♪初心者必見の差がつく刺し方!

手書きでサクッと✏️葉っぱの刺繍🌱

左手親指の「ばね指」はだいぶ良くなりました。湿布が効いている。

【刺繍歴5年】買って良かった手芸用品🧵おすすめグッズ16選🪡✨

刺繍歴5年で、ここまで行く人もいる。6年で「作家」さんもいた。私は中国柄と中国色で、個性を出すのぢゃ。

図案に使えそうなイラストも、たくさん載っている。


どの色もこんな感じで紹介、めっちゃ楽しい。

2025年9月1日月曜日

暑いわ。安定の夜間の中途覚醒。昨晩は早く寝たからニャ。たぶん明け方に二度寝する。お昼はうさぎ先生のトークショー第2弾。

新幹線は臨時便の「あさま」自由席で、いつもより早く家に着いた。指定席は完売とアナウンスがあったが、自由席はガラガラ。前回は座り損ねてデッキに立ってきたので、リベンジした感じ? 行きは指定席を取るが、帰りは長野発「あさま」さまさまなのだ~。

介護の真似事をやってみて、やっぱり大変。陳さんが家政婦(妹)を置いておきたい気持ちも、分かる。家事能力は???だけど、24時間体制でべたべた世話してくれて、安心なのだろう。新しい家政婦さんは、何時から何時まで、あれとこれはやって、あれとこれはやらない。「でも暮らしていたら、見て見ぬフリはできない」といろいろ働いてくれたが、有能アピール(=賃上げ要求)がすごかった。

労働に見合う給料を出して、まともに家事もできる人を雇ったほうがいいように思うが、介護となると、ガサツでだらしないがガタイのいい家政婦(妹)が、都合いいのだろう。(姉)のほうは細身で、「料理が得意」という触れ込みで(妹)が応援に呼んだわけだけど、インスタントが多かった。あれで「得意」なら、私だって「得意」だ。

でも私は、24時間スタンバイして介護メインで暮らす、が出来ないわけだから、仕方ない。日本でやるのも大変なのに、中国でやるのは到底無理。介護もだけど、24時間スタンバイが、ね。刺し子でもやって時間つぶして、と思ったら刺し子⇒クロスステッチ⇒フランス刺繍と夢中になって、左手親指が「ばね指」になったし。

北京では机が使えないかも知れないから、で刺し子だったのに、暴走してしまった。身体を壊すまでやる。アレの傾向のある人だから?

と、ここまで書いて二度寝したら、日本で何かのパーティに参加して、今後の連絡先を聞かれたり、こっちは忘れていた人から声をかけられて挨拶したり、している間に一緒に来ていた陳さんがいなくなり、「陳さーん!」と探し回っている夢を見た。・・・あっちのことも心配なんじゃないか! 11月の学園祭の時に、北京に行こうかな?

去年のその時期の北京行きがどうだったかチェックすると、ぎっくり腰になったのに行って、家政婦(妹)があれこれ騒いで、イヤな思いをして帰国しただけだったけど。

2025年8月31日日曜日

夜間の中途覚醒。午後、東京へ。暑いのかな? 暑いだろな~。

昨日は母親の面会へ。右手を握ったら、しっかり力が入っていた。意地になって握るので、「痛いわ!」 でも箸がうまく使えないという。入院直後はHCU(ハイケアユニット)にいて看護師さんが食べさせてくれたが、次々に口に運ばれて困ったので、「今は自分でゆっくり食べている。」

昨日からSCU(脳卒中センター)へ移った。右半身のリハビリも始まり、痛くて眠れず、「女の人がぞろぞろ出てくる変な夢を見た」と愚痴るので、「痛くてもリハビリ頑張らないと身体が固くなっちゃうよ」と言い聞かせた。

「施設なんてやっぱりイヤ! 左足は動くのよねえ」と動かして見せる。入院している間に捻挫が治って、左足が使えるようになったら、トイレも自力でできるだろうけど、いまは両足が使えないので、ベッドから下りられない。その状態での自宅介護は、きつい。リハビリを頑張ってもらわないと。

他の病院のだけど、こんな地域連携パスがあった。

スライド 1


赤枠から緑枠へ行けるのが、ベストだけど。

医療と介護は保健制度も違っていて、レンタルした介護用ベッドなどは、いったん返却すると、入院中は介護ではなく医療中なので、一時帰宅などでまた借りたいといってもダメらしい。介護用ベッドだから。でも介護用ベッドを操作して動かすと猫たちが絡んでくるので、危なくて使えない。返却する予定。手押し車は、身体を預けるタイプのがっしりしたもので、これは置いておきたい。猫にもうひっかき傷を付けられちゃったし。

熊太郎が介護用ベッドを気に入って、もっぱらそこで眠っている。チョコ太郎もたまに一緒に寝ている。母親がいる時は、茶太郎もベッドにもぐり込んで、この3匹が枕元と足元と背中と、3か所を占拠していた。

肘を乗せ身体を預けて、身体の重みで押していく。手を握る部分の先にブレーキが付いている。まだ1回も使わないうちに、猫にいたずらされた。「見なかったことにするのでかまいません」と言われたけど、このタイプは少ない。カバーを取り換えればいいだけで、壊したわけじゃないけど。犯人はたぶん熊太郎。

2025年8月30日土曜日

救急センターのお医者さんがサラサラっと説明してくれたことを、ネットでいろいろ調べて確認した。

脳の深いところで細い血管が詰まるラクナ梗塞(高齢者&高血圧&男性に多い)で、詰まって4.5時間以内ならよく効く薬があったが、間に合わなかった。午前中に近くの病院にも行ったが、医者も捻挫のほうに気をとられて、介護用ベッドを組み立てながら「脳梗塞もあり得るわよ?」と言われた時には、もうそのゴールデンタイムはとっくに過ぎていた。

夜中に技師を呼び出してMRIを撮ったら、小さな脳出血もあちこちにあり、昔やった脳梗塞の跡もあり。いまの病院では脳梗塞の急性期で、薬で現状維持(これ以上あちこち詰まらないように)しつつ、ベッドの上でリハビリ(どうせ捻挫しているので立てない)、それが3週間の予定。安定してきて回復期になったらリハビリ(リハビリ専門の病院があるので転院する可能性大)、動かさないと身体がどんどん固くなる。これが半年ほど。それも過ぎると、それ以上回復は見込めないので、自宅に戻るか施設に入るか、という流れらしい。

ラクナ梗塞は比較的予後がいいが、治療とリハビリに長い期間が必要だし、そうこうしている間に余病や認知症が出たら、自宅に戻れない高齢者も多い。病院のソーシャルワーカー、地域のケアマネージャーたちと、よく相談して。

ということを、夜中に救急センターの医師は手慣れた感じでサラサラっと説明してくれたのだった。

小さな脳梗塞や脳出血のせいで認知症(いわゆる「まだらボケ」)になる、リハビリを頑張らないと「寝たきり」になる、可能性がある。昔は安静にさせすぎて「寝たきり」になることが多かったが、今は積極的にリハビリをさせるらしい。「寝たきり」は本人もつらい。しかし余病(また転んで打ちどころが悪かったとか、うまく飲み込めずに誤嚥性肺炎になるとか)で「あっけなく」という可能性もある。もう90歳なので、これから何があってもおかしくない。

10年以上前に狭心症で、緊急に心臓カテーテル手術をした。母親の母親は夜中に発作が出て、ふすまをかきむしって70代で亡くなった、というのだから、母親は命拾いして10年以上もなんだかんだ好きに田舎暮らしをできたのだから、御の字? 「いずれは」がとうとう来た!、って感じ。

私は自分の左手の親指が「ばね指」らしいので、刺繍をいったん止めて、安静にしなくてはいけない。刺繍スタンドが来たが、すべてをスタンドに括り付けたまま出来るわけではなくて、ちょいちょい外して刺繍枠を持っていたが、そんなことをしていては、ダメだ。

2025年8月29日金曜日

疲れた。展開がいろいろと急すぎた。

東京は今週末も涼しくなるどころか猛暑日予報。ギリギリまでいて、来週初に戻って鹿さんちへ。歯がすいてきたので、磨きづらい根本のほうに虫歯が! でも詰め物をとってみたらたいして深くはなくて、ちょちょっと削って詰め直しに。いま仮歯状態。

鹿さんの用事が済んだら、荷物を作り直してまた長野へ。今回は短期予定だったので、陶淵明だけ持ってきたが、「詩経祭り」をしなくては。陶淵明先生は意外にも真面目に『詩経』を読んでいた。『詩経』の言葉をちょいちょい使っている。「楚辞」は少ない。詩には詩語を、辞には辞語(なんて言い方はないかも知れないが)を、使う傾向がある。なんて真面目な人だ!

その点、山谷さん(黄庭堅)なんか、やりたい放題。李商隠は「僻典が多い」と批判もされたのに、山谷さんはむしろ「換骨奪胎」なんてほめられている。詩風がだいぶ違うし?

2025年8月28日木曜日

母親が昨日から「捻挫していないほうの足にも力が入らない、動かないからトイレも困難」ということで、午後に手押し車を持ってきた人たちが急遽、介護用ベッドも搬入してくれたが、夜中に鎮痛剤を飲むときに右側から水をこぼして、「脳梗塞の前兆では?」と救急車で病院へ。

検査の結果、左の小脳の細い血管に梗塞があり、右半身に麻痺が出ている、というので緊急入院になった。薬を投与してリハビリ、いまの予定では3週間。ただし、入院している間に余病が出るとか認知症になるとか、自宅に戻れないケースも多い。血流をよくする薬は飲んでいたのに脳梗塞になったから、年齢も年齢だし、あまり楽観的な話にはならなかった。

「自宅に戻るとしたら、どのラインですか?」と看護師さんに聞かれた。言いにくそうだったが、大事なことだ。家族としては「自力で排泄できる、ですかね~」。ベッドサイドのポータブルトイレでの排泄も困難ということになると、自宅介護は現実的にはなかなか難しい。されるほうも苦痛だろうし。本人には「リハビリ頑張らないと家に帰れないよ!」と励ますつもりだけど。

捻挫するまでは、家事もゆるゆるやってたんですよ! 昨日の昼間も近くの病院へ行ったが、捻挫に気をとられて、レントゲンで「やはり骨には異状ないですね」「痛いのはみんな同じ!」で追い返された。介護用ベッドを組み立てながら「足が動かないの? 飲んだり食べたりする時はどお? こぼすようなら脳梗塞もあり得るわよ?」と言われて、私たちも気づけた。

今日か明日にケアマネージャーを含めた会議の予定だったので、担当者の名前と連絡先を病院に伝えて、病院のソーシャルワーカーと連絡を取り合って、ということになるらしい。

2025年8月27日水曜日

昨日は役所の福祉課の人の聞き取り調査⇒保健師さんと介護用品を扱うお店の人がベッド周りのセット、さらに必要な介護用品の手配、ということで、あっという間にトイレ&入浴問題の目途がついた。

足が不自由な状態なので、要介護度2(1寄りの)。介護用品はお試し1週間できる。入浴&お昼のサービスは、来週から週一でスタート。ディサービスもあるが、長時間いて他の老人たちと交流したり簡単な体操したりが、以前ちょっとやってみて「やだ、あんなの」と言うので、奇跡的に1枠あった入浴&お昼ご飯だけのところに。自宅で入浴できるようになったら、それ用の椅子とかも、あるらしい。

サービス事業所の人&ケアマネージャー&保健師さんとの会議は、2~3日後。そこでもう少し包括的かつ長期的な計画が立てられると思う。

本人は「足さえ治れば」と言っていて、要介護度の認定はこのまま1年後に更新、2年後に見直し。途中で要介護度が上がったらすぐに対応するけど、軽くなった場合は「そのままにしておいてください」だって。現状維持か重くなる可能性のほうが高いだろうし、要らなくなったらレンタル用品やサービスは返せばいいだけだし。

ポータブルトイレを組み立てているときに猫たち(とくに熊太郎)が絡んできて、もう「ギャング団みたい!」 人慣れしすぎでは? ベッドの上にも乗ってくるし、「毎晩こんな感じなんです~」 実態を正確に伝えないと、だにゃ。

2025年8月26日火曜日

こっちもまあまあ暑い。今週後半は少し涼しくなるかな?

母親は血流が悪くて薬をいろいろ飲んでいた。⇒「多い」と愚痴ったら新しい担当医が薬を減らした。⇒膝から下が冷たい、足がビリビリ病める。⇒私が東京へ戻ったあと長野市の病院で検査して「血流は思ったほど悪くない、薬を変えましょう」だったが家の中で転んで足を捻挫した。⇒杖より車椅子のほうが安定するから、しばらく家の中で車椅子生活。

という流れです。ただでさえ足元がおぼつかないのに猫がそこら中にいるから、転んだりもしますよね。骨折しなかっただけ、偉い! 毎朝ヨーグルトを欠かさないから?

大事にしすぎても筋力が衰えて寝たきりになったら困るから、捻挫の急性期が過ぎたら少しずつ身体を動かす必要がありそう。痛いのに無理すると長引きそうだから、少しずつ、ね。

人のことはそう言いながら、私は左手の親指コキコキ痛いのに、刺繍キットを1つ持ってきた。

可愛くな~い?(←反語) 可愛いよね♪

しかし左手の親指も保護しなくてはいけないので、これもポチ♪


9月の北京行き(予定)で退屈しないように、で始めた刺し子⇒クロスステッチ⇒フランス刺繍だったが、予定は未定、キャンセルしたけど、いろいろ道具が集まったし、もう少し続けてみたい。

2025年8月25日月曜日

いちおう早起き? 家の中をざっくり片づけたら、長野へ。

母親が転んで捻挫し、しばらく車椅子生活に。猫たちがいるので、どうやって? ケアマネージャーと相談。家のあちこちに手すりを付けたり何だりで、私が申請する必要があるかも知れないし。9月の北京行き(予定)は、キャンセルした。いつまでも(予定)で気が重かったし、9月いっぱい夏休みで授業はないので、なるべく長野にいることにした。歯の治療中で、いったんまた東京へ戻って来るけど。

陳さんはいまハルピンで、9月に私にあわせて北京に戻ることを渋る、というか、北京の引越先に私が泊まる(暮らすのではなく?)ことを渋る感じがあった。家政婦(妹)がいるせいだけど。

なので、「もう離婚でいいかな」と区役所で離婚できるのか?⇒できる、離婚届はどう書けばいいのか?⇒陳さんはサインだけ必要で他は私が記入すればいい、などを確認した。

9月に北京へ行ったら、いつでも提出できるようにサインだけもらっておこうかと思ったが、それも決定的になるからな~、と躊躇う気持ちもあった。中国の不動産バブルのせいで陳さん名義の資産がけっこうな額になり、それを巡って口出しする人が周りにいて、陳さん本人はそうでなくても「奥さんが世話しないから!」と私への圧力が大きく、しんどい。

法的には「妻」が第一位なので、相続となったら私が何もしないわけにはいかない。あらかじめ離婚しておいたほうが、面倒が少なくていいけどな~。しかし陳さんは北京へ戻る手配はしてあったし、離婚する気はなさそうなので、ま、なるようにしかなりませんニャ。

女性=妻として夫に尽くす、が前提だと家政婦(姉妹)のように「奥さんが冷たい!」になるけど、百万回(あの大声で)言われても、家政婦(姉妹)の言い分に納得して、そうね、どうせ女が仕事したって大したことないもんね、とはならない。ごめんね。いちいち喧嘩するのも、しんどいわ。

家政婦(妹)が私の後釜を狙っているとか、それも家事や介護をする人=妻、という前提だからで、ええっ~? 私があのガサツでだらしない家政婦(妹)と「陳さんの妻の座」を争っている、と言うのですか? 失礼じゃないですか? と思うが、それを口にしたら、はしたないだろうし。やれやれ、世間の風は冷たいのぢゃ。

まずは当面、「親孝行な娘」の役割をすることに、したのである~。

どんなもんだい? 点(フレンチノット)と線(アウトライン)と面(サテン)、セリア刺繍学院初級課程で練習した3つのステッチを使用。青い花はサテンステッチの応用で、ロング&ショートステッチ。

2025年8月24日日曜日

夜間の中途覚醒? 早起き? もう訳わからん。昼寝もしています。エアコンを冷房からドライに切り替えた。湿度がみるみる下がる。体感の涼しさが違うわ。早よ切り替えせい! 明け方たぶん二度寝する。

刺繍レッスンは少しペースダウンして、ポチ♪した中国の伝統的な色や図案の本、漢詩の本などを、読む。クロスステッチほど布を凝視しないようで、目の疲れはそれほどでもない。しかし左手の親指がコリコリ、身体虚弱でプロの刺繍家にはなれそうにない。

と言いつつ、こんな刺繍キットをポチ♪ セリア刺繍学院の中級課程が終わったら、ね。


輸入品(英文の説明書)に、日本語の説明書を添えて、売っているらしい。それでも1点につき1000円ほど。布は小さめ、けっこうゴワゴワ。付属の刺繍枠が、溝つきでガッシリしている。刺繍枠につけたまま飾っても、いいみたい。綺麗なリボンでもつけて。

2025年8月23日土曜日

夜間の中途覚醒。暑い!

初級④

いただいた刺繍糸で。 「セリア刺繍学院」(byあらかん乙女さん)の初級課程、これにて終了。

刺繍したあと、どうするの? 例えば、こうするらしい。

【刺繍】刺繍キットで簡単🧵|刺繍歴3ヶ月初心者が作る🪡|セリアの刺繍の次はコレ|秒で着せかえ自由自在のバッグ|自分なりにアレンジを楽しんで

キットを卒業して、自分で図案を写してチクチクしたら中級、自分で図案を考えてチクチクしたら上級、ってところかしらん? もちろん図案の通りにチクチクきれいに出来るかどうか、もあるでせう。

以前いただいた紅茶の入っていた素敵な缶に、ハサミや針置き、糸通しなど小道具を収納。へっへっへ♪

2025年8月22日金曜日

あちー。徐行愛し、ちがう、女工哀史。でも徐行すべき、私は。

初級③

杭州ニセ姉妹を刺繍するのは、まだまだ先ね。おだてられても木が高くて、登りようがない。期待というプレッシャーをはねのけて、もうしばらく買い込んだセリアの刺繍キットで、チクチク基本練習。

いただいた刺繍糸を三つ編みし、図案を大小、書き写してみたけど。いざチクチクするとなったら、けっこう大変。そのくらいは分かるのである~。(☚身の程をわきまえている人)

友だちが紹介してくれた刺繍作家さんの本も、近所の書店で2冊ゲット。

 

刺繍糸、三つ編みをやめた人の動画もあった。

2025年8月21日木曜日

扇風機が壊れた。ずっと「微風」を当てっぱなしで使っていたが、スイッチを押しても回らない。仕方なく「涼風」にして、少し遠ざけて使おう。ちょっと音がうるさいが。

怒涛の刺繍レッスン。

初級②

刺繍枠をずっと持っているせいか、左手の親指がコキコキ、動きがおかしい。とくに朝、こわばりが強い。しばらく使っていると、気にならなくなるけどね。

お宝がごっそり届いた~♪ 画と色あわせをしてみまちた。チャコペーパーまで入っていた! やばい、やばい。布も届いて、至れり尽くせり。でもテクニックがまだ・・。

2025年8月20日水曜日

沿線のセリアをはしごして、刺繍シリーズや針ネズミの針置きをゲット!

初級①

色の濃い糸だと、アラが目立つ。ま、そのうち、そのうち。

2025年8月19日火曜日

暑い。夜間の中途覚醒。もう少し部屋を冷やしてから、寝直す。

昨日はお盆の帰省ラッシュを舐めていて、自由席でいけると思ったら座り損ね、大宮まで1時間、デッキに立ってきた。最初から長野始発の「あさま」にすればよかった。しかし案外、1時間くらい立っていても平気だった。授業や試験監督で、もっと立ちっぱなしだし。

途中、高崎で目の前にふくよかな若い女性が乗ってきて、体温で暑い! 私も痩せなくちゃ。ただでさえ地球は温暖化で異常気象なのだ、人類に迷惑? 

雷雨は、「妖怪傘要らず」を避けて、埼玉や東京西部を通過した模様。私の帰宅の足は、そこでは乱れなかった。

家に着くと、やはり落ち着く。ここが「自宅」だな~。

2025年8月18日月曜日

東京へ。暑いのかな~。暑いだろな~。

夏野菜を少しもらっていく。冷蔵庫には玉葱しか、残してこなかった。

⇒母親の付き添いで病院へ。東京行きは延期?

2025年8月17日日曜日

自然の草花をモチーフにした刺繍作家さんを、教えてもらった。


ステキよね~♪ これはブックカバーですニャ。もう少しシンプルな感じのも、いろいろあった。

それなら私は、岩崎灌園の『本草図譜』(復刻版を買った)から、図案を採っても良さそう。または中国の画から、一部を図案にしても、いいのよね。去年の夏に北京で買った『彩絵 宋詞画譜』とか。朝勉で左側の詞のほうを、1日1枚、筆ペンで書いていたけど。


私の好きな杭州ニセ姉妹の画とか。


図案の写し方は、動画にいろいろアップされていた。基本のステッチ7種類くらいをしっかりマスターすれば、あれこれ楽しめるのではないか、と私も思います。要するに、点と線と面だから。

中国の画って、この2枚もそうだけど、光と影を表現しないので、立体的に見えない。なので図案チックで、刺繍しやすいと思ふ。杭州ニセ姉妹の画なんて、ほら、色も5色(青・緑・茶・ピンク・黒)ほどしか使っていない。