さて、今年の振り返り。
今年は、別れの年だった。春に恩師のS先生が亡くなり、秋から冬にかけて母親が入院⇒看取り。陳さんは闘病中だが、介護移住は「ごめん、やっぱり無理っぽ」。
定年前に分かってよかった。少なくとも北京の義姉たちは「仕事やめられないの? 仕方ないわね」だから。定年後のことは、定年になってから考えよう!
去年の年末は「家政婦のいる生活」に慣れなきゃいけないのかなあ、気が重いな~、だったけど3月の騒動を経て、あの家政婦では絶対に無理! でも陳さんは、あのガサツでだらしない、だからこそ24時間べったりで陳さんに合わせて生活できる家政婦がいいらしい。私は睡眠時間は乱れているが、眠い時には寝てしまうし、それを起こしてまで「あれやって、これやって」とは、陳さんは言わない。でもあの家政婦相手には、それができる。透析の付き添いも、ほとんどの時間を廊下で待機、それを私(や義姉やほかの家政婦)には要求できないが、あの家政婦には要求できる。「そのために雇っている」の認識が、陳さんサイドと家政婦サイドで食い違っているけど。
「仕事」に対する認識は、義姉たちとも食い違っている。大学を定年になったからといって、私が「仕事」をしないわけではない。と陳さんは分かっているが、他の人たちは分かっていない。ま、仕方ない。自分がレアケースなのは、よーく知っている。陳さんタイプがレアなのも、私は知っている。「好きなだけ勉強しろ」と応援してくれる人は何人かいたが、いざ自分の家族となったら「ご飯は作ってくれるんでしょ?」とか「介護はしてくれるよね?」だもんね。
前期も後期も学期始めに喘息になり、マイクで授業。いつもの咳だけでなく鼻もおかしくなり、夏には「ばね指」になり、腰も痛い。私も確実に「おばあちゃん」になっている。背も順調に縮んでいるし。やれやれぢゃ。
とりあえず、煮しめを作る。材料はそろっている。ぜんまいもうまく戻せた。黒豆は電気圧力鍋で煮る。酢だこや蒲鉾は切るだけ。


























