2024年11月30日土曜日

長野へ。いま夜間の洗濯ちう。どうせ目が覚めてしまったし。研究室で昼寝したから、大丈夫。

去年の6月、陳さんがいきなり電話してきた時、ハルピンのアパートを盗られたとか、水に毒が入っているとか、電話が盗聴されているとか。義姉さん(中医じゃないほう。権利書などはこの義姉さんに預かってもらっている)に電話したら、「そんなことない、妄想だから!」 入院してもいい状態だったけど、したがらない。

ただこの義姉もちょっと抜けているので、「風呂に入りたがらないし、水も飲まない」と言うからかなり心配したのに、あとで「ペットボトルの水しか飲まない」と言われて、ずっこけた。

「家政婦も追い出した」と言うので、私が行こうとしたが、陳さんは「来てはダメだ、危ない!」と「焦燥感が激しい」し、ビザもすぐには取れない状況だった。義姉さんの家に転がり込んで、だんだん話すことも落ち着いてきたので、秋になって陳さんが自分のアパートに戻ってから、北京へ行った。

家政婦は中医の義姉と衝突して「自分が辞めた」と言っていたが、あの頃「水に毒がどうの、アパートを盗っただの、ひどいわ!」と言っていて、「ああそうか、この家政婦に、ってことか」と納得。確かに鬱が深刻化して妄想が出たのだろうけど、あながち間違っていないというか、「家を自由に使い、身体に悪い食事を出し、そばで電話を聴いていて口出しする」、全部やってましたね、北京で。

私だって心臓バクバク、「来てはダメだ! 危ない!」もその通りじゃん! あの気性じゃ、一緒にいたら命を削られる。

次に北京に行ったら、夜中だろうがかまわずリビングの電気つけて机を使って、それがイヤなら「寝室を私の部屋としてちゃんと整えてちょうだい!」と実力行使するつもり。

家政婦を追い出すのは簡単で、「なんだかあなたが奥さんみたいね」と言えば、怒りながら荷物まとめて出ていくと思う。

急に辞められても透析の付き添いを探さないといけないのと、代えたところで同じような文化レベルの人しか来ないだろうから、とりあえず我慢しているが、陳さんに「家政婦を代えてよ!」と言ったら「考えておく」と言っていた。

私が最後に病院へ乗り込んで、骨をこっそり抜いてきたので、次回は少し大人しくなっているかな?




2024年11月29日金曜日

左ももの筋肉痛は、治った。昨日はまだ痛かったけど。腰は重だるくなったら、仙骨の辺りを下から上へさすって対処。湿布薬のかぶれも、だいぶ治ってきた。皮膚が弱い。ビタミン剤は、飲み忘れていた。もう要らない。

薬はうすい毒だから、飲まないに越したことはない。と中医の義姉寄りの発言をしたら、家政婦にわあわあ喚かれたけど、腎機能が弱っているので余計に、飲まないに越したことはないと思う。義姉は家政婦の何十倍、何百倍も病人を診てきたのだから、少しは耳を傾ければいいのに、しない。陳さんが薬を飲みたがらないので、わあわあ怒って「頑固よね?」と同意を求める。「ええ、頑固ですよ~」(あなたもね)

中国のトイレ(韓国もそうらしいが)、なぜペーパーを流せないのだろう? 水圧の問題もあるが、紙もダメなのが多い。次回は日本のトイレットペーパーを持って行く?

3月のチケット、JALの安いのが出ていたので、買っておいた。ANAのほうが帰国便の時間帯がいいが、JALは預ける荷物が2個までOK。前回のANAは1個だった。いつも1個で十分だけど。

北京では電子レンジが増えていたので、大型冷蔵庫になったし、日本の圧力炊飯器でご飯を炊いて、小分けして冷凍しておいても、いいのよね~。タッパーも持って行く?

2024年11月28日木曜日

昨日はさすがに疲れた。身体的に。北京で買ったお菓子を持っていって、まったり授業した。学生さんは育ちが良いので、「おいしいですよ♪」と和気藹々、癒されるわ~。

帰りにスーパーへ寄ったら、コストコフェアをやっていたので、シナモンレーズン味のベーグルを2袋、珈琲味のマフィンを1パック、買った。あと夕飯用の小松菜やミカンなど。冷蔵庫にはジャガイモとリンゴ、納豆と豆腐しか、なかったので。ベーグルとマフィンは、すぐ冷凍。

北京の近所のスーパーも、パン類は豊富にあった。米は、「水を代えたけどおいしくない」と家政婦が言っていた。「日本の炊飯器を使えばいいのに」と私が言うと、「1時間もかかって、電気代が無駄」と言う。浸水と蒸らし込みで1時間なので、セットして炊いている間に、おかずを作ればいいんだけど。タイマー予約もあるし。

どうせ私の話は無視するので、仕方ない。陳さんの世話はやってほしいが、あの家政婦との「共同生活」は、きついな~。いちいち口やかましい。「ぜんぜん寒くないのに、帽子と手袋? わ~、怖い!」とか、意味不明だった。こういうこまかい事をわちゃわちゃ言いながら、にぎやかに暮らすのが「家族ってものよ!」と思っているかも知れないが、それは自分の家族でやって欲しい。

姉さんちに居候していたようだが、そこも居づらくて、陳さんの家政婦に戻りたくて娘に偵察させた、ってのは当たっている🦆? 独り暮らし=孤独で気の毒、って決めつけているが、それは家政婦が「孤独」だからだと思う。猫でも飼えばいいのに。

って、長野では子猫が2匹(次男と三男)、床屋さんの知り合いに引き取られ、残った母猫と子猫2匹(長男と四男)は「もう渡さない!」と弟が言っている。茶太郎と合計4人、ちがった、4匹。大丈夫なの?

ということで、週末は長野に様子を見に行く予定。

2024年11月27日水曜日

授業。雨があがって、生ぬるい。北京のほうがやはり寒かった。長いダウンコートの人もいた。

疲れた。左ももが筋肉痛。腰は右のほうが張るので、かばってヘンな座り方で、バスやら地下鉄やら飛行機やら、乗っていたのかも知れない。

家政婦さん(妹)は、うちの母親にちょっと似ている。働き者だが、仕切り屋で愚痴っぽい。弁護士の娘には家事をまったく手伝わせなかった(ここはうちとは違う)ので、娘は何もできないらしい。私は自分のことは出来るが、「奥さん」として家族の世話をするのは、無理っぽ。陳さんもそこは私に期待していない。

というわけで、「奥さん気どり」とか「あとがまを狙っている」とか、家政婦さん(妹)もそう言われるのはイヤそうなので、だから「奥さんが来たら辞めなきゃ」と思っていたようだが、「いやいや、違うから。陳さんの世話はあなたがやって!」で、「それでいいの?」「いいのよ!」ってことで、今後はうまいこと行くかも知れない。

家の中のことに私が口出ししなければ、家政婦と衝突するネタもないし、陳さんが板挟みで苦しむこともない。私は机と照明(寝室のは暗い)をなんとかしてくれれば、他はどうでもいい。

まあ、あの気性では、娘はともかく、その婚約者(いるらしい)や相手家族とは、うまく行かないかもね。婚約者も同業らしく、大学院時代に知り合ったのか、インテリ揃いで、学歴コンプレックスはそこで感じているかも知れない。生まれた時代や地域や性別で、誰もが勉強したければ出来る、というわけではなかったのだし、得意不得意も違うのだから、「でん!」と構えていればいいと思うのだけど。

陳さんの世話をする「奥さん代わり」でいることが、けっこう張り合いになっているんだと思う。高収入の弁護士の娘の世話になるのも、たぶん気が引けて、できなくて。

「陳さんはあなたを信用しているし、私もあなたを信用しているし」と腕をポンポンしながら言ったら、急に神妙な顔つきになった。「更年期なんじゃない? 身体を労わらないと、あとがきついわよ。あなたも機会を見つけて、たまにはゆっくり休んでね♪」なーんて、こっそり骨を抜きながら「奥さん」の格の違いを、見せつけてやりまちた!

疲れたわ。陳さんの状態について、私はあまり楽観的ではないので、私自身があとで後悔しないように、気持ちよく去りたかった。でも飛行機の中で、ちょっと泣いた。陳さんは私にも他の誰にも、声を荒げることはないのに、家政婦はガミガミ大声で怒り散らして、「いい加減にしろよ!」と腹が立った。

私が来ると「世話しなきゃ! でも出来ない!」となって、「焦燥感が激しい」と言うが、鬱になったのは全部、私がいない時ですからね。最初は若い頃、文革の時。家政婦はその世代ではないし、知識も想像力もないから、分からないだろうけど。表に出さないだけで、陳さんにも感情がないわけではないので、「無」にならなきゃいけない状況に、追い込まないで欲しい。

私が定年前に仕事を辞めて、中国で退屈しながら陳さんに張り付いて世話して、というのは陳さんも望んでいないので(逆の立場だったら、私もそれはかえって負担に思うだけ)、長期休みはなるべく中国に行って、急変したら授業をやりくりして駆けつけて、って感じになると思う。

2024年11月26日火曜日

午後、日本へ。

家政婦とは、ハルピンの按摩店で知り合ったらしい。娘が北京で仕事しているし、住み込みの家政婦が必要になった時に、陳さんが声をかけたらしい。

空港に近いアパートを売って、今のアパートに越したことや、そのあとハルピンにアパートを買ったことも、知っていた。このときは手伝いに来るような関係で、他のところで家政婦もしたことがあるので、頼んだようだ。

陳さんは「どうせ誰か頼むんだし」で、この人の前は、義姉(中医じゃないほう)が人を見つけて、来ていた。いまの家政婦は、住み込みは初めてだったみたい。

「いろいろ言う人もいたけど、奥さんいるし、お互い歳だし、大丈夫だから」と。私は色恋沙汰は今でも心配してませんけどね。でも「あとがまを狙っているんじゃない?」と言う人は、私の周辺でも、いる。

私にも陳さんにも家政婦にも失礼なので、色恋はない前提で、でも家政婦のいいように暮らしてるんじゃない?、とは思う。家政婦の言う通りにしないと、どえらい不機嫌で、去年の6月は中医の義姉と喧嘩して、家政婦が辞めた。

私に珍しく定期じゃない日に陳さんから電話が来て、「永遠に愛してる」なんて最後の別れみたいなことを言うし、妄想もひどくて、焦った。でも去年はビザを取るのが難しく、陳さんは義姉(中医じゃないほう)の家に2ヶ月いて、秋に私が北京へ来た時は、「あれは何だったの?」というくらい、まともだった。今年3月の杭州も、体調悪そうだったが、一緒に旅行できた。

しかし杭州から帰ったあと、弁護士の娘がアパートに来て、「ご飯と漬物ばっかり」テーブルに並んでいる様子を報告して、4月からまた家政婦が住み込みで世話するようになったらしい。娘がなんでアパートまで来たのか、そこら辺は不明。付き合いの程度がよく分からん。

6月に体調が悪化して、救急搬送、入院、腎機能障害、なんとか退院、透析生活、現在に至る。鬱はちょっとあり、無気力になるタイプではなく、焦燥感が激しいタイプ。この辺もちょっと分からない。焦燥感が激しい鬱?

入院して、一時はかなり危なかった。8月は私、葬式になってもいいように、荷物作って来ましたからね。そこまで悪くなった経緯については、てんでに言うことが違う。

家政婦は、もともと病院嫌いな陳さん、中医の義姉、あと私?、のせいでまともに治療しないからだ、自分は弁護士の高収入の娘の世話になってもいいのに、陳さんが「いいじいさん」、かつ「孤独で気の毒」、だから他の家政婦とは比べものにならないくらい熱心に世話している。なのに、「言うこと聞かない人ばっかりだ!」と怒っている。

私はもう帰国するし、さっさと逃げて来たので、しばらくまた家政婦の言いなりに治療に専念すればいいが、私込みの陳さんの「家政婦付き生活」を、この家政婦は受け入れがたいみたい。私もこの家政婦では、居場所がない。ガミガミと陳さんに当たり散らしている様子を見るのも、つらい。

どうなりますかね。

家政婦の「孤独で気の毒」という認識や感情が、間違っている気がするが。

「病院でもバカにされる」と姉妹そろって言っていたが、そうなの? だからといって「家族みたいに」が、大きなお世話。踏み込み過ぎ。

4泊5日。1日目、昼過ぎにアパートに到着。ご飯(ご馳走)のあと家政婦は散歩に行き、なかなか戻らないのでホテルへ行った。

2日目、透析。アパートに泊まろうとしたが、トイレを詰まらせ、陳さんと家政婦が昼寝している間に、ホテルへ行った。陳さんはすぐ起きたが、家政婦はずっと寝ているので、挨拶なしで。

3日目、鍵を開けるところから険悪ムード。トイレの件で、すぐ戦闘モード。私が来たら家政婦は辞めて出ていく気でいたので、それは違う。「奥さんの仕事」を頼んでいるわけじゃない、という話はしたつもり。いまいち理解されてなかったようだけど。ギョウザを作りながら、義姉たちへの愚痴を山ほど聞く。ギョウザを食べたあと、家政婦が昼寝している間にホテルへ行った。ずっと起きないので。夜中に陳さんが起きると家政婦も起きるからで、そっと寝かせておく。

4日目、トイレ修理で、朝から家政婦が機嫌悪い。陳さんが按摩に行かないので、ガミガミ怒りだした。たまらずホテルへ。私の睡眠時間がどんどん短くなる。ここ2日ほど、2時間くらいしか寝ていない。ここに長々と書いているせいもあるけど。他にする事ないので。

5日目、午後の便で帰国。午前中はどうしようかなあ? 昨日、灯市口の中国書店は行ったので、義姉さんと連絡してみよう。来年のカレンダーを買ったので、ケロリとした顔で1つ陳さんに届けに行く? さすがに家政婦も病院では、大声で喚かないだろう。

9月に来た時も、義姉たちへの不満はひとしきり聞いた。陳さんの横でガミガミ大声でわめいているので、「もうやめてあげて!」とその時も私は泣きそうになった。陳さんは「無」になって、右から左へ聞き流していた。

陳さんのことを「大学生」と呼ぶことがあって、「中卒が大学生に意見してるのよ!」と2回聞いた。自分が学歴ないから「みんな言うこと聞かない!」って思っているのかな? 

だとすると、私はこれがいちばん苦手。きつい性格や大声には、応戦できる。でも学歴コンプレックスには、応戦できない。「コンプレックスがあるの?」と聞くわけにも行かないし、「自分で解決してくれ」と思う。

「娘が弁護士で高収入だから云々」からも、ここが怒りスイッチの可能性はある。陳さん始め、誰もそこはポイントじゃないんだけど。私も両親は「尋常高等小学校」が最終学歴だし、それを誰も気にしないくらい、陳さんちは「革命家族」だし。

しかし現実として、「共通言語がない」のも、事実。家政婦を代えても、そこは変わらないと思うが。

陳さんが「無」になって聞き流しているのは、家政婦に期待していないからで、家政婦を「家族や友人」と思って、味方しているからではない。そこに薄々気づいて、イライラしているのかも知れないが。

「孤独で気の毒」なのは、この家政婦じゃないかしら?

2024年11月25日月曜日

部屋が乾燥しすぎ。喉がかわく。

昨日はアパートに着いて早々、鍵が開かない。中からもガシャガシャ、タイミングが合わずに、「ちっ」みたいな反応。部屋に入ると、陳さんが「やっと寝たところだから静かにして」と牽制される。 

トイレの写真を撮っていたら「使えないわよ」「分かってる」「小もよ」「分かってるって!」 いきなり戦闘モード。

私が来ると「焦燥感が激しい」と言うが、「焦らせておけばいいんじゃないですか~。だから来ない、ってわけには行かないんだし」と言ったら、唖然としてた。陳さんファーストなのはありがたいけど、陳さんは「春月ファーストなんですよ~」 まだ分からないの? にぶいわね。

鬱で「焦燥感が激しい」から「来ないほうがいい」と言っているのは家政婦やその話を真に受けた義姉(中医じゃないほう)で、陳さんは「来るなとは一度も言ったことないでしょ?」 

私が来ると、治療しないで私を待ってる節はあって、それは私も困るから今回もホテルを予約したが、すると言っていたシャント造設手術はしないし、膝関節の按摩を休むくらいだし、家政婦が騒ぐほど邪魔になっているわけでもない。私のせいにしないで欲しい。

夜中に全然眠れなかったとか、私だってそうだし、私は眠れる時に寝ればいいと思っているから、睡眠障害はあるけど「不眠症」ではない。「年寄りなんて、そういうもんですよ」 そのうちイヤでも眠りっぱなしになるんだし。

でも家政婦も頑固で、陳さんの世話を理由に、元書斎を使いたいようなので、私は寝室を自分の部屋にすることになった。だったら「机をどうにかしてよね。今だって毎日5時間くらいは勉強してるんだから」と、陳さんに言っておいた。

「しすぎじゃない? 学校の要求?」「いや、人類の要求。人類が私の才能を必要としてるんで」 ははは!

家政婦さん姉妹や義姉(中医じゃないほう)やうちの母親のようなタイプを、傷つけたいわけじゃない。でも彼女たちの「女性の生き方」を私に求められても困るし、陳さんが「かわいそう」とか、「はあ?」 からめてから攻撃してんの? なんで? 受けて立とうか? やっちゃうよ?

やっちまった! 陳さんに「あなた、かわいそうなの?」「別に」「だよね!」 

2024年11月24日日曜日

夜間の中途覚醒。たぶん食べ過ぎ。甘栗買ったし。

中国はトイレットペーパーを流さずに、横のゴミ箱にためて捨てる。私が紙と思っていたのは、「布よ! 何回流したの!?」と叱られたが、そんなところに布が置いてあるなんて思わないし、「じゃあ紙はどこ?」「いつも流してたの?」「じゃあゴミ箱はどこ?」

陳さんが流しても大丈夫と言うから、流していた。そういえばペーパーも白いのではなく、茶色い固そうなのが置いてあった。でもゴミ箱はないし、どう処分しているのだろう? 寝室のバスタブには白いペーパー山積みで、そっちのトイレでは白いペーパーを使っている。陳さんはやはり、流していいと言う。


右に写っている白いのが、布。いつもこの場所にトイレットペーパーを置いていたし、ミシン目もあって、ちょっと変わった紙だと思っていた。

家政婦の罠かな? でも詰まって他の階にも影響あったら大事だな、と思い当たって「焦燥感が激しい」、もう日本に帰りたい。

机も、なんだかんだケチつけて、陳さんの「焦燥感が激しくなるから後にして」だし、私が来たので休みを取って姉の所に行こうとしたら、陳さんが「止めるのよ。また今度ね」だって。

あなたが煽っているんじゃないの?と思うが、陳さんが板挟みで困ると思うから、こっちが我慢して譲る。折を見て「家政婦を変えよう」と義姉たちとは話した。あの家政婦に仕切られながらじゃ、私は長く居られない。

陳さんの面倒はよく見てくれているし、献血が必要な時はあちこち声をかけて人を集め、弁護士の娘も病院の手配を手伝ったり、してくれたらしい。なので今すぐではなく、折を見て。

私も決して気が弱いほうじゃないので、衝突したら家政婦が「じゃあ辞めるわ!」ってなると思うが、「そうなったら次はちゃんと紹介所で研修を受けた、男性がいいわね」と義姉たちは言っていた。


私が持ってきた鍋は、ベランダに放置。


以前、日本から持ってきた炊飯器は、寝室の棚に。

2024年11月23日土曜日

ホテルはビジネス用? ソファーや机がベッドと別になってる部屋をくれた。バスルームも広め。ここは朝食も美味しい。

昨日は家政婦さん(妹)が気を遣って散歩に行ったので、陳さんといろいろ話した。

部屋には電子レンジとルンバが増えていた。トイレの手すりはなくなっていた。手すりのために便器を交換したはずだけど。冷蔵庫の中は多少すきまが出来ていたが、バスタブはこんな状態。


私が来るので、陳さんは昨日からそわそわ、「焦燥感が激しい」、夜もよく眠れない。透析は1回3時間半になった。膝が曲がってよく歩けない。まだまだ介助が必要。

料理がんばって、用意してくれていた。いつもは、おかず2品だって。油は少なめだけど、肉ばっか、野菜少ない。塩分多い。でも陳さんは退院直後ほど食べなくなって、「塩分を気にするより、いろいろ食べさせたほうがいい」と言う。


私が鍋を持ってきたので、「口に合わなかったら、自分で作って~。そうだ、4月からずっといるから、休みをもらって姉さんの所に行こうかしら? 透析は、タクシーを手配してあげるから」と言う。

陳さんの話によると、(姉)は9月に私が帰国したあと乳ガン再発が見つかって、いま治療中。娘が1人、無職。旦那は電気工、経済的に苦しい。(妹)は離婚して、娘が1人、弁護士。部屋がないので独身、ルンバはこの娘がくれた。

「騙されて乗っ取りされてるんじゃない?って、みんな心配しているよ?」 大型家電や洗面所の設備を買い換えたのは、陳さんの入院中。退院後の生活を考えて。

陳さんを親身に世話してくれているのは感謝しているし、必要なものならお金使っても構わないが、部屋が乱雑すぎる。義姉たちと対立していることと、私をお客さん扱いして私の居場所がないことも、ダメ。本人に意図はなくても、自分の自由に差配したい、できないなら辞めるわ、ってタイプ。

これらを踏まえて、まず残り何十年もないので、なるべく一緒に暮らす。でも仕事を定年前に辞めて、私が中国で「主婦」や「嫁」をやるのは無理。そもそもそういう夫婦じゃないし。なので、「奥さんがいるなら家政婦は要らないわね」じゃないんだよ、ということを理解してもらわないといけない。

家政婦さんにやってもらっているのは、陳さんが自力で出来なくなったことで、「奥さんがやるべき仕事」じゃない、ってこと。「家政婦がいるから奥さんは来なくていい」「奥さん来るなら家政婦辞める」、どっちも違うよ。

2024年11月22日金曜日

いよいよぢゃ。衝突しないように、と言いつつスーツケースに鍋を入れてしまった。ポン酢やレモン汁(卓上サイズ)も。はっはっは! 

きのう買った御用達チーズケーキも。季節限定ラムレーズン味、これは手に提げて機内持ち込みで。

やばっ。朝の星占いで「挑発されても大人の対応で」だって。はいはい。

2024年11月21日木曜日

温泉ぽかぽか。おしゃべり楽しい。まだみんな寝てる。




2024年11月20日水曜日

さぶっ。関西から来る友人と合流して、もっと寒いところへ1泊で遊びに行く。紅葉を見て、温泉に浸かって、ご飯食べて、おしゃべり。楽しみだ~♪

弟がどっさり送ってきたキウイ、カチカチだったのでカゴに入れてビニールに入れておいたら、油断している間に追熟が進んで、どっさり食べごろになっていた! あわててお向かいさんにお裾分け。「もっとあるんですけど・・」で家に来てもらって、「このあと旅行三昧なんです~」で全部ひきとってもらった。「ジャムにするから大丈夫よ!」と力強いお言葉♪ ありがたい!

「12月にまた送るって言ってました~。帰国したらカゴ取りに来ますんで~」と甘えっぱなし。カゴごと運ぶのに、ちょっと前かがみになったが、腰は大丈夫だった。ありがたい!

まだ違和感はあるが、仙骨の辺りを下から上へさすりつつ、座って朝勉も再開。立ち上がる時も、苦労せずに立てる。ありがたい!

一時は「腰砕けって、このことかしら?」とか、「漢代の腰を斬る刑って残酷よね」とか、思っていた。秦代はよく「車裂き」の刑をやっている。あれも残酷だ。



2024年11月19日火曜日

鹿リベンジの日。お腹こわしてドタキャンしてから、次の予約がだいぶ先だった。鹿さんちは千客万来?

昨日は湿布薬なしで、過ごせた。「仙骨はがし」が効いている? お風呂あがりには、ジェルタイプの塗り薬。ビタミン剤はまだ飲んでいる。少しストレッチも始めた。このまま順調に回復してほしい。

腎機能と自律神経に関する雑誌を、買ってきた。ざっくり勉強、北京へ持って行く。少しセルフケアをしてもらわないと。中国語でもあるはず。王府井の書店へ行って、買ってくる?

家政婦さん(妹)は、そういうのに拒否反応を示すかも知れない。中医の義姉と対立するくらいなので。この義姉は日本留学したこともある、病院でも主任やってた教授クラスの専門家なんだけど。世の中には「教授? けっ!」みたいな人も、案外多いのである~。こわい、こわい。

2024年11月18日月曜日

師走並みの寒さになるらしい。まだ室温22℃で、快適マークが出ているけど。

強烈なトピ主さん。他山の石としよう。

学園祭でしばらく授業がないが、ぎっくり腰になったので長野行きは見送り。週の真ん中はミシガン時代の友人と1泊で遊び、週の後半から来週にかけて北京へ。どっちもどんどん荷物が増える。いつまでも旅慣れしない。

義姉(中医じゃないほう)に会うのが鬱陶しくなってきた私であるが、「アパートに来てもらえばいい」と言う。それならいい🦆? 家政婦さん仕様になっているさまを、とくと見よ! それでも義姉(中医じゃないほう)は、「仕方ないじゃない?」とか言いそうだけど。

退院直後は私も「仕方ない」と黙っていたが、あれでは私の居場所がないので、今回いろいろ持ち込んで、少し私寄りにカスタマイズするのぢゃ。

2024年11月17日日曜日

明日から師走並みの寒さになるらしい。北京はもっと寒い?

ぎっくり腰はかなり良くなってきた。

【ぎっくり腰改善】瞬間3秒!秘伝の仙骨はがし

座っていて出来るので、よき。絆創膏の先生だけど、絆創膏ははがす時にちょっと痛い。あれももしかして効果あったのか? バンテリンもたぶん効果あった。ビタミン剤はまだ飲んでいる。鎮痛剤は最初の数日だけ飲んでいた。

じゃがいもの...実?!|じゃがいもDiary|カルビー

2024年11月16日土曜日

やっぱり絆創膏より湿布薬が効くみたい。バンテリンは貼りやすい。ちょっとしたことで、違うのよね~。

「中国にもある」だろうけど、あれもこれもやっぱり持って行こう。で、荷物が重くなる。ちっ。

2024年11月15日金曜日

雨。暖かい。室温は19℃で、快適マーク無しだけど。

林田慎之助せんせの訳註『陶淵明全詩文集』(ちくま学芸文庫、2022年)も、少しずつ読んでいる。

林田愼之助 - Wikipedia

先生は1932年生まれ。90歳を超えていらっしゃるのだ! すげー。私なんざ、まだまだ駆け出し、な世界。

仙骨の辺りに絆創膏を貼るといい、という動画を見て、貼ってみた~♪ 調子いい🦆? 

2024年11月14日木曜日

晴れ~♪ 来週は寒くなりそうだけど。北京はさらに10℃くらいは寒いみたい。やれやれぢゃ。

関正生せんせの『大学入試 英語長文 必修英文100』も、面白そうなので少しずつやっている。例文の音声付きなのが、いい。論理的な文章の読み方ね。私も中級クラスでは、こんな話をしている。

こういうのをマスターしたら、書く時にも役立つと思う。

英語の授業では「アカデミック・スキル」をやっていて、「初修言語で同じ給料なんて羨ましい」と言ったネイティブ先生がいたが(なぜ突然そんなことを廊下でばったり会って言い出したのか忘れた)、チャイ語もどうして、たった2年で新聞やら論文やら読んで、専門の勉強に役立てるように、仕上げようとしている。発音から始めて、ですよ? はたで思うほど、ラクはしていない。

タクシーの運転手さんとペラペラおしゃべりするとか、中国語の漫才で笑うとか、それはもっと時間かけないと、無理っぽ。

2024年11月13日水曜日

暑い。お布団干したから? 夜間の中途覚醒ちう。あとで寝直します。

義姉(中医じゃないほう)がいつも北京へ行くと食事会を開いてくれるが、今回は行けたとして、会うのが億劫。お土産は用意したけど。

陳さん抜きで会うと、とくに話題もないし、と思った。家政婦さんとは、もっと共通の話題がない。「共通の言語がない」という言い方を、中国ではする。ひどい言い方よね。でも実際、そう。なにかと「通じない」のだ。困ったもんだ。

共同语言 gòngtóng yǔyán
共通の言葉.▶共通の考えや認識・趣味などをさす.

他俩缺乏共同语言,难以长期在一起生活。
彼ら二人には共通の言葉が欠けているので、長くいっしょに暮らすのは難しい。

そして私は、「なんで私が合わせなきゃいけないの?」と思っている。あいやー♪

9月にアパートに行った時、「バスタオルはこれを使ってね。シャンプーとリンス、ボディソープはこれ」と教えて?くれて(私は持参したのを使ったけど)、「zaojin はどうするの?」と聞かれた。「zaojin?」

「澡巾かな?」と思ったが、どれを指すのか、実態が分からなかった。陳さんが説明してくれて、実物も見たら、手袋みたいな形の「垢すり」だった。姉妹それぞれが自分のを1枚ずつ持っていて、私の分は「どうするの?」ということだったが、私はやはり持参したボディタオルを使った。

「澡巾」は手元の辞書には載っていなくて、ネットで検索したら最初に熱帯雨林のページが出てきて、いろんな「澡巾(搓澡巾)」が販売されていた。熱帯雨林、おそるべし! 検索エンジンがすごいのか? そうだな、きっと。

言葉は、ふわふわと抽象的にそこら辺を漂っているわけではないのだな~。

2024年11月12日火曜日

暖かい。

髪をカットした。ギックリ腰の話をしたら、そういうお客さんも多いそうで、背中にクッションを当てて、やってくれた。飛行機もこの技を使おう! ・・行けるのかな?

関正生『世界一わかりやすい 中学英語の授業』は読み終わった。「あとがき」に、「この本のように「英語の土台」に直接メスを入れる発想は、今の日本の英語教育では残念ながら超少数派です」とある。2020年2月発行で、私が買ったのは2024年6月の第12版、だいぶ売れているようだけど。

でも中学生が読んでも、「英語って面白い!」とはならない🦆? 

「英語の土台」が分かったとして、反復練習、トレーニングしないと「身に着かない」だろうし、小学生や中学生には、それぞれの発達段階に合った教育法があるでせう。

2024年11月11日月曜日

腰は痛いが、回復傾向にはある。がんばれ~♪

冷えだよね~。また暖かい一週間になるらしいが。

1日の健診で、空腹の上に薄着で外を数メートル歩いてレントゲン、また呼び出し確定かと3日に体操、なんてやって、ギックリ来た! もう健康になるために病気する年頃ぢゃ。

以前、空港で買って北京で読んで感心した関正生『世界一わかりやすい 英文法の授業』、同じ著者の『世界一わかりやすい 中学英語の授業』が出ていたので買って、またまた感心しながら読んでいる。英語教育は、ここまで研究が進んでいるのだな~。「英語を使っている人たちには、世界がこう見えてますよ」

これを読んでいると、現代中国語はだいぶ英語(ほかフランス語やロシア語も?)の影響を受けているのではないか、と思う。清末あたりから翻訳をしたり、留学したり、そのうち口語主体の中国語で論評や文学作品を発表したり、していた人たちが作り上げた用法や文体。助動詞やアスペクトは、とくにそう思う。

補語は、唐代あたりから見かけるけど。「動詞+どのくらい」とか、存現文とか兼語文とか、先秦からあった言い方もある。

私は、中国語の「音が美しい」と思ってハマったので、若い頃は音韻に興味があったが、教えるようになってここ数年、文法もかなり面白い。

2024年11月10日日曜日

座っていると腰が痛い。北京行きの飛行機4時間は、キツそう。

と念のため確認したところ、飛行機+ホテルのセット割引で予約したら、片方だけのキャンセルは出来ない、って。陳さんが透析のためのシャント造設手術をするのしないので、入院してもいいようにホテルも予約しておいたのだった。ホテルに泊まって、アパートに通う?

要らない本を処分して、バスタブに突っ込んである食材を棚に置いて、冷蔵庫などのレイアウトも変更して、なんて考えてビニール紐もスーツケースに入れてあるが、腰が痛くて出来ないかも知れないし、書店やら斉白石故居やらも行きたいし?

それも、いいかも知れない。となると、荷物がだいぶ変わる。もうほぼ詰め終わっていたが、やり直し。

腰の状態によっては、キャンセルしよ。家政婦さん(妹)や義姉さん(中医じゃないほう)の、思うツボかも知れないけど。

2024年11月9日土曜日

2024年11月8日金曜日

晴れ~♪

ぎっくり腰は回復傾向にある。油断大敵だけど。

長野ももう雪が降りそうなので、「林檎とキウイ、ぜんぶ採って送るね~♪」と電話がきた。やっと葡萄が終わった矢先に、これだ。野菜と思って、料理に使おう!

林檎は暑さのせいで、見てくれが悪いので、ご近所に配るのも気が引ける。キウイはどうかな? 輸入物に比べると、いつも味が薄いようだけど。

2024年11月7日木曜日

腰はまだ痛いが、昨晩はバファリン無しで、朝までよく眠れた。ビタミン剤を投入することにした。ビタミンEがイーらしい。カボチャ食べよう。

私は神保町の内山書店で、こんなの買いました。


孫学峰編・孟繁禧書『一日一字 欧陽詢楷書』
春季・夏季・秋季・冬季 各1篇
人民美術出版社

[字解]は『説文解字』から。[字形]は篆書・隷書・草書・行書・楷書、それぞれどこから拾った字か書いてある。例えば篆書は「清・趙之謙『許氏説文叙』」から。[書写]は書き方のコツ。[創作]は孟繁禧氏のもので、出典が書いてある。「春和景明」は范仲淹「岳陽楼記」から。

DTPソフトで編集できるようになって、こういうビジュアルたっぷりの本が増えた。ありがたい。


田玉彬『清明上河図 宋朝的一天』
河南美術出版社

これも画像たっぷり。楷書の本もだけど、糸でかがって綴じてあるので、開きやすい。


画像を加工して、説明したいところだけ抜き出して、他をぼやかしたり、している。矢印も入れたり、やりたい放題である~。

2024年11月6日水曜日

腰はまだ痛い。湯たんぽで温めたり、夜はバファリンを飲んで寝たり。立っていれば大丈夫だし、夜間中途覚醒もなく眠れるが、座るとピキピキ痛みが走る。

北京行きまで2週間、なんとか治ってほしいと思っていたが、義姉(中医じゃないほう)から電話がきて、「やめたほうがいい」と言う。陳さんがストレスで鬱が再発したとか、意識がはっきりせず会話が成り立たないとか。

「家政婦さんのいる生活」に対する不満をぶちまけたった。「義姉さんたちのことも影で悪口言ってますよ」とチクってやった。

陳さんにすぐ電話して確認したら、ふつうに会話できるし、「元の計画通りに来ればいい」と言う。ほらね。「ストレスで鬱なのは家政婦さん(妹)じゃないですか~?」 自分の好き勝手に出来ないもんね。

会話はいつも成立してないじゃないですか、あなたたち、とも思った。てんでに言いたいことを大声で何度も繰り返すだけで、会話のキャッチボールになってないことが多い。陳さんが滔々と講釈することを、義姉さんが相槌うちながら聴いていることも多い。

昨日は「もうすぐ100歳になる叔父さんが亡くなって、うんぬんかんぬん」と透析の見舞いがてら話したのに、陳さんの反応が「薄かった」らしい。「だからかな?」と陳さん本人が分析していた。

家政婦さん姉妹(とくに妹)と対立しているのは中医の義姉で、もう1人の義姉は「マシだけど」と言われている。言いなりだからでしょ? 優しい人なんだけど、流されやすいのかな? 「なんで家政婦に人生を左右されなきゃいけないんですかね?」なんて、言ってしまった。お~、気の強い嫁ぢゃ。

しかし身体は虚弱なので、ぎっくり腰が治らないと、飛行機で弾丸ツアーは、さすがにキツイぞ。

2024年11月5日火曜日

腰がつらい。完全にぎっくり腰。でも普通に生活してたほうが、安静にしているより早く治るらしい。ホントに?

ライスペーパーも流行っているらしい。

水戻し不要で簡単! ライスペーパーおつまみのすすめ | イエノミスタイル 家飲みを楽しむ人の情報サイト

これの2個めをやってみたい。北京で朝食によく道ばたで買って、食べている人がいる。屋台みたいなので売っている。薄いクレープに、卵とネギと味噌だれ。とりあえずお腹は満たされる、という。

「蒸すだけ」料理に使おうと、いぶりがっこソーセージ(近所のスーパーで秋田フェアをやっていた)、冷凍のむきえび(はらわた処理済み)、蓮根とゴボウの冷凍餃子(季節限定)などを、買ってきた。へへっ♪

2024年11月4日月曜日

腰が痛い。軽くギックリ腰。座っている時間が長すぎ。

なのに、蒸してみようと根菜をあれこれ買ってきた。重かった。買ってみたが、蓮根はきんぴらにするかも知れない。アホすぎる。

長芋も買ってしまった。すり下ろすかも知れない。うまシカ?

カボチャは、蒸しましょうねえ。レンジのほうが簡単だけど。サツマイモも、レンジの弱でじっくり温めるほうが、甘くなる。ジャガイモや里芋は、小さな炊飯器を使うと、お風呂に入っている間に炊きあがって、ちょうどよい。

では蒸し器は何に使うかというと、やっぱり魚だ。魚や鶏肉は、レンジでチン♪すると、中から身がはじけることがあるので、蒸し器のほうがいい。肉まんなども、蒸したほうが縮まる心配がなくて、よい。

料理本を見ていたら、皿に蓮根の薄切りを並べて、その上に白身魚をのせたり、肉団子のすきまにカブを詰めたり、していた。そういう具合にあわせると、見栄えもいい。

私は茄子1袋とかカボチャ半分とか、買ったものを1回で使い切ろうとするクセがある。人参やタマネギを半分だけ使うとか、しない。だから料理下手なんだな。

2024年11月3日日曜日

晴れ。北風。・・もう冬かな?

蒸し料理の本が届いた。・・地味。ザ・和食! 

私は作ってみたいけど、陳さんはきっと物足りない。調味料も現地のものを使ったほうが、いいんだろうな~。陳醋(黒酢)とか豆鼓とか花椒とか。

豆鼓と生姜とネギをのせて紹興酒をふりかけて、白身魚やカキを蒸すと、すごくおいしいと思う。・・作らんかい!

2024年11月2日土曜日

雨。寒い。

調理器具を持って行くのは嫌味だからやめて、蒸し料理の本をポチ♪ 見ているだけで、楽しい。・・作らんのかい!

2024年11月1日金曜日

健康診断。なのに夜間の中途覚醒。昨晩は8時に寝てしまったからニャ。トイレに行ってしまった。朝のじゃないと検査結果に影響する気がして。眠ってないとダメかしら? あとで二度寝しよ♪

ホットサンドメーカー(ガス用)を、持って行こうかな~? 私は電気のを使っているし。

起きた! 無事に採取した! 

ホットサンドメーカーは、前に買って使っていた、2枚タイプね。陳さんもホットサンドはけっこう気に入っていた。

フライパンは22㎝を愛用してますが、きのう22㎝とそれに合うフタを買ってしまい、いま使っているのを北京へ持って行こうかな~。新品を持って行くより、こっちのほうが嫌味かしら?

蒸し器は、大きなのを家政婦さん(姉)が買って、使っていた。台所のこまごましたグッズも、私が買ったものはどっかに片づけたり捨てられたりして、家政婦さんが使いやすいものに交換されていた。おまけに食材がびっしりで、なかなか手を出しづらい。

前回は短期だし、食器を洗うスポンジを私がいつも使っているタイプも買い足すとか、ささやかな抵抗。洗面所のタオルは、目の前で私が買い足したタオルは端っこにどけられ、古いタオルをかけ直されたけど。

こういうことを、家政婦さん(妹)は陳さんの目が届かないところで、するのでね。石鹸も「使わないから持って帰って!」だったし。その一方でパジャマを夏用・冬用買って、私にも着せようとする、とか。「うちにはうちのやり方があるのよ!」みたいな~。・・姑かな?