2025年11月30日日曜日

この人は初めから何も分かってなかったんだな、と思った。

シニアライフ【叔父の相続人問題】誰もやりたくない亡き叔父の家の片付けと相続/シニアライフ60代/節約主婦/アメリカ生活 #60代 #相続問題

他の親族が動こうとしない、というのもあるようだけど、だからといってアメリカ在住のこの人が「私が全部やります!」と言っても無理がある。実際、たいしたことは出来ていない。

シニアライフ【82歳叔父の今後について】親戚との話し合い/私と叔父の関係/介護認定の結果/ウベもちパンケーキの朝食/シニアライフ60代/節約主婦/アメリカ生活

叔父さんとの親密な関係はよく分かったけど、アメリカにいて出来ることは限られる。叔父さんのほうは「秋田(故郷)の甥に全部やる、墓も秋田に」とも言っていて、亡くなった時の火葬⇒葬儀も秋田の従兄がやったようだし、結局、「男が家を継ぐ」文化の地域でもあり世代(従兄たち含めて)でもある。

私も中国のほうは、結局こういうことよねえ、と思ふ。日本に定住するというから結婚したし、一般的な夫婦とは男女の役割が逆転していたので、「なんで今更?」が悔しいけど、多勢に無勢。陳さんもあっちサイドに呑み込まれて、私は「嫁失格」状態。陳さんだけなら「妻」だけど、義姉たちにとっては「嫁」で、表面的なつきあいでは見えなかった姿が、いろいろ見えてくる。

きょうさん糖のじんみん開放群も「嫁」までは解放してくれなかった、ってことかな?

2025年11月29日土曜日

健康診断の結果が出た。GGTPがまた基準値を1ポイントだけはみ出して、B判定。ほかは(視力を除いて)A判定で、呼び出し無し! めでたい♪

でも体重が増加気味なので、喘息の咳がおさまったら、少し体操しないと。いまはまだ無理っぽ。ちょっと動くと、コンコン咳が出る。

昨日の相続動画の人は、亡くなった叔父さんといちばん親しかったのは自分、叔父さんは口約束で「お前に全財産3000万円をやる」と言った、いとこたちも「あなたが全部もらえば?」と言っていたのに、いざ手続きとなったらみんな目の色が変わって、「私はお任せするわ」「放棄するわ」と何度も言いつつ、意地になって「全部もらってやる!」になった。

こうして揉めるのね~。ま、書いてもいない本の「著作権者だ!」と印税の話になった途端に騒ぎ出した人たちを経験しているので、金額の大小に関わらず、「1円でも損してたまるか!」な人たちは、いるのでせう。

代襲相続なんて、ホント、「損なんてしますか?」な話で、「1円でも多く欲しい!」なわけで、やっぱり「がめつい」とか「あさましい」とか、思ってしまふ。動画なんてアップするべきじゃないですね、私のように面白がって見ている人もいるわけで。

空き家問題は、引き受けた人が「損した!」になる可能性がある。これがネックなの🦆? 「家を継ぐ」時代じゃないけど、建物としての家を引き継いだら、メンテナンスや税金も一緒についてくるわけで、そこも含めての「相続」なんだよね。そういう責任を引き受けるのがイヤなら、現金も諦めたほうが、スッキリすると思ふ。

おっと、新作がアップされていた。なんか悲しいね。

【泥沼遺産相続】③日本一時帰国の結末!/騙し合う相続人たち/私の秘策とは?/シニアライフ60代/節約主婦/アメリカ生活 #相続人#遺産相続 #日本一時帰国

うちは東京にいる従妹が電話くれて、話しているうちに涙声になり「やだ~、泣いてくれてるの? 笑える~、更年期じゃない? 今度会って何か美味しいものでも食べよう!」とか、お向かいさんたちが石鹸で作った花束をくれたのでお返しにクリスマス仕様のクッキーを渡したり、母親のことをきっかけに、私も慰められる言葉をたくさんもらえて、ありがたかった。

2025年11月28日金曜日

相続って揉めるのね~。

【泥沼遺産相続】②日本一時帰国の理由/叔父の遺品整理/相続放棄/心労で連日眠れないです/シニアライフ60代/節約主婦/アメリカ生活 #遺産相続 #相続放棄 #遺品整理

私も代襲相続をしたことがある。父方の伯母さんの時に、とりまとめ役をやってくれた親戚がいて、私たちは「放棄でいいですが?」と言ったけど、「いやいや受け取って、何か美味しいものでも食べてください」と言われて、実印をポンポン押した。いわゆる「ハンコ代」だったかも知れないが、それでいい。

この人はいまアメリカ在住(8年前まで日本で暮らしていた)で、残された家が欲しい(夫と娘は反対している)。なのでヤキモキしている。家を整理・処分して現金化し、法律に従って法定相続人が分けるしかないと思うけど。「思い入れがある家だから、リフォームしてから売りたい」などと言っていて、え、結局、売るのに? いざとなったら欲が出るのかな~?

【100均DIY】ひまわりのボタニカルキャンドル作り方(詳しい解説付き) / Making sunflower botanical candles

私もやってみたい!(☚すぐ真似したがる)

2025年11月27日木曜日

路遥『平凡的世界』の朗読があった。15分のラジオ番組?

《平凡的世界》 全集 01 有声书 有声小说 听书 多人有声剧 文学名著

《平凡的世界》 全集 02 有声书 有声小说 听书 多人有声剧 - YouTube

《平凡的世界》 全集 03 有声书 有声小说 听书 多人有声剧

《平凡的世界》 全集 04 有声书 有声小说 听书 多人有声剧

《平凡的世界》 全集 05 有声书 有声小说 听书 多人有声剧

《平凡的世界》 全集 06 有声书 有声小说 听书 多人有声剧

長っ! 黙読したらもっと速く読み終わりそうだけど。

私が小説を読まなくなったのは、斜め読みするようになったから🦆? ささっと斜め読みして、必要な箇所だけじっくり読む。資料の読み方であって、小説をこう読んだら、全然おもしろくないのである~。

もう定年後モードで、時間はたっぷりあるのだから、少しずつ朗読を聴くのも、いいかもね♪ 本は「普及本」をポチ♪


2025年11月26日水曜日

路遥『平凡的世界』の主人公は、1975年当時、高校1年生。ということは、陳さんとほぼ同じ年齢なのだった。私が留学した1988年だって、都市部であっても十分に不便で、不衛生だったけど。直近の今年3月も、ぱっと見は小奇麗でも、よく見たら、ねえ~。

水資源が不足がちだし、最近は空気も悪い。スマホの普及で便利になった面はあるけど、衛生面・環境面はあいかわらず、むしろ悪化した部分もある。なかなか難しいですね。「教化」ではなく「教育」が必要かもね。

出発点の違いかな、「教化」と「教育」って。もとは何だと思ってんのかな、前者は? 種を植えたら、ちゃんと条件がそろえば、芽が出て、花が咲いて、やがて実をつけるけど。なーんて農耕民族の発想かしら? 

積極的に山に入り、海に進出しなくちゃ! って狩猟民族だったの🦆?

2025年11月25日火曜日

雨。

路遥『平凡的世界』はドラマ化されていた。ドラマのほうを見るかも知れない。最近(30年くらい)、小説はあまり読めなくなった。アタマが硬直化して、感情移入しづらくなった?

以前、台東区立書道博物館で買った二玄社「書道史年表」を眺めていたら、平安時代って長かったのね~。白居易の中唐から白石君の南宋中期まで、日本は平安時代だった。てか、ずっと都を置いた場所で「鎌倉」だの「江戸」だの呼んでいたのだから、現代も「東京時代」と呼べばいいのでは? すでに157年続いている。

この「書道史年表」は、前漢末から100年刻み(それ以前は文物が少ないのでスケールが違う)で、見やすい。2000年で終わっていて、中国は中華民国、日本は昭和。あらまー。文字も「舊字體」だわね。はいはい。

2025年11月24日月曜日

チーズケーキは日持ちしない。

せっせと食べよう!

フラグ立てたった。回収するのは誰だ?

2025年11月23日日曜日

働けることに感謝する日。

11月は祝日が2日あるのか~。つまり三連休も2回あるのだ~。

私も食べたい! ⇒髪をカットして、美容院で見ていた雑誌のラーメン特集に触発されて、豚ブロック肉を買った。電気圧力鍋で柔らかく煮るのだ!

2025年11月22日土曜日

去年のリベンジ、季節限定のラムレーズン味。 


中身は「庫や」さんホームページから。


濃厚でおいしい。去年はわざわざ北京へ持っていって、食べることなく帰国。カロリーは高そうだが、もう健康診断おわったし~。これで少し身長が伸びたら嬉しいが・・。(伸びるわけないっ!)

2025年11月21日金曜日

昨日、東京へ戻りました。さすがに疲れた。でも今日は職場に行って報告、学園祭中だけど事務はやっているだろう(たぶん)。長野で採点した答案を運び、たまっている小テストの集計でもして、帰宅するつもり。喪中葉書を出したり、まだこっちでやることが残っている。

でも日本なので、なんだかんだスムーズに片付いている。父親の時は、まだ現役で仕事をしていたし、自宅から送り出したいという母親の希望で町内会からも人がわらわら来て、狭い路地に花輪が何本も立ち、けっこうな騒ぎだった。母親は長野でできた友人も年老いて入退院したりで、「町内放送しますか?」と言われたけど断わった。たまに「🐻出没注意」を流している、あれで流すらしい。

父親の時は親戚も元気だったので、「うちのほうのやり方はこうだ」とてんでに口も出すから、面倒だった。今回、長野の北部(北信)は葬儀のやり方がだいぶ違っていて、火葬してから告別式(と前倒しの初七日法要)、そして大宴会(昨今の状況に鑑みてお弁当にした)。葬儀社の慣れた方式でやってもらったが、「それでいいよ」で、助かった。

長野の叔父さんの時は、まず男衆は座ったまま、女衆がお給仕の大宴会。続いて女衆をねぎらう大宴会。うちが住んでいる辺りはとくに「派手」で有名な地区で、私は従弟の奥さんと一緒に台所立ちっぱなしで茶碗を洗い続け、女衆の宴会には参加せずに帰った。ころなで良いことがあったとしたら、こういう宴会の自粛ムードが広まったことですね。

ぶっちゃけ「田舎って・・」なので、国内向けパフォーマンスにしろ、ああいう姿を見てイキって絡んでくる人もいるので、そういう国にのこのこ出かけて暮らすのもな~。漢代は儒教で粉飾して「天命を承け継いだ」アピールしたわけだけど、礼節を捨てちゃったし~。やっぱり『史記』って何かと面白い。

2025年11月20日木曜日

猫にまたケーブルを齧られたのか、ネットが繋がらない。⇒繋がった。モデムのスイッチを切られていたらしい。たぶん熊太郎のしわざ。⇒いまチョコ太郎と一緒に、私のコタツの中で寝そべっている。・・可愛い♪

あの両手をポケットにつっこんで出てきた人、映画やドラマでは地方の幹部によく見る姿。宴会では決まって「魚香肉糸(肉とピーマン・タケノコ等の細切り炒め)」を注文する、という。私は「魚香肉糸」が好きなので、よくからかわれていた。

画像、お借りしました。赤いのはケチャップで、甘辛味です。黒いのはキクラゲかな?

2025年11月19日水曜日

雪が積もってる~。けっこう降ったな。

昨日は新潟も「雪が降っているから明日にするわ~」からの~、「やんだからやっぱり行くわ~」で、従兄が母親の分も「おばちゃんが好きだったから」とお寿司を持って、やって来た。相続に必要な書類がそろっていたので、「ちょうどよかった」と持って行った。ありがたいことだ。

この従兄はフットワークが軽く、私世代の世話役みたいになっている。当然のように喪主や相続は「長男でしょ?」だったが、「土地は私。上物が私だから」で、あっさり「分かった」となる辺りが、都会的でもあり、助かる。

これが中国だと、義姉たちがヤイノヤイノで揉めそう。友人や家政婦まで口出しするわけで。病院で私が「どうやってホテルまで行くか」で、あれだけ揉めた人たち(陳さんも含めて)だもんな~。アタマ痛い。もう少し先の話だけど(たぶん)。

ハルピンの義姉1は、私が前任校の在外研究でミシガンにいた時に、2週間ほど遊びに来た。その時もワガママで私は爆発寸前だったが、今年3月に久しぶりに会った時も、私が「親族訪問ビザがあるので」と言っているのに、「やっぱり訪問学者ビザがいいわよね」としつこく言っていた。アメリカでは私が訪問学者用のビザで、義姉1の保証人になったから。

中国では「北京大学の訪問学者だった時も、親族訪問ビザで間に合ったし、訪問学者ビザ(という名称だったか忘れたが)を取るためには訪問学者にならないとダメだし、訪問学者ビザは訪問学者の期間だけ、親族訪問ビザは3年マルチが取れたから、こっちのほうが便利です」と説明しても、「やっぱり訪問学者ビザよねえ」 なーんも分かっていない人だった。

私有財産が認められて相続が発生する、というのもなんだか奇妙な感じ。「国家が没収する」でも、私は全然かまわない。あっちはあっちで揉めてほしい。私はこっちで「粉骨砕身」、勉強しなくちゃ。そのうち「せいぜい苦しむがいい」というつもりで「臥薪嘗胆しろ!」とか言い出すのではないか、というコメントがあって、日本の漢文教育も捨てたもんじゃない、と思った。


たまに脱走する大人ふたり。

2025年11月18日火曜日

午後から雨⇒みぞれ、夜は雪の予報。でも明日の午後からまた晴れて、積もるのはまだ先。しかし最低気温は氷点下の日々に。

昨日役場へ寄ったら、いろいろ書類が準備されていて、「14日以内に」やらなくてはいけない保険や年金関係が一気に片付いた。不動産(土地は母親が買って固定資産税を納めていた)の書類もくれたので、あとは行政書士に任せればいい。

相続に必要な戸籍謄本・住民票・印鑑証明書は、マイナンバーカードを使ってコンビニのコピー機で取れたので、新潟の従兄(今日また寿司を持って来ると電話があった)に渡せば、協議書を作って、知り合いの行政書士に頼んで、私たちは実印をポンポン押せばいいだけ(と思う)。

母親の戸籍が整うのに1~2週間だか1~2カ月だか必要だと役場で言われたが、本籍は東京にあるので、私が折をみて取りに行けばいい。2024年3月1日から「戸籍証明書等の広域交付」が最寄りの市区町村で利用できるようになった。

お寺が35日のお経をあげに家に来るというけど、水曜日で授業があるので、弟に任せる。住職も80歳を越えて、こちらの都合を言っても耳に入らないようなので、仕方ない。私も東京と行ったり来たりで疲労が蓄積し、喘息の咳がひどくなる一方だし、日程を少し前にずらしてもらっても来られるかどうか確約できないので。

あとは東京に戻ったら職場に報告して、あちこちに挨拶(の手配)だな。ご近所さんも心配してたびたび様子を尋ねられたので、報告。

2025年11月17日月曜日

昨日は霜が降り、明日には雪が降るというので、今日はタイヤを冬用に交換し、葡萄の木にワラを巻き、大根を抜いて終わる(弟は)らしい。

私はテストをやって答案を持って新幹線で長野へ来たので、採点でもする? いちお小春月(パソコン)も担いできた。パワポやチャイニーズライターが必要になるかも知れないと思って。

コタツに熊太郎がもぐりこんできた。夜は布団に母猫エゾーが寝ている。

ガン見して、私が布団に足を突っ込むまで動かないのである~。

茶太郎がまた小春月の上で喉ゴロゴロ。弟のパソコンより小春月は小柄なので、壊れたら困る! これからも「粉骨砕身」、勉強しないといけないのに。

2025年11月16日日曜日

おかげ様で無事に葬儀を終え、今日はお寺参り。

偏屈な弟が喪主挨拶で、ホールが事前にくれた例文まんまを読み上げるだけなのに涙で言葉が詰まって読めず、なんだかいい感じにしめやかになった。私がやったら話し慣れているから、ペラペラと立て板に水の如く挨拶して、台無しだったと思ふ。

新潟の従兄(税理士?)があれこれアドバイス、紙に今後必要な手続きやそのための書類を書いて渡してくれて、相続のための司法書士も紹介してくれる、という。弟が「あーあ」と大きなため息ばかりついているので、こういうややこしい事をして、気を紛らわせてほしい。

「お前が『母がいなくなって寂しくなりますが』なんて書くからだろ!」と言っていたけど、それもホールの例文まんまだったのに~。「あんたの愛情表現って、分かりづらいよね。私の時も泣いてよね」と言ったが、首を横に振っていた。

2025年11月15日土曜日

天気晴朗。山の紅葉が青空に映えるだろう。母を見送る。

2025年11月14日金曜日

今朝は茶太郎がベッドにあがって私のニオイをクンクン、腕を踏み踏み、喉ゴロゴロ、うるさい!


なーんて、嬉しい私。偏屈な弟は、親戚に電話する時に「オレ泣いちゃったよ」と言うので、「はあ?」 という反応を示す姉もどうかと思うが、ニャン太郎の時は「心が折れた」と2週間くらいグズグズしてたので(すぐに友人が茶太郎を譲ってくれた)、「おじちゃんの所に行ってあげて」と追い出す。

茶太郎が来る前に、こっそり保護猫のトライアルなどもしていた。引き戸にカギが付けられていたので「これ何?」と聞いても、なかなか言わない。しつこく尋問して、ようやく「猫がmン、、、、、、、、、、、、、、、ッッッッッッッッッッッッッッッっっっっkrtg7、jっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっkm、、、、、、、、、、ゆっh

茶太郎が好きなのは、私らしい。

朝勉したいのに。。

2025年11月13日木曜日

日付かわって今日の深夜1時、愛子さん、旅立ちました。昨日は授業終わってから電車で長野へ。在来線の最終で駅に着いたのが11時前。付き添いしたほうがいいと言われて、そのまま病室で看取りました。いろいろやって家でお風呂入ったら、ふだん起きる時間だ!

2025年11月12日水曜日

喘息の検査に行ったら、また背が縮んでいた。。どこまで縮むのだらう? 不思議の国のアリス?

出講希望のシステムが難しく、疲れた。第一希望が通らなかった場合、まるごと第二希望にして欲しいのだが、「第一希望とかぶってます」などと表示が出て、先に進まない。そのくせ、第二希望と第二希望がかぶっても構わないらしく、かぶったまま「確定」ボタンを押した。たいてい第一希望が通るので。

しかし今年度は黒板の教室が当たり、学期中に喘息になった一因。よく見たら「黒板教室は不可。理由はこれこれ」欄があったので、しっかりチェックした。チョークの粉だらけで、「今どき?」だった。健康によろしくない。

母親の具合が良くないので、授業が終わったらその足で長野へ。金曜はオンデマンド(セミナーは課題を出して自習)にして、そのあとは学園祭でしばらくお休み。あれやこれやで、ぎっくり腰になりそう。頑張れ、私!

2025年11月11日火曜日

東京へ。早めの電車で。

午後に毎年やっている喘息の検査がある。悪くなることはあっても、良くなることはない。気管支が常に炎症気味、たまに発作がある、ふだんは薬でコントロール、という病気なので。大発作は起こしたことがないが、これからさらに年寄りになったら分からんな。肺炎も怖い。クマに襲われるのもイヤだが。どこにいても危険がいっぱい!

パソコンからどいたら、椅子の上に。ストーブの向こうに扇風機、机の上には団扇、短い秋ですニャ。

2025年11月10日月曜日

今朝は熊太郎が、またコタツの中に。

茶太郎はすっかりパソコンがお気に入り。喉ゴロゴロ。どく気が全くない。

2025年11月9日日曜日

朝からご機嫌。喉ゴロゴロ。

コタツの中には、熊太郎。チョコ太郎と母猫は、窓辺に。集結されてしまった。

紫式部は料紙を大量に支給されて『源氏物語』を書いたらしい。お経の裏に流行歌の歌詞を書いて偶然残った敦煌文書の中の詞とは、訳が違う。当時の貴族階級の女性たちの文学環境って、興味深いですね。

平安時代に華やかな料紙が開発されて、かな文学が発達した、という解説もあった。和歌のやりとりをするのに、紙も重要だったでしょう。香を焚きこめて、墨の色も鮮やかに?


可愛いは正義! にゃん。

2025年11月8日土曜日

長野へ。

唇に風邪イボでけた。疲れがたまっているようだけど、会いたがっている人がいるなら、行くのである~。病院はまだ若干ころな仕様で、面会は1回に2人、20分まで。ちょっと声をかけて「また来るね~」だけど。

それに比べて陳さんは・・。家政婦(いまは妹がいる)と揉めるから、私が行くと何かと面倒、だから「ビデオ通話でいいだろ」などと8月、北京行きを中止した時に言っていた。私が行くと「緊張する」らしい。「私が中国へ行くのもけっこう『緊張する』ことなんだけど?」

「あの人、家政婦なんだよね?」「家政婦じゃなかったら何なんだ?」「ガールフレンドってみんな言ってるじゃん」「家政婦だよ! 金で雇って、薬の管理や家事や病院の付き添いをしてもらっているだけで、病気じゃなかったら関わりのない人だよ!」って、「そこまで言う必要ないんじゃない?」だった。あっちは「家族みたいに」だというのに。

「家族みたいに」の気持ちが、初めから邪魔だった。仕事として誠実にやってくれれば十分なのに。でも中国は、まだまだ昔の日本みたいに「施設に預けるなんて可哀想」だし、「家族がいるのに家政婦任せで気の毒」なのだろう。そして「住み込みで家政婦なんてねえ。ほかにいい仕事ないの?」だから、家政婦(姉妹)はやたら「家族みたいに」を強調するのだろう。めんどくせー。

あの家政婦(姉妹)はガサツでだらしないが、24時間体制でべったり張り付いていて、そういう家政婦のほうがいい状態に、陳さんは身体も心も衰弱しているんだな、と思っている。でも病院は長々と入院させてはくれないし、介護施設は「いじめられるよ~」だし、集団生活は陳さん自身がイヤがっている。住み込み家政婦を雇って世話させる、贅沢だよね~。

誰のおかげよ? が分かっていない家政婦(姉妹)を置いていることに、陳さんに対して腹が立つけど。『トンボ日記』でも書こうかしら?

2025年11月7日金曜日

ふと『更級日記』を読み始め、ついで『蜻蛉日記』も読み始めた。若い頃に繰り返し読んでいたのは、『伊勢物語』だけど。あと『雨月物語』も好きだった。

『蜻蛉日記』の「気の強い妻」は、最近の私にはピッタリではないですか? 『更級日記』の「物語が好きでたまらない娘」も、まあまあピッタリ。この歳になって平安時代の女性たちに共感するとは、ね。

2025年11月6日木曜日

学生がドジャース山本由伸投手の「言ってない名言」⇒「言った」を真似て、「書かない選択肢はない」などと言いながら、ドリルの解答を板書していた。元ネタは、「負けるわけにはいかないので(日本語)」⇒通訳「負けるという選択肢はない(英語)」。

かっこいいよねえ。疲れない身体、壊れない身体を、何年もかけて作ってきた。そして大舞台で実力を発揮できる、あの精神力。入団してすぐに投球練習を見て、「無駄のない動き」「美しいフォーム」と称賛していた他の投手たちも、やはりプロだな。

イチローの系譜っぽい。私がいまの勤務校に来た確か最初の年度(⇒ではなかった。2年目くらい)に、イチローがアメリカで初めてプレイするというので、テレビのある旧研究棟の合同研究室に「しーっ。騒がないでよ!」ともぐりこんで、みんなで観戦した。懐かしい思い出ぢゃ。

2025年11月5日水曜日

長野では、もうゴワゴワしている茄子やピーマンを切ろうとして、包丁がすべって指をグサッ。床が冷たいからスリッパをはいて階段を上っていて、つまづいて両手をつき、さらにスリッパがすべって両足がズルッ。脛から太ももの辺りまで、ズルズル~。そのまま階段を落ちずに、何とか持ちこたえたが、痛かった。切った左手の指先は、出血はすぐ止まったが、当たると痛いし、けっこう不便。

切った箇所は、そのままにしておくと乾いて、かさぶた状のものがはがれると下の組織がむき出しになって新たに痛いので、絆創膏を巻いてグジュグジュにすると、修復液みたいなのが分泌されていい、というのでやってみた。確かに皮膚がくっついて、いい感じ。ニンゲンの身体って、すごいわね。

健康診断で、血液採取のあとの休憩で、腕が真っ青な人がいて、「押さえすぎじゃないですか? 心臓より高い位置に腕を上げていたほうが、いいらしいですよ」と教えてあげたら、「ほら、すっかり肌色になりましたね」だった。ちょっとした知識で、楽になりますね。

私は喘息の空咳になったので、麦門冬湯を飲み始めた。

2025年11月4日火曜日

東京へ。

早めの電車で。

母親との別れの時間はだいぶ近づいている感じだが、授業があるのでいったん帰京。ここにグチグチ書いたように、母親は昭和&田舎の長男教で「娘を生んだ」と思って私を育てたので、とくに若い頃は衝突することが多かった。しかし「入院生活が退屈だわ~。あんたは読んだり書いたりできるから、いいけど」とか、「授業あるから週末また来るね」と言うと、痛み止めでぼんやりした意識の中で「学校あるもんね~」と答えたり。

息子さえいればいい人かと思った時期もあったが(おいおい!)、私が風邪?で来られなかった間、何度も「春月ちゃんは?」と言っていたそうで、看護師さんにも「娘さん、来ましたよ~!」と声をかけられていた。もう眠っている時間が長い状態だけど。

私も愛されて育った娘だった。お母さん、ありがとう。もう少し頑張って! もう十分に頑張っているけど。

私も頑張るわ! ということで、ほっておいた口語訓読の論文を仕上げて、来年度の紀要に中国古典研究&チャイ語教員生活の集大成として、出すことにした。恩は順送り、だからニャ。

2025年11月3日月曜日

夜は薪ストーブを焚いている。ぬくぬく。

畑は春菊やほうれん草、レタスがわさわさ。大根も育っていた。

夕飯は弟が作りました。

2025年11月2日日曜日

昨晩は雨だったようだけど、今朝は晴れて、青空&紅葉。


庭のキウイの棚ですニャ。実がどっさり。

猫のために、ベランダが温室みたいになっていた。


柵を作り、外は雪よけのビニール。ここに出て遊ぶことが出来る。レモンとみかん、金のなる木も、ここで越冬。

2025年11月1日土曜日

長野へ。

母親の状態が、あまり良くない。脳梗塞のリハビリで入院しているが、動脈硬化が進んでほかの臓器もやられているので、衰弱が激しい。90歳まで自分で薬を管理しながら家事をゆるゆるやり、生活できていたので、まあ仕方ないですね。これが「老衰」といふものでせう。6人きょうだいの最後の1人になり、本人は「今年いっぱいかな~」などと言いながら10年ほど暮らしていたけど。

いまの病院の担当医はちょっとアテにならない人なんだけど、看護師長さんがしっかりしていて、いろいろ早めに話してくれるので、ありがたい。父親の時は、「なんだかよく分からないうちに」感があって、家族も疲弊した。