2025年3月31日月曜日

近所を散歩していたら、メイメイさんがいた。

まだ雪がちらついている。寒いのでコタツで、こんなん見て笑っている。

中川家の寄席2024 中川家×スクールゾーン「韓国料理屋」

中川家の寄席2024 「箱根の奥座敷 旅館の女将」

畑は、まだこんな。

私のコタツの中で、熊太郎が足枕。

2025年3月30日日曜日

4にゃんこ、一斉に寝て、一斉に騒ぐ。夜間はそれぞれ寝ていて、私が起きても「見てるだけ~」、早朝はそれぞれ奴隷(ニンゲン)のベッドにもぐり込むらしい。

熊太郎がいちばん人懐こい。昨晩は早く寝た私の足元に来ていたが、弟が連れてケージに入れた。階段の手すりに上がることを覚えて、茶太郎やチョコ太郎がハラハラしながら見上げている。子猫たちが茶太郎とにゃんプロを始めると、母猫が来てガン見、子猫に加勢して茶太郎と小競り合い、茶太郎は大人の対応、ちょっと可哀そう。

しかし茶太郎がやはり先住猫で主なので、奴隷(ニンゲン)、とくに母親の周りをウロウロ、いいように使っている。甘えん坊。

雪がまだ残っていた。フキノトウを採った。他の山菜は、GWだな。この辺りは桜も遅くて、東京より1か月ほど遅い。

母猫エゾーとチョコ太郎、この2人は仲良し。毛並みが似ていて、どっちがどっちだか。チョコ太郎のほうが、大きくなった。熊太郎はのびのび。


母猫エゾーは、警戒心が強い。

2025年3月29日土曜日

長野へ。おいしい空気と水で、内臓を浄化する。

帰国してから、太腿が筋肉ツー。狭小三階住宅の階段を上ったり下りたりで。ほんの3週間の平らなマンション生活で、これだ。使わないと、筋肉ってすぐサボるのね。

コースターの色は確定♪ 東京に戻ってから送りますので、しばしお待ちを。

丰子恺漫画:满眼儿孙身外事,闲梳白发对斜阳_百科TA说


2025年3月28日金曜日

業務連絡:コースターです。ダブルみっちゃんは、何色がいいかな? 2つくらい候補を挙げてください。他の人にはLINEで聞きました。

風が強い。

昨日は掃除&洗濯。髪をカットして、白髪を染めた。今日は歯科検診。日本の日常生活にシフト。

新しい家政婦さん(陳さんに追い出されたけど)から、頻繁にメール。暇らしい。1時間いくら、の小さな仕事であっち行ったりこっち行ったり、隙間時間にチャット。音声入力で、ほかの家政婦さん仲間や家族とよくやりとりしていた。

(姉)には「病気になったのに冷たい」と言われたが、その感情は自分の家族に向けて欲しい。手術の後遺症で脚がちょっと不自由になり、器械を使って1日2回のマッサージ。それをしながら「陳さんの世話をしている」と言うので、「その話は(妹)にして。呼んだのは(妹)だから」と言ったら、黙ったけど。

「孤独で気の毒な老人」の世話を住みこみでやっている、家政婦でも「友だち」でも「姪」でもいいけどさ、私を責める前に「自分の家族はどうなの? 世話してくれないの?」って話だけど、それは言わなかった。(妹)だって、「弁護士で高収入の娘は何してるの? お母さんを他人の家で住みこみで働かせて、冷たいよね?」と、やはり言わなかった。

新しい家政婦さん(陳さんに追い出されたけど)のように、「自分で働いて、そのお金で自分の好きな服を買ったり、履き心地のいい靴を買ったり、したい」人は、他の女性の生き方を責めたりしない。「日本に戻ったら、仕事がんばらなきゃ。学生さんが待っていますよ♪」なんて、言っていた。「家政婦の何が恥ずかしいのかしら? 農民? 三代さかのぼればみんな農民でしょ?」と、(姉妹)の嘘を笑っていた。

不毛な争いなので、ぽぽぽーい♪ 自分の人生に集中したほうがいい。「こんな社会はおかしい!」という方向にシフトする人もいると思うけど。

陶淵明や蘇軾も、中央で政治闘争して疲弊するより、田園での農耕や詩作に集中した。農耕は必要に迫られて慣れないのに、だから苦労もあったが、その中でも楽しみを見つける天才だった。・・染みるわ~。

人生、無駄なことは何もない。無駄にするかどうかは、自分次第。転んだら「あ、こんなところに藁が!」とつかんで立ち上がり、わらしべ長者になる、と。

わらしべ長者 - Wikipedia

おっとー、忘れるところだった。『豊子愷 漫画古詩詞』の続き。詩人の時代順に配列。唐詩宋詞が圧倒的に多い。

滁州西涧(唐代韦应物的诗作)_百度百科

2025年3月27日木曜日

強い追い風に乗って、30分早く日本へ着いたが、荷物がなかなか出てこなくて、それでも10時台に家に着き、お風呂も入って、12時。

やっぱりディープだった春月先生の北京生活。私を見送るといって、アパートの下まで行ってタクシーに乗せてから、陳さん、新しい家政婦さんを追い出していた。空港の搭乗口で撮った写真を、陳さんと家政婦さんに送ったら、家政婦さんから荷物の写真と「ご縁があったらまた会いましょう」のメッセージ。

どういうこと? と家政婦さんにメッセージや電話しても応答なし(移動中だった)。陳さんに電話して「家政婦さん、いるよね?」と聞いたら、「いるよ」と嘘をつかれた。羽田に着いてから家政婦さんのメッセージで、真相を知った。陳さんに電話すると、ぐずぐずしていたが、認めた。「騙したわね!」 

ゴキブリだらけの台所とベランダに山積みのインスタント食品の写真を送って、「好きにしなよ、バイバイ!」

イヤならイヤで、正直に言って欲しかった。やたら「5000元じゃ安いってみんなに言われる」話をするのがちょっと、と私も思うところはあったが、健康を考えた食事と片付いて清潔な部屋、私はすごく満足だったのに。

しばらく独りで暮らすのか、すぐに(妹)が来るのか。そもそも(姉)に「いったん引き上げて」とか言いくるめて、辞めるふりして私が帰国したらすぐ呼び戻す気だったのか。でも(妹)の荷物をわざわざまとめて送って? そういう「密約」があったなら、(妹)が義姉2にガンガン電話する必要もなさそうだけど。もう訳わからん。

(姉妹)との共同生活は、私は考えられないので、陳さんが姉たちや妻(私)を遠ざけて(姉妹)と余生を送りたいなら、仕方ない、ぽぽぽーい♪ 私がいる間は(姉妹)は居なくなるからいいでしょ、という問題ではない。気色悪い。

家政婦さんは、「アーイー(と私のことを呼んでいた)のメンツを立てて、アーイーがいる間は自分を置いてくれていたわけだから」と慰めてくれたが、本当に恥ずかしい。「丸裸にされても面倒みるから」と義姉たちが言っていたので、もうそっちで勝手にやって欲しい。

正直、「陳さんと過ごす」ために中国に行くのが、しんどい。北京にしろハルピンにしろ、定住する? 日本の生活もろもろ捨てて? 医療保険も無しで? 無理っぽ。

ころな前は、別居期間は長くても互いに行ったり来たりだったし、ころな中から(姉妹)と色々あったようだが全く知らず、ころな後は23年秋の北京も24年春の杭州も、陳さんと何の疑いもなく過ごせていたのに。なんだかな~、病気のせいかも知れないけど、身勝手すぎる。つまらないことで嘘をつかれたら、もう何も信用できなくなるし。

引越し先に持って行く荷物をまとめては来たけど、捨てられてもいい物ばかり。陳さんと出会った李清照学会でもらった皿は、持って帰った。自分のは親戚の誰かにあげてしまって。とりあえず割らずに置いておこう。いい時もあったんだから。くそっ!

と書いたところで寝ようとしたが、寝付けない。あのアパートで、あの状態で独りでいるのか、とやはり心配になる。あれまあ。自分でいろいろ出来るだろうけど、誰か居たほうが、安心ではある。丸裸にされてのたれ死にしてしまえ、とまでは思わない。中国の陳さん名義の不動産や預貯金は、どうせ私が持ち出すことは難しいので、使い切ってくれればいい。それがあの(姉妹)と、はシャクに触るので知りたくないが、見ぬもの清しだ。

少しは眠れて、朝になった。陳さんは、フルころなの後遺症で小血管炎になった時、義姉3の病院に入院したが、ステロイドで炎症を抑える治療を途中でやめ、腎機能障害が残りやすいことも知らず、去年6月に緊急搬送された時も義姉3は「低血糖だから砂糖水を飲めばいい」と言って危うく死にかけた、と(姉妹)と同じことを言う。そこだけ見れば(姉妹)の言う通りで、陳さんも「義姉3は信用できない」のかも知れない。

私は(姉妹)の生活ぶりが、そもそも健康には良くないでしょ? (姉妹)が世話するようになって、体調はむしろ悪化してるでしょ? 「だからといって実の姉を敵視して、家政婦の言いなりでいいわけ?」と思っているわけだけど。私と(姉妹)とでは、まだ私のほうが上位だけど、(姉妹)と義姉では(姉妹)のほうが上位らしくて。(姉妹)のほうが親身に世話してくれている、と。

小血管炎がどういう病気か、ネットで検索したら、すぐ分かった。自分でしっかり学ばず、途中で薬を勝手にやめたのは、陳さん自身だ。病気になるのは仕方ないが、きちんと治療しないのは本人に責任がある。鬱の薬も、副作用があるからと、中断しがちだし。それでまともな判断ができない。本人はしっかりしているつもりでも。

(姉妹)自身もどちらも病気があり、とくに(姉)は癌の転移で手術して、けっこうボロボロ。(妹)も去年11月、「私もいつまで働けるか分からないし」なんて弱気なことを言っていた。陳さんがしばらく独りで生活して、自分で他の家政婦を見つけてくれるのが、一番だけど。

私に「仕事をやめて中国で世話してくれ」とは、陳さんはやはり最後まで言わない。「離婚して家政婦を後妻にする」とも決して言わないが。

留守の間に、中国から学会参加の誘いがあった。たぶん行かないけど。ようやく本場から声がかかるようになり、まだまだこれから、隠居は早い、という道もあるんだよな~。

2025年3月26日水曜日

午後の便で、日本へ。家に着くのは深夜。

新しい家政婦さんと「契約」、私がサイン。陳さんは「書面より信用のほうが重い」という、中国人らしい考え。

(妹)がまた義姉2に電話してきて、途中から罵るのでガチャ切りしたというが、その話を病院で聞いて「新しい家政婦の料理は不味い」とか、陳さんはまだ(姉妹)でいいようなことを言っていたので、私の帰国後どうなるか、分からない。

ここまでやって、まだ(姉妹)を引き入れて身ぐるみ剥がされ、命を縮めるなら、「これが陳さんの選択だからなあ」と諦めるしかない。私まで食い物にされるのは、ごめんだ。悪いけど。

胸の長期カテーテルを外すのに入院が必要で、今日ベッドが空いていてできたが、私が帰国する日だからダメだ、と陳さんが拒んだらしい。テープでとめてある部分が痒くて、「なるべく早く」と言っていたのに。

という感じなので、うるさくワイワイ言われるのがイヤで、義姉2に「口ごたえ」しているだけかも知れないが。子どもか!

詐欺にあった人って、「騙された自分を認めたくない」心理があると思う。「そんなバカじゃない」みたいな。なので、しつこく叱ると逆効果かも知れない。新しい家政婦さんには、(妹)が乗り込んできて騒いだら「通報してやれ」 

でも電話でギャンギャン言うだけで、もう来ない気もする。哀れな人だなあ。他人の夫にこんなに執着して。それが金目当てだとしても、それこそ「たかが300万」で必死、せいぜい日用品を爆買い、自分の服や化粧品も他人の財布から? それが楽しいの?

「他人のお金を自由に使えて楽しい人」のことが、心底わからない。自分で働いて稼いだお金でさえ、「自由に使えて楽しい」かな? 物欲があまりないからにゃ~。「お金の心配せずに、自由に時間を使えて嬉しい」人だなあ、私は。

ある時点から、「お金あげるから、どうぞ好きなだけ勉強してください」な人生だからな~。「働いて稼いだ」ってほどのことでもない。別に辛くはないので。ありがたいことだ。

勉強は「楽しい」のかな? 「面白い」けど。授業はまあまあ「楽しい」かも。「ごんじー修行」も「楽しい」かも。「面白い」感じではない。「楽しい」と「面白い」はどう違うんだ? 「楽しい」は身体を使うかもね。「面白い」は頭を使う。頭も身体の一部なので、「面白い」ことやっていると「楽しい」けど。

こんなことを深夜の北京で考えている私は、どんな人ですか? 間抜けな人かな?

2025年3月25日火曜日

透析の日、義姉たちとランチ。ここ1週間の家政婦さんの働きぶりを写真で義姉2にも送っていたので、正式に「契約」する。(姉妹)がまた来ても、安心安全(新しい家政婦さんも)できるように。

(姉妹)がいる時は手出しできなかったが、いなくなって改めて「これで世話してるって言えるの? 虐待じゃない!」と怒りがフツフツと沸いてきた。去年9月の10間滞在で、気づいてはいた。「義姉たちと対立し、私をお客さん扱いし、物を増やしすぎ、Gだらけにする」のがダメと、ここに書いていた。

陳さんの世話は熱心だと思って我慢していたが、ベタベタ触って世話を焼いているようで、却って弱らせている。食事もインスタントばかり、と今回(姉)が去って冷蔵庫やベランダの食材をチェックして、よく分かった。洗濯は洗濯機、掃除はルンバがやるし、確かに「家政婦じゃない」かもね。

昨日は陳さん、私が買ってきたリンゴを、自分で皮を剥いて食べていた。コーヒーも豆をひいて淹れたり、している。まだ自分の分しかやらないところが、「病人中」だけど。

今朝は早くからゴソゴソ何してるのかと思ったら、1人でシャワーしていた。去年の入院も、「あと2週間いて簡単にリハビリしてから退院」と義姉たちは言っていたのに、(姉妹)が強引に退院させて、「24時間体制でソファーで寝て看病している。文句あるなら1時間でもやってみたらいい」と言っていた。

そばに張りついている時間が長いのは(姉妹)だし、言い争いになったら激しいし、私もだけど皆、陳さんのために譲っていた。今回は「奥さん」が一歩も引かずに、陳さんを奪回!

2025年3月24日月曜日

春月先生のディープ⇒愉快な北京生活も、残りわずか。明日は透析で慌ただしいので今日、手作りギョウザで見送ってくれる。

3週間あったので、(姉妹)を追い出し、新しい家政婦さんにも慣れて、よかった。

私は苦手なねっとり(実は妹と同じ気性)の(姉)と喧嘩した時、中国の喧嘩はそういうものだと知っていたから大声で応戦したが、芝居じみて、わりと冷静、罵倒はしていない。「(妹)と同じね、義姉と対立するなら辞めるしかない、家政婦なんだから」と言っただけ。

(妹)は「2号さんみたい」と義姉たちには言ったけど、こらえた。(姉)は「カネ返してから言え!」とここには書いたけど、言わなかった。

「世話しない奥さんに口出しする資格ない」と言うので、「あなたのように世話するのが『奥さん』だというなら、あなたとは共通言語がない。もう黙って!」「あなたこそ黙りなさい、何様!」 寝室のドアをバンと閉めたら、追いかけてきてバンと開け、後ろの棚の物がバラバラ落ち、まだわめいているので、「わああああ~!」と大声で叫んだら、「きちがい」と言ってようやく出て行った。

私は本当に怒ると黙り込むタイプで、ここからが本番。寝室に込もって、(姉)の用意する食事に手をつけない。陳さんが部屋をのぞいて声をかけても、黙って首をふる。「こりゃ許す気ないな」と陳さんには分かって、(姉)が(妹)の荷物もまとめて出て行った。

陳さんが引き留める、「マシな」義姉2に訴えれば分かってもらえる、「あなたが決めることじゃない」とせせら笑っていたが、バーカ、どうなるか、とくと見よ!

新しい家政婦さんが、まともな人でよかった。去年6月からの緊張がほぐれた。陳さんも心身ともに少しずつリハビリして、ゆるゆる晩年を過ごしてほしい。

朝食。手前は、山芋入り雑穀粥。


(姉)の用意した、ある日の主食。

包み方いろいろ、やって見せてくれた。


夜はハサミでカットした麺だって。



2025年3月23日日曜日

右手を5ヵ所、左手を1ヵ所、蚊に喰われた。悲惨。

陶淵明の詩を書き写しながら林田慎之助せんせの訳注で読んでいるが、「黄庭堅?」みたいな雰囲気。もちろん黄庭堅のほうが詩風を真似している。高校の漢文では「田園詩人」として紹介されるが、他の詩人と違う特色を言っているだけで、全体を読むと「田園詩人」で陶淵明をくくるのは、おかしな感じ。


地味に1個ずつ手で剥いた。


私はこういう作業はわりと得意。すぐ熟達した。すぐ忘れるけど。日本ではこのあと昆布醤油で煮るだけだが、きっといろんな調味料で味つけ。


まだ薄味。ちょっと休んだら、一緒に山芋を買いに行く。


お昼は日本の炊飯器でご飯。

2025年3月22日土曜日

急に暖かくなった。と思ったら蚊がいて、耳元でブーン、喰われて夜間の中途覚醒。

洗面所にあった「六神花露水」を腕や足に塗り、寝室の棚で見つけたウナクールを喰われたところに塗る。蚊除け電気マットは元書斎にあるから、朝までこれでしのぐ。

今の家政婦さんは、私を遮ることが少ない。荷物を持ってくれようとしたり、台所仕事はさせまいとしたり、はあるけど、掃除と洗濯は私がやっていると手伝う感じで、取りあげて「いいから座ってて」とは、ならない。

用事があれば部屋に来るが、なければ来ないし、勝手に入ってきて果物やらパンやら置いていくこともない。

要するに距離感が陳さんと同じで、邪魔にならない。陳さんが出来なくなったことを、陳さんの代わりにやっていて、私の領域に踏み込んでこない。だから、一緒にいても苦じゃない。自分の家のように(自分の家なんだけど)くつろげる。ありがたいわ~。

(姉妹)は病院で「叔父さんの付き添い」と言っていたが、「家政婦よね?」とバレていたらしい。「家族じゃないとバカにして誰にも相手にされない、って言ってたけど?」「まさか!」「だよね~」

今の家政婦さんは、大学教授や国家チームのコーチの家で働いていたそうで、「知識分子」を変にバカにすることがないので、楽ちん。「農民」だからと卑屈になることもないし、「みんな違って、みんないい」

「家政婦は腹いっぱい食べるな!」という家もあるそうで、心配している嫁に「大丈夫、親切にしてもらっているよ」と、電話で言っていた。「腹いっぱい食べて、ガンガン働きなさいよ」と言っておいた。


朝から網戸を洗っている。散歩の途中でうずらの卵も買って来た。





2025年3月21日金曜日

久しぶりに中途覚醒せずに朝まで眠れた。(姉)とやりあってから、睡眠時間が乱れていた。

昨日は透析している間に王府井の書店へ行き、腎臓病の本(文字ばっか)と老人向け養生レシピの本を買った。新しい家政婦さんに渡す。料理上手で、「塩分控えめ、でも味気なくならないように」、作ってくれているけど。


義姉2がくれるうずらの卵、(姉妹)は「おいしくない」と捨てていたが、新しい家政婦さんは「自分で作ったほうが安いしおいしいから、今度作るわ」という。

私がいるところに来たせいもあって、私をお客さん扱いせず、女主人として振る舞うこともないので、楽だ~。家でくつろげるわ~。彼女が麺を1本ずつのばして茹でている様子を、ソファーで寝転がって鼻くそほじりながら見ていた私。くつろぎ過ぎ?

残留農薬があるから、って葉物はしばらく塩水に浸けてから、調理している。イチゴは2回ほど水で塩分を落とし、ほうれん草は茹でて和え物に、という具合。

食事が終わったらすぐ片付けて、コンロ周りや床も掃除。汚れをためない。ま、私も日本ではそういう生活だけど。「そのほうが楽だから」と、同じ考え。

私は非常に満足してます。「契約書を作りましょうね」と言ったら、前の勤め先にまだ置いてある荷物を取りに行く、という。そうだ、そうだ、(姉妹)が来ても居場所はない状態に、しておこう!✌️

私が使っている寝室に「友だち」として居座ったら、ホラーだけど。

2025年3月20日木曜日

(姉)は新しい家政婦さんに、陳さんの「友だち」と名乗ったらしい。だから私に「家政婦の仕事でしょ。給料もらってるでしょ?」と言われて、「はした金で何様?」と怒って、荷物まとめて出ていき、出ていったあとも電話してくるわけか~。

新しい家政婦さんは、やたら前の家での働きぶりをアピールするんだよね。「5000元でそこまでやる必要ないわよ、とみんなに言われたけど、最期まで精一杯お世話した」みたいな話を。(姉妹)が来たら追い出されるかも、と不安なのかも知れない。

「契約書」を交わしたほうがいいな。私か義姉が雇う形でもいい。「友だち」なら、新しい家政婦がちゃんと仕事してるか、見に来る可能性は高い。(妹)の娘が買ったルンバが残っているし。

陳さんは「ほっておいて、ルンバは向こうが取りに来たら渡せばいい」という。すぐに渡せるように、掃除して箱に入れておく。

台所のビフォーアフター、ベランダに山積みのインスタントラーメンと手打ちのさまざまな麺料理、写真を送りつけて「安心してね」ってやりたい気もするが、刺激しないで、また来たら丁寧に対応して、「これまでありがとう」ぐらい言ったほうが、後腐れなく切れるのだと思う。

きっと私が居る間は来ないので、新しい家政婦さんに「事情は知らないふりして、丁寧にお客さんとして対応して。相手にもメンツ残しておかないとね」と、言っておく。わー、面倒くせ!

陳さんは「家政婦だよ!」と言うけど、「向こうは『友だち』だってよ!」「知らないよ!」 そりゃそーだ。

図々しくない? こっちが「(家政婦だけど)友だちですよ」って言うなら分かるけど。こういう感覚は最初からずれていたので、どうしようもない。

中国は「友だちの友だちは友だち」社会で、紹介した友だちのメンツを潰したら、そのコミュニティから一斉にハブられる。

これまで私は、いい「友だちの輪」にいたが、陳さんがやっぱり孤独で弱ってたのかしらねえ(私のせいじゃないけど)。最初に変なの(妹)につかまると、連れてくる(姉)も変、という寸法。

2025年3月19日水曜日

昨日は透析の日、義姉たちとランチ。新しい家政婦さんの身分証を確認し、根掘り葉掘り質問、陳さんの体調や薬の話、これまでの家政婦経験の話、お互いの連絡先を交換。私からは、ここ2日間の仕事ぶり、私はとても満足していることを、義姉に話した。

(姉妹)とのバトルもぶちまけたので、私が帰国したあとで「戻ってきて騒がれたらどうしよう😖💧、陳さんがやっぱり(姉妹)がいいって言ったらどうしよう😞💨」と言うので、たぶん来ないと思うけど、「来たら通報してやれ」と義姉。

陳さんは慌ただしく(姉妹)を追い出して新しい家政婦さんに来てもらったことを、どう思っているのか。「困ったもんだ」と思っていただろうけど、新しい家政婦さんについては「まあまあだよ」と義姉に言ったそうな。「まあまあ」は陳さんの褒め言葉なので、合格。

仕事の範囲も確認。(姉)が勝手に「料理と透析の付き添いだけ」と交渉していたが、「一緒に暮らしていて、そんなわけにはいかない」と言うし、ハルピンにも行くと言ってくれて、一安心。

農村の出身だが、嫁が物流の会社を始めて、20年くらい前から町に住んでいるらしい。兄は村で畑もやっているそうな。冷蔵庫から葡萄を出したらカビだらけで、処理しながら、そんな話。

私は両親が農村の生まれで、米農家。私が子供の頃は、田植えや稲刈りの時期になると、手伝いに行ったこともある。東京で暮らしていたけど、年取ったら「山が恋しい」と言い出して、弟と田舎に移住して、趣味で葡萄やリンゴやメロンを作っている。

どれだけ手間がかかるか知っているから、こんな風に食べ物を粗末にするのは、心が傷む。粗末にする人と暮らしていたら、心がすさむ。などなど。

北京とハルピンを行ったり来たり、透析しながらできるのか。ベッドが限られているので、うまく連携できるのか、ハードルは高い。北京の中で引越するぐらいは、たいしたことはない。新しい家政婦さんが義姉と連絡とりながら、サポートしてくれるだろう。

2025年3月18日火曜日

昨日は午前中いっぱい、台所の片付け。重い建材残りをベランダに出し、ベランダに置いてあった調理器具は台所に、ベランダも使いやすいように片付けつつ、台所はいったん物を出して、掃除して、重い物は下に、よく使う物は近くに、並べ代え。

私が言わなくても、せっせとやってくれた。私は寝室にあった炊飯器や包丁セット、皿なども運びだし、元書斎の空いた本箱に並べたトイレットペーパーなどはリビングに出し(元書斎を家政婦さんの部屋にするので)、一緒に片付け。

始めたら最後までやらないと落ち着かない性格だそうで、一気に片付いた。その間、スマホを切っていたら、昼までに山ほど着信とかあって、「なんで出ないの?」「何かあったの?」と心配されたそうな。

考えてみたら、住み込むほうも不安だよね。騙されてひどい目にあう可能性もあるし。

冷蔵庫にあるもので食事を作ってくれていたが、足りないものもあるし、買い物に行きたそうだったので、陳さんに言って生活費を渡してもらったら、すごく嬉しそうだった。採用決定した、ってことで?

現金を渡して、家政婦さんが自分の口座に入れて、スマホで決済。「レシートをとっておきますね」と言っているのに、「適当でいいから。足りなくなったら、また渡すから」と、全く懲りていない陳さん。

今日は透析、義姉たちも来て、一緒にランチ、顔合わせ。薬のことは、義姉たちに聞いて、ちゃんと飲むように見ていて欲しい。

あと問題は、夏にハルピンに行く気でいるので、そうなったらどうするのか。都合よく「北京に戻って来たらまたお願い」って、できるのか。(妹)はいそいそと「夏はハルピンが涼しくていいわね」と言っていたが、冗談じゃない。

透析もそう簡単にあちこちで「やってちょーだい」で出来るのか? いろいろハードルはある。

この家政婦さんは、前の家では爺さん1人、子供たちは顔を見に来るが、一緒にご飯を食べることはなかった。「最期まで面倒見る(見た?)」とこの人も言うので、(姉妹)もそのつもりで、(妹)はたまった賃金でマンションを買い、(姉)が借りた300万は癌の治療費だった、かも知れない。そうであって欲しい。

陳さんがしっかり説明しないのと、(姉妹)がやたら「家族以上に」を強調して本物の家族(姉や妻)と対立するから、「後妻業?」と疑われて追い出された。残念ですね。

私は(姉)の態度で、全く後味悪くない。追い出して清々した。新しい家政婦さんに「電気圧力鍋は使い方が分からないと思うから、使わないで」と言ったそうで、片腹痛い。何様? 「都市」の「知識青年」だから、やっぱり中途半端なプライドとコンプレックスがあったかも?

新しい家政婦さんは(姉)とほぼ同じ年齢だが、14歳の孫がいるそうで、「村の人は結婚が早いのよ」と笑っていた。卑屈な感じはないし、キレイ好きだ。


ベランダに積まれたインスタントラーメン。下にカップ焼きそば。

2025年3月17日月曜日

新しい家政婦さん、初日の働きぶりには大満足。この人はやたら「契約書」を急ぐが、「しばらくやってみて、お互いに了解してからのほうがいい。透析の付き添いとか、待つだけも結構つらい、イヤだ、ってなるかも知れないよ」と止めた。

契約した途端に働かなくなったら困るが、その時は契約不履行で辞めさせられるから、安心。陳さんの叔父さんの家政婦だった人の知り合いのさらに知り合いで、間に2人はいっているので、「メンツを潰すようなことはしないから」と電話で誰かと話していた。同郷のネットワークで、メンツを潰したら故郷に帰れませんね。

昨日の朝、私が陳さんにご飯作っているところに来て、残ったのを「うまく作れなかったから、晩は私はこれを責任もって食べるわ」と言ったら、「ちょっと手を加えて一緒に食べましょう」と言う。

「料理は苦手、2人でいる時は陳さんの方が手早くて美味しいから、陳さんの担当だった」と言うと、「夫が料理担当の家は、中国では結構ふつうだし、あなたは『文化』があるんだから、料理は『文化』のない私に任せて!」だって。

「文化」というのはこういう感じで、学歴やそれに見合った教養という意味で使われる。でもね、学歴によって知識量が違い、就職も賃金も差が出て、生活スタイルやレベルが変わる。日本よりずっと、その違いは大きい。見た目や話し方でなんとなく分かる、厳しい階級社会。地方から出稼ぎで家政婦として働く、都市出身の学歴の高い家政婦ならもっと高い賃金なのに、という社会構造はある。でもそれと人間性、素養は違う、人それぞれ。

私はまた日本に戻って仕事、定年まであと2年、「留守の間のお世話は責任もってやるから」とも言ってくれた。「なぜ仕事やめて世話しに来ないの? 家族は一緒にいなきゃ。孤独で気の毒、冷たい奥さんね。あなたに口出しする資格ないわ。何様?」と罵った(姉)とは、大違い!

(姉)は少なくとも高卒で、中国ではここから「知識青年」だった。今は大学の定員が増えたけど、私が初めて中国に来たころ、日本の大学進学率が40%くらいだったのに対して、中国は4%、超エリート。

新しい家政婦さんは、年代からいってたぶん中卒。でないと月5000元では雇えない。でも家政婦としては、(姉妹)より断然プロっぽい。

日本から持ってきた食材、持って帰ろうと思っていたけど、この人ならうまく使ってくれそう。胡麻、ワカメ、味噌、ココア。中国でも探せばあるけど、(姉妹)が食卓に全く出さなかったもの。豆腐も少なかった。

私は自分が「主婦業」に向いているとは思わないので、これを仕事にできる家政婦さんは偉い! (姉妹)にも、もとは感謝してたのにねえ。

もう起きて、拭き掃除してたので、台所のことを訴えて、いま掃除&片付けしてる。以下、閲覧注意。









去年9月のGコンバットの効き目がすごくて、置いた所は集まってくたばったGが死屍累々。こういう所に食品や食器を放置したまま、(姉妹)が作るご飯を食べさせられていた。


アフター、こうなった。建材の余りは2枚を鍋敷き代わりに残して、ベランダへ。重いフライパンや私が持ってきた鍋は下段に、調味料は口を閉じて盆に乗せて上段に。

2025年3月16日日曜日

(姉)は「孤独で気の毒な老人」の代わりに「冷たい奥さん」と喧嘩したつもりで、出ていったあとも電話して来たのだろうか? 

(姉妹)にはベタベタ触らせて、靴下も履かせてもらって、私にはさせない。その様子を知ったら、「ほらやっぱり、私たちじゃなきゃダメでしょ?」って、思われそう。母親が上げ膳据え膳で育てたのに、嫁のためにご飯作っている息子、みたいなものなんだけど。

そもそも私は、ご飯作ってくれて、「熱いうちに食べな」って先に私に食べさせようとするから、陳さんと結婚したのだ。美味しいほう、大きいほうを私にくれるから、結婚が続いているのだ。病気になったから、陳さんの食事に時間も内容も付き合っていたけど。

(姉)が喧嘩のあとも並べるご飯を拒否して、テーブルの上で放置、サーモンの刺身はさすがに捨てたでしょうね? 義姉がくれるもの、ランチの残りなんか要らないかも知れないけど、陳さんに食べさせたくて、北京ダックとか、持ち帰りしやすそうな料理を頼んでいた。

ダックは陳さんが食べたけど、それも横で「私は生臭くてダックは食べないわ」と嫌み。家政婦にも「よかったら一緒にどうぞ」と言っているけど、遠慮してくれたら「ああそう」ってだけなのに。

「あなたが捨てているのは食べ物ではなくて、あなたが気の毒がっている老人(陳さん)を思う姉や妻、友人の気持ち、心ですよ」って、分からないのだろうなー。無惨なサーモンで、気づいたかな? 無理か。だから恥知らずにも、しつこく電話してくる。


お昼は手打ちうどん。


換気扇をつけて、これから茹でる。使えるじゃん、換気扇!


薄めの味で、おいしかった。


2025年3月15日土曜日

新しい家政婦さん、昨日は用事ができて、今日来る予定。「透析の付き添いが困るもんね」「1人でも行けるけど」「タクシーは?」「バスで行ける。試したことがある。帰りは疲れるからタクシーを呼ぶ。タクシーぐらい自分で呼べる」だって。

いままでの(姉妹)の病人扱いは何だったの? (姉)がいなくなったら、自分で冷蔵庫からいろいろ出して食べるし、夕方は着替えて新聞を取りに行くし。私もついて行ったら、ついでにマンション周りをぐるっと散歩。

(姉)がいた時は、陳さんに「換気扇のスイッチどこ?」って聞いたら、私とは口聞かないはずの(姉)が「そういうことを老人にさせないで!」と間に入って来た。なんでよ? 

無視して「陳さん!」と言うと、(姉)が「ないの、使わないの!」 だから部屋じゅう油のにおいが、いつまでも消えない。フリッターの時は、甘ったるい油のにおいで気持ち悪くなった。

やって欲しい家事もあるので家政婦を雇うが、自分でできることも結構ある。(姉)は洗面器で足も洗ってやって、それ、昔の中国映画では、ベッドシーンの代わりだからね。陳さんに聞いたら、髪も1人で洗えるという。「だったら家政婦にやらせるな! あんたは皇帝か!?」

こういうとぼけたところが、「可愛いわよね」「いいじいさん」で、鷹揚にかしずかせていた。その「いいじいさん」が私のことになると「世話しなきゃ、でも出来ない!」と騒いで、「何様?」 わっはっは! 世の中、報われない愛もあるのだ。

2025年3月14日金曜日

どこにぶつけたのか、脚にアザができていた。


冷蔵庫かな?


私が買った冷凍餃子もある。さてどこでしょう? 箱買いして、とりあえず冷凍できるものは冷凍する方針みたい。

スーパーに行って、自炊しているが、何もかも大味っぽい。早く日本に帰りたい。陳さんと過ごすために準備して来たが、家政婦が割り込んで邪魔するし、空気は汚いし、道も汚いし、こんな感じで晩年を北京やハルピンで送る? 気が進まない。

ガサツだなあ~、何もかも。おおらか、って思えればいいんだけどね。年とると合わせるのがきつい。

ほぼ寝室にこもっているので、勉強がはかどる。ドアを閉めている以外、通常運転だけど。

義姉2がぽろっと「4年も雇っていたら安いマンションくらい」と言った。ころな中から居て、空港に近いアパート、そこを売って今のマンション(買ったのは20年前)に引越、売ったお金の半分でハルピンのマンション購入、のこり半分まだある、全部知っていて、23年6月に追い出されたあとまた来て、今のマンション売却、売ったらいくら、も知っている、ってわけだ。

ころな中に、聴神経腫瘍の再手術、鬱の再発、微細血管炎⇒腎機能障害⇒透析、となりながらの不動産売買や引越。私が日本にいる間に。いいカモでしたね。ビザが取れて私が久しぶりに中国に来たのは、23年秋。

24年6月の救急搬送前は、電話しても家政婦の影はなくて、全然わからなかった。病院で会ってからは、電話中もそばで家政婦の声がしたり、むしろ邪魔なくらい。

陳さんも(妹)も、家政婦としての付き合いだった、とは思う。ただ「孤独で気の毒」「家族がいても世話しない」と思っているから、本物の家族を敵視して、悪口ばかり陳さんの前で繰り返し、「私じゃなきゃダメでしょ?」

誤算は、いくら「冷たい奥さん」に見えても、陳さんにとっては「春月ファースト」だったことですね。(姉)に「来ても世話しない。病気なのに冷たい。口出しする資格ない。老人(陳さん)に雇われているから老人の言い付けしか聞かない」と罵られたが、私がイヤだと言ったら、辞めるのは(妹)で、義姉の紹介する家政婦に会って条件を確認する、ってところまで話が進んだ。

「家族以上に親身になって世話したのに!」ってきっと怒ってるな。電話であの剣幕だもん。私が来る前から、「義姉に言い付けて追い出そうとしている、何も世話しないくせに」って(姉妹)で悪口言っていて、だからちょっと注意しただけでヒートアップして、(姉)も本性を現した。

義姉たちに、「私も罵るのは得意なんですよ。次は引き下がりませんから」と言った翌日に、やっちゃった。てへっ。

2025年3月13日木曜日

眠れなかった。身体によくないな。

(姉)と大喧嘩。(妹)と同じ気性だった。今回は私も引き下がらず、応戦。(妹)は(姉)で繋いで戻って来る気で、私物をタンスに置いて行ったが、(姉)がまとめて一緒に持って出ていくみたい。どういうつもりで、(姉)はあんなに食って掛かってきたのか。

義姉2に電話で自分の正当性を訴えていたが、私を受け入れがたいなら、出ていくのは家政婦だ。発端は、例によって義姉たちが持たせたランチの残りを、(姉)が捨てようとしたから。最初から「捨てていいわよね?」と言って、ハンバーガーを注文していた。そこは伏せて、義姉にテーブルに放置していた私が悪いみたいに言っていた。

100%私が悪かったとしても、あそこまで罵りますかね? 「孤独で気の毒」と言いながら、来ると邪魔者扱いする。(妹)が奥さん気取りだった以外に、理由ある? 本物の奥さんが来たら、逃げ出す。電話でワアワア「日本に帰れ」って言ってたけど、「こっち来なさいよ! 二人で罵ればいいでしょ!」と言っても、来ない。負け犬め! もともと私がいる間は(姉)に、という時点で負けてたけど。

「陳さんに雇われていると言うけど、お金出しているのは私ですよ」が、結構効いたみたい。「家政婦の仕事でしょ? 仕事でやっているんでしょ?」が心外だったらしい。「何様?」「奥様ですが?」

「奥さんがやらないから、気の毒だからやっているのよ」ってことだと思うけど、だったら給料もらうな、金借りるな、って思う。曖昧にしてきた陳さんも悪い。家政婦に300万も貸すな! きっと貸し倒れだ。バカにしてるから、平気で借金できる。銀行から借りられないで、「孤独で気の毒な老人」から借りて、マンション買うな! 怖いわ~。図々しいにも程がある。

(妹)と(姉)で相談して、3月は(姉)、4月は(妹)ってことに、なっていたらしい。「妹はイヤなんでしょ?」「姉もイヤになったけど?」 陳さんも呑気すぎる。もともと物腰は柔らかいが(妹)と同じ「文化」のえげつない人だと思っていたけど、気性も同じだった。

日本人の腹黒い奥さんが、身内みたいに親身に世話していた家政婦を追い出した、でいいけどね。

2025年3月12日水曜日

喉が痛い。やばーい! 板蓝根を投入! 昨日の義姉ランチが、ハードな内容だったからにゃ🐱。

しかし陳さんとよく話して、確認して納得もしたので、大丈夫。

そろそろ中華三昧がきつくなってきた。今日は肉まんを作るらしい。私は手伝わないけど。蒸し上がったら、日本のポン酢で食べようっと。これを次の日に油で焼き肉まんみたいにするけど、もう我慢して食べるのはやめる。「実は揚げ物は苦手なのよねえ」とはっきり言おう。言わなきゃ伝わらないからにゃ🐱。

2025年3月11日火曜日

散歩に出る。空気悪い。道汚い。帰国したら長野へ行って、きれいな空気とおいしい水で内蔵を浄化したい。(姉)は料理に油をたくさん使うので、和食で胃腸を洗浄したい。湯船にどっぷりつかって、身体も心もほぐしたい!

今日は一緒に透析に向かい、義姉たちとランチ。ハルピンから義姉1が来ているので、北京の義姉2(中医じゃないほう)と義姉3(中医)、計3人で、鬼3千匹? 

私はこの義姉1が苦手。やり手だけど、ネガティブなことをズケズケ言うので。「部下じゃないんですけど?」 在外研究でアメリカにいたとき2週間ほど遊びに来て宿舎に泊まったが、発狂しそうになった。義母を引き取った「同居嫁」ってこんな感じ? 

でも(妹)は家政婦で、義母や義姉じゃないからね。リビングのタンスまで我が物顔に使われていたとは、驚いた👀‼️ 義姉に写真見せて、言いつけてやろう。タンスの中もぐちゃぐちゃで、整理整頓できてないし。「部屋もですよ」って。

2025年3月10日月曜日

「私がいなきゃダメでしょ?」と「こんなにやってあげているのに!」は、表裏一体。満たされていない。気の毒。

(姉)の世話で私が機嫌よく過ごして帰ったら、「(妹)じゃなくてもいいわね」になりそうだが、その辺、(妹)の作戦はどうなっているやら。「夏はハルピンで」って、陳さんより先に(妹)が言っていたが、(姉)はハルピンにまでは来ないだろう。誰か安心して任せられる人が、ハルピンにもいる、とか?

治療方針で中医の義姉と喧嘩するとか、按摩に行かないからと大暴れして妻(私)を追い出すとか、反応が過剰で驚く。陳さんは病院の近くに引越したら透析の付き添いは要らないと言っていて、「私がいなきゃダメでしょ?」部分が縮小する見込みだし。

「家族は一緒にいなきゃ」を(姉)は今のところ言わないし、机を確保して勉強する様子を見て、部屋にも勝手に入らず、ドアを開けている時は入口で声をかけるので、私はあまりストレスを感じない。(妹)も同じようにしてくれたら、「ありがとう!」でWin-Winなんだけど。

自分の家族が満たしてくれないことを、他の家族で満たそうとしても、無理なんだよね。うちは「お給料払ってますよね?」で相殺されてしまうから、それ以上の穴埋めはできない。



リビングの窓(他の壁も)に春節の「福」グッズが貼られ、タンスの中は(妹)の「服」に占領され、「いったい誰の家なのよ!?」ではある。だらしなくて図々しいだけですか? 

私の服は、寝室のタンスの引き出し1つに収まっている。


2025年3月9日日曜日

起きた。時差が1時間あるので、3時過ぎ。朝食はこっち時間の9時。昼食は午後2時、夕飯は7時半。

ルンバが9時から10時まで、行ったり来たり。大きなゴミは苦手なので、(姉)がルンバの前に箒とチリ取りで掃除。細かいところは(姉)も苦手なので、留守のすきに私が拭き掃除。手が荒れてガサガサ、日本から持ってきた尿素20%クリームを塗りたくる。

(姉)は(妹)をかばって、「家族のつもりで親身に世話している」と言うが、家族じゃないので、本物の家族(義姉や私)と対立したら、出ていくのは(妹)だ。「そんなの、残念じゃない?」 これで2回目だけど。

(姉)は去年11月の大暴れは聞かされていなくて(闘病中だったし)、また中医の義姉との衝突を持ち出して、「2ヶ月の間、ソファーに寝て昼も夜も看病した。文句あるなら1時間でもやってみたらいい」と言っていたが、それが了見違いで、「嫌なら他の人を頼むから」って話。義両親の介護を一手に引き受けている嫁が、口出しだけで何もしない義姉に不満がある、みたいになってるけど。

義姉は看護助手(護工)も雇ったが、「役に立たない」と追い出し、今回も「他の人では安心できない」と病身の(姉)を呼び出し、「私がいなきゃダメでしょ?」にしているのは(妹)だ。なんか、気の毒。「これが女の生きる道」世界に、縛られている感じ。

日本を出発する日、早朝の電車は男ばかり。「一家の大黒柱」世界の男性だって、苦労はあるのだ。私はそっちの世界にも片足か両足か、突っ込んでいるので、「世間知らずな奥さんだと苦労するよね」な亭主って、こんな感じ? それもイヤなんだけどな~。

2025年3月8日土曜日

目がかゆい。空気が悪い。

昨日はパスポートの公証書作り、マンション売却に必要。(姉)も一緒に。たぶん引越先を見つけたり、荷物をまとめて引越したり、ぜんぶ家政婦(姉妹)も一緒にやるだろう。陳さんが1人でできないなら、仕方ない。鬱抜けしてアタマがしっかりしているなら、大丈夫。

電話でマンションを売る話やら、本をどっさり売る話やら、北京行き直前にバタバタやったあと、ぱったり音信不通。北京に到着しても電話に出ない状況で、「騙されて身ぐるみ剥がされて、追い出されてるんじゃないでしょうね?」と最悪のケースも疑っていた。

来て、一緒に過ごしてみて、(姉妹)は違う「文化」の人で頑迷固陋ではあるけれど、悪党ではなさそう。(妹)がマウント取ってきてイヤ、というのは、陳さんには伝わらない。「考え過ぎ」という、世の亭主に有りがちな反応。

(姉)は一声かけてから、外へ荷物を取りに行ったり、食事の支度を始めたりする。(妹)はこれがないので、「いったい誰の家なのよ!?」になる。とくに電話中に遮るようにやられると、「なんでそんなに『覇道』なの!?」ってことだなあ。

同じように熱心に「陳さんを」世話してくれているのに、残念だ。性分で、直らないかな? 

私自身は、一声かける派。連絡無しに帰りが遅くなると、あてもなく駅で待ってたり、むちゃくちゃ心配して怒られる家庭で育ったし、猫でさえ「どこにいる?」としょっちゅう探されている。

陳さんも春月のことは、心配で仕方ない。同じ方向で私のこともあれこれ世話を焼こうとする(姉)と、あさっての方を向いて私を無視しようとする(妹)の違いだな。

2025年3月7日金曜日

元書斎に残された私の本を寝室に移し、空いたスペースに、バスタブに大量に積まれたトイレットペーパーなどを並べた。

ココアもタンスの引き出しから発掘したし、鍋もベランダから持ってきた。陳さんのスーツケースを1つ確保、引越先に持っていく私の私物を入れる。また日本から持ってくるのは面倒だし、「私の家ですよ」アピールをしておかないと。

(妹)の私物がたくさん残っているし、私が帰国したら戻ってきて、新しい所に一緒に引越す可能性が大きい。留守の間に部屋を整理整頓して、(姉)と仲良く過ごして、「あなたの悪いところはここよ?」が伝わり、改善されれば、(妹)でもいいんだけどねえ。

(姉)も(妹)と同じ「文化」の人だが、私をライバル視してマウント取ろうとする態度はないので、大丈夫そう。

2025年3月6日木曜日

『文選』3冊は売られていた。陳さんがよく理解していなかったせいだが、そういうこともあろうかと「本棚の写真送って」とメールしたのに来ない。スマホを積極的には使わないせいだが、電話しても出ないし。なので『文選』電子版を仕込んだ桃子(iPad)を持ってきて、正解。

空港からもタクシーからも電話に出ないし、義姉に電話したら、「昨日病院で会ったけど、今日は家で待ってるはずよ」と言う。家には(姉)がいた。陳さんに「なんで電話にでないの?」とイライラを隠さずに聞くと、(姉)が「耳が遠いから云々」と口出しする。後で確認したら、スマホがバイブになっていた。

陳さんが設定するはずないので、(妹)のしわざ。事情があったのかも知れないが、戻さないから困る。捨てられたと思ったポン酢など、昨年11月に置いていった減塩のための調味料は、お菓子箱から見つかった。使い方が分からなくてそうしたのか、ズボラなのか、悪意があるのか。鍋はベランダのさらに奥に突っ込まれていた。一生懸命「孤独で気の毒な老人」を世話してくれているが、独善的。

(姉)は(妹)の肩を持ってあれこれ言うが、私も今回は遠慮しない。Gは「もう出ないのよ~」と言うが、「出てからだと始末が大変。春にこれを置くと、夏も出ないから」とブラックキャップを置く。ルンバがいるので、床には置けない。ルンバはすみっこが苦手、取り残されているGの亡骸を、あとで拾わないと。(姉)は気にならないようだけど。

引越先だが、中国は老人でも賃貸できるらしい。「老人が死ぬのは当たり前でしょ?」 孤独死が少ないのかも? 家族が世話して当たり前だから。なので、家政婦さん無しの独り暮らしは、誰も想定していない。

賃貸がよくない? 妻の同意は要らないし、値下がりする心配もしなくていいし、ふつう家具付きだし。いずれにせよ、義姉も引越の件は知っていたので、「よく相談して決めてね」ってことで、あとは任せる。

透析は、午後になっていた。12時にタクシーで向かう。(姉)が付き添う気でいるので、留守の間に買い物して、日本の炊飯器でご飯炊いて、おかずも作りたい。

2025年3月5日水曜日

北京へ。『陶淵明詩文全集』もリュックに。

うっすら積もったが、鉄道は平常運転。ありがたい。

2025年3月4日火曜日

あす朝にかけて、雨⇒たまに霙、の予報。電車が動いて空港までたどり着けますように。よよよーい♪(☚おまじない、by妖怪傘要らず)

さすがに雨は降りそうだ。これで雨も止んだら、ちょっと怖い。モーゼかな? 私の前に道は開ける。みんな、ついてらっしゃい!

陳さんが「夏はハルピンに来ればいい」と、自分も行く気でいる。行けるのかしら? いちおう日本からハルピンに行く飛行機とか、空港からの行き方とか、チェック。「百度地図」があるから、便利ね~。リムジンバスがマンションの目の前に停まるのが、分かった。「実景」でマンションの写真も見られる。立派!

私より先に家政婦(妹)が待ち構えていそうで、イヤだけど。昨日のたくにいのコメントで、男ってみんなこうなのね、と思った。これだから嫁と姑の戦いに、終わりは来ない。Netflixでドラマ「坂の途中の家」を見た。ぞわぞわイヤな気持ちにさせるのが得意だという、角田光代の原作。誰も悪気はないんだろうけど、女性が「母」として追い詰められる話。

Gだらけの家が「私は」イヤなんだから、「南方人にとっては食材だ」と家政婦(☚北方人)の肩を持ち、あとで業者を呼んで薬をまいてもダメで、その場で家政婦に注意して欲しいわけ。1か月も前の菓子パンもそうだし、他にもいろいろ、家政婦寄りだった。家政婦に言っても仕方ないから、だと思うけど。

「言わないと分からない人に言っても無駄」が私の格言の1つだが、言わないで済む人いないの? いないのか~。これがたびたび話題にしている「文化の違い」で、どっちが正しい、どっちが上、ってことはないんだけど、とにかく「違う」のである~。

20代の杭州留学時代、外の小さな店(うさぎ先生が呆れたああいう)で食べる私たちに、先生が「あなたたちが想像もできないくらい不潔なのよ!?」と言っていたが、でも宿舎では料理できないし、大学の食堂はすぐ閉まるし、配給キップがないからビスケットしか買えないし。

見ぬもの清し。春月先生のディープな中国生活。・・要るのかな? ここを乗り越えると、陶淵明や蘇軾の詩が、もっと深く味わえるようになる気もする。楽しみだな~♪(☚いつも前向き)

2025年3月3日月曜日

雨。山にもっと降れ~。各地の山火事がおさまるといいけど。東京の雪だるまマークは消えた。水曜だけ残っている。。。よよよーい♪(☚妖怪傘要らずの呪い)

北京に残した本は、できるだけ日本に持って帰る。とくに学研『漢和大字典』(旧版)、これは新版では削られた付録があり、研究室に1冊あるが、家にも置いておきたい。なんなら1階の1軍コーナー行きだ。

いまのアパートは、地下鉄が来るというから買ったが全然こないし、温泉が出るから買ったが冷たい状態でしか届かなくなったし、売って病院の近くに引越したいなら、それでもいい。賃貸できるのかな? 買うしかない🦆? 

家政婦(妹)はぎりぎりまで居て、私が来る時には(姉)に交代しているらしい。義姉(中医じゃないほう)が推薦する家政婦は「64歳の婆さん」だからダメだと言っていたが、自分だって「じいさん」のくせに。家政婦(妹)が騒いで、(姉)を呼びつけている気がする。

私だって「63歳の婆さん」だ、と気づいたら買い物の途中で可笑しくなって、ケラケラ笑ってしまった。病身の50代女性より、64歳の婆さん(陳さんたちの叔父さんの家政婦だった人)のほうが、気兼ねなくいろいろ頼めそう。陳さんだって64歳の時は、もっと元気だったでしょ? とやんわり(姉)を追い出したい。Gを素手でつかまえる人の料理、食べたくないよ~。

最近ずっとお腹の調子が悪い。去年8月は葬式も覚悟して行ったのだから、ま、どうでもいいっちゃ、どうでもいい。なるようにしか、ならない。おまけみたいな時間だ。なんて強がっていても、ストレスみたい。耳鳴りもひどい。

省试湘灵鼓瑟_百度百科

2025年3月2日日曜日

火曜の雪だるまは小さくなり、水曜に移ってきた。ふーっ、ふーっ!(☚雨雲を山のほうへ) 透析のない水曜日に出発⇒3週間⇒透析のない水曜日に帰国、の予定。カギを持っているから、留守でも勝手に出入りしますけど。

スーツケースは宅急便で空港へ。受け取ったあと自分で運ぶことを考えて、あまり重いものは詰めない。ギックリ腰が怖い。でも炊事する気満々で、割烹着も入れてみた~。腎臓によいレシピの本とか体操の本も、買っておいた。陳さんの意識が変わらないとダメだと思うけど。

うさぎ先生には拙宅に来ていただいたが、いま1階に自分の書いた論文や本、アルバム、「定年後はこれをぐるぐる何回も読めばいいのよ」本を、集めてある。『詩経』、『文選』、唐詩・宋詞、陶淵明・蘇軾、ってところですね。

陶淵明の良さはいまいち分からなかったが、年とったら何となくいい感じ。林田慎之助せんせの『陶淵明全詩文集』(ちくま学芸文庫)をリュックに入れて、持って行こうかな? 「車馬の喧しき」ありても「心遠ければ地自ら偏なり」、むしろ没頭できそう。

『楽府詩集(挿図本)』は、郊廟・鼓吹が終わって横吹になったら、なじみやすくなってきた。郊廟・鼓吹の内容が独特なのは、音楽の形態が違うからでは?、と曽智安『楽府詩音楽形態研究 以曲調考察為中心』を読み始めた。ちゃんと研究している人がいるのである~。

なので、どこかで私はまた白石君に戻る。しかし白石君だけガン見していても、白石君のことは見えない。

逢入京使_百度百科

2025年3月1日土曜日

3月になった。雪だるまマークがなかなか消えない。北京行きの荷造りは終わっているので、念のため空港に宅急便で送っておこうかな~。

北京に私の私物は、ほとんど無い。本を少し残してもらったが、いざとなったら捨ててもらって構わないものばかり。スーツケース1つに収まる量なので、引越し先に持って行ってもらう。陳さんもかなり断捨離すると思う。「したい、でも今は気力がない」と前から言っていたが、大魔神(私)が3週間も行くので、ついに動き出した? 

ご近所でも断捨離している家があるようで、毎回けっこうな量のゴミが出される。私も何周かしながら、少しずつ物を減らしている。現役時代は仕方ないですよね、こんな感じでも?

#236【2LDK㌀が物だらけの家】思い出が捨てられないシングルマザー👩解決困難⁉️問題山積みの家庭を救う片付けレシピ

私が最後まで捨てられない、というか人任せにできないのは、自分が書いた論文や本。もしかして見直しするかも、とそのために集めた資料は、研究室から家に運んだ。中を見ないで収納ボックスごと捨ててしまうかも知れないけど。

北京の本を見に来た古書店の人が、『欽定詞譜』だけ「これもいいんですか?」と確認した。目利きですニャ~。「ごんじー生活」に必要なのでは? 日本にもあるしネット検索もできるので、だいじょーぶ。

白石君の詞、とくに自度曲に和韻して作る、ってのもいいよね~。南宋の詞人が、何人かやっている。自度曲は17首あるが、私の原点は「長亭怨慢」である。

宋 姜夔 長亭怨慢 古琴/唐口簫/ 女聲 Slow Lament at The Tall Pavilion - Guqin, Tang Xiao Flute and Vocal

元は工尺譜で、簫で吹いたはず。それを琴譜にして、琴でも演奏されている。

姜夔:暗香 Jiang Kui: Hidden Fragrance (An Xiang); 唐世璋用絲絃古琴彈

唐世璋(John Thompson)は、アメリカの人。台湾で古琴を習ったらしい。

工尺譜が残っていれば、それを琴でも弾けるってことですね。まして作曲した本人は、お茶の子さいさい? 歌いながら弾いていたかも知れない。

Guqin 古琴 袁中平演奏 長亭怨慢 Yuan Jung-ping Lament of Departure on Guqin,

「何か一曲作ってよ」と例えば范成大に言われて、「あいよ!」と琴をつまびきながら作曲して、あとで工尺譜に残した可能性だって、ある🦆?

田家春望_百度百科