近所を散歩していたら、メイメイさんがいた。
まだ雪がちらついている。寒いのでコタツで、こんなん見て笑っている。
畑は、まだこんな。
私のコタツの中で、熊太郎が足枕。
4にゃんこ、一斉に寝て、一斉に騒ぐ。夜間はそれぞれ寝ていて、私が起きても「見てるだけ~」、早朝はそれぞれ奴隷(ニンゲン)のベッドにもぐり込むらしい。
熊太郎がいちばん人懐こい。昨晩は早く寝た私の足元に来ていたが、弟が連れてケージに入れた。階段の手すりに上がることを覚えて、茶太郎やチョコ太郎がハラハラしながら見上げている。子猫たちが茶太郎とにゃんプロを始めると、母猫が来てガン見、子猫に加勢して茶太郎と小競り合い、茶太郎は大人の対応、ちょっと可哀そう。
しかし茶太郎がやはり先住猫で主なので、奴隷(ニンゲン)、とくに母親の周りをウロウロ、いいように使っている。甘えん坊。
雪がまだ残っていた。フキノトウを採った。他の山菜は、GWだな。この辺りは桜も遅くて、東京より1か月ほど遅い。
母猫エゾーとチョコ太郎、この2人は仲良し。毛並みが似ていて、どっちがどっちだか。チョコ太郎のほうが、大きくなった。熊太郎はのびのび。
母猫エゾーは、警戒心が強い。
業務連絡:コースターです。ダブルみっちゃんは、何色がいいかな? 2つくらい候補を挙げてください。他の人にはLINEで聞きました。
風が強い。
昨日は掃除&洗濯。髪をカットして、白髪を染めた。今日は歯科検診。日本の日常生活にシフト。
新しい家政婦さん(陳さんに追い出されたけど)から、頻繁にメール。暇らしい。1時間いくら、の小さな仕事であっち行ったりこっち行ったり、隙間時間にチャット。音声入力で、ほかの家政婦さん仲間や家族とよくやりとりしていた。
(姉)には「病気になったのに冷たい」と言われたが、その感情は自分の家族に向けて欲しい。手術の後遺症で脚がちょっと不自由になり、器械を使って1日2回のマッサージ。それをしながら「陳さんの世話をしている」と言うので、「その話は(妹)にして。呼んだのは(妹)だから」と言ったら、黙ったけど。
「孤独で気の毒な老人」の世話を住みこみでやっている、家政婦でも「友だち」でも「姪」でもいいけどさ、私を責める前に「自分の家族はどうなの? 世話してくれないの?」って話だけど、それは言わなかった。(妹)だって、「弁護士で高収入の娘は何してるの? お母さんを他人の家で住みこみで働かせて、冷たいよね?」と、やはり言わなかった。
新しい家政婦さん(陳さんに追い出されたけど)のように、「自分で働いて、そのお金で自分の好きな服を買ったり、履き心地のいい靴を買ったり、したい」人は、他の女性の生き方を責めたりしない。「日本に戻ったら、仕事がんばらなきゃ。学生さんが待っていますよ♪」なんて、言っていた。「家政婦の何が恥ずかしいのかしら? 農民? 三代さかのぼればみんな農民でしょ?」と、(姉妹)の嘘を笑っていた。
不毛な争いなので、ぽぽぽーい♪ 自分の人生に集中したほうがいい。「こんな社会はおかしい!」という方向にシフトする人もいると思うけど。
陶淵明や蘇軾も、中央で政治闘争して疲弊するより、田園での農耕や詩作に集中した。農耕は必要に迫られて慣れないのに、だから苦労もあったが、その中でも楽しみを見つける天才だった。・・染みるわ~。
人生、無駄なことは何もない。無駄にするかどうかは、自分次第。転んだら「あ、こんなところに藁が!」とつかんで立ち上がり、わらしべ長者になる、と。
おっとー、忘れるところだった。『豊子愷 漫画古詩詞』の続き。詩人の時代順に配列。唐詩宋詞が圧倒的に多い。
強い追い風に乗って、30分早く日本へ着いたが、荷物がなかなか出てこなくて、それでも10時台に家に着き、お風呂も入って、12時。
やっぱりディープだった春月先生の北京生活。私を見送るといって、アパートの下まで行ってタクシーに乗せてから、陳さん、新しい家政婦さんを追い出していた。空港の搭乗口で撮った写真を、陳さんと家政婦さんに送ったら、家政婦さんから荷物の写真と「ご縁があったらまた会いましょう」のメッセージ。
どういうこと? と家政婦さんにメッセージや電話しても応答なし(移動中だった)。陳さんに電話して「家政婦さん、いるよね?」と聞いたら、「いるよ」と嘘をつかれた。羽田に着いてから家政婦さんのメッセージで、真相を知った。陳さんに電話すると、ぐずぐずしていたが、認めた。「騙したわね!」
ゴキブリだらけの台所とベランダに山積みのインスタント食品の写真を送って、「好きにしなよ、バイバイ!」
イヤならイヤで、正直に言って欲しかった。やたら「5000元じゃ安いってみんなに言われる」話をするのがちょっと、と私も思うところはあったが、健康を考えた食事と片付いて清潔な部屋、私はすごく満足だったのに。
しばらく独りで暮らすのか、すぐに(妹)が来るのか。そもそも(姉)に「いったん引き上げて」とか言いくるめて、辞めるふりして私が帰国したらすぐ呼び戻す気だったのか。でも(妹)の荷物をわざわざまとめて送って? そういう「密約」があったなら、(妹)が義姉2にガンガン電話する必要もなさそうだけど。もう訳わからん。
(姉妹)との共同生活は、私は考えられないので、陳さんが姉たちや妻(私)を遠ざけて(姉妹)と余生を送りたいなら、仕方ない、ぽぽぽーい♪ 私がいる間は(姉妹)は居なくなるからいいでしょ、という問題ではない。気色悪い。
家政婦さんは、「アーイー(と私のことを呼んでいた)のメンツを立てて、アーイーがいる間は自分を置いてくれていたわけだから」と慰めてくれたが、本当に恥ずかしい。「丸裸にされても面倒みるから」と義姉たちが言っていたので、もうそっちで勝手にやって欲しい。
正直、「陳さんと過ごす」ために中国に行くのが、しんどい。北京にしろハルピンにしろ、定住する? 日本の生活もろもろ捨てて? 医療保険も無しで? 無理っぽ。
ころな前は、別居期間は長くても互いに行ったり来たりだったし、ころな中から(姉妹)と色々あったようだが全く知らず、ころな後は23年秋の北京も24年春の杭州も、陳さんと何の疑いもなく過ごせていたのに。なんだかな~、病気のせいかも知れないけど、身勝手すぎる。つまらないことで嘘をつかれたら、もう何も信用できなくなるし。
引越し先に持って行く荷物をまとめては来たけど、捨てられてもいい物ばかり。陳さんと出会った李清照学会でもらった皿は、持って帰った。自分のは親戚の誰かにあげてしまって。とりあえず割らずに置いておこう。いい時もあったんだから。くそっ!
と書いたところで寝ようとしたが、寝付けない。あのアパートで、あの状態で独りでいるのか、とやはり心配になる。あれまあ。自分でいろいろ出来るだろうけど、誰か居たほうが、安心ではある。丸裸にされてのたれ死にしてしまえ、とまでは思わない。中国の陳さん名義の不動産や預貯金は、どうせ私が持ち出すことは難しいので、使い切ってくれればいい。それがあの(姉妹)と、はシャクに触るので知りたくないが、見ぬもの清しだ。
少しは眠れて、朝になった。陳さんは、フルころなの後遺症で小血管炎になった時、義姉3の病院に入院したが、ステロイドで炎症を抑える治療を途中でやめ、腎機能障害が残りやすいことも知らず、去年6月に緊急搬送された時も義姉3は「低血糖だから砂糖水を飲めばいい」と言って危うく死にかけた、と(姉妹)と同じことを言う。そこだけ見れば(姉妹)の言う通りで、陳さんも「義姉3は信用できない」のかも知れない。
私は(姉妹)の生活ぶりが、そもそも健康には良くないでしょ? (姉妹)が世話するようになって、体調はむしろ悪化してるでしょ? 「だからといって実の姉を敵視して、家政婦の言いなりでいいわけ?」と思っているわけだけど。私と(姉妹)とでは、まだ私のほうが上位だけど、(姉妹)と義姉では(姉妹)のほうが上位らしくて。(姉妹)のほうが親身に世話してくれている、と。
小血管炎がどういう病気か、ネットで検索したら、すぐ分かった。自分でしっかり学ばず、途中で薬を勝手にやめたのは、陳さん自身だ。病気になるのは仕方ないが、きちんと治療しないのは本人に責任がある。鬱の薬も、副作用があるからと、中断しがちだし。それでまともな判断ができない。本人はしっかりしているつもりでも。
(姉妹)自身もどちらも病気があり、とくに(姉)は癌の転移で手術して、けっこうボロボロ。(妹)も去年11月、「私もいつまで働けるか分からないし」なんて弱気なことを言っていた。陳さんがしばらく独りで生活して、自分で他の家政婦を見つけてくれるのが、一番だけど。
私に「仕事をやめて中国で世話してくれ」とは、陳さんはやはり最後まで言わない。「離婚して家政婦を後妻にする」とも決して言わないが。
留守の間に、中国から学会参加の誘いがあった。たぶん行かないけど。ようやく本場から声がかかるようになり、まだまだこれから、隠居は早い、という道もあるんだよな~。
透析の日、義姉たちとランチ。ここ1週間の家政婦さんの働きぶりを写真で義姉2にも送っていたので、正式に「契約」する。(姉妹)がまた来ても、安心安全(新しい家政婦さんも)できるように。
(姉妹)がいる時は手出しできなかったが、いなくなって改めて「これで世話してるって言えるの? 虐待じゃない!」と怒りがフツフツと沸いてきた。去年9月の10間滞在で、気づいてはいた。「義姉たちと対立し、私をお客さん扱いし、物を増やしすぎ、Gだらけにする」のがダメと、ここに書いていた。
陳さんの世話は熱心だと思って我慢していたが、ベタベタ触って世話を焼いているようで、却って弱らせている。食事もインスタントばかり、と今回(姉)が去って冷蔵庫やベランダの食材をチェックして、よく分かった。洗濯は洗濯機、掃除はルンバがやるし、確かに「家政婦じゃない」かもね。
昨日は陳さん、私が買ってきたリンゴを、自分で皮を剥いて食べていた。コーヒーも豆をひいて淹れたり、している。まだ自分の分しかやらないところが、「病人中」だけど。
今朝は早くからゴソゴソ何してるのかと思ったら、1人でシャワーしていた。去年の入院も、「あと2週間いて簡単にリハビリしてから退院」と義姉たちは言っていたのに、(姉妹)が強引に退院させて、「24時間体制でソファーで寝て看病している。文句あるなら1時間でもやってみたらいい」と言っていた。
そばに張りついている時間が長いのは(姉妹)だし、言い争いになったら激しいし、私もだけど皆、陳さんのために譲っていた。今回は「奥さん」が一歩も引かずに、陳さんを奪回!
春月先生のディープ⇒愉快な北京生活も、残りわずか。明日は透析で慌ただしいので今日、手作りギョウザで見送ってくれる。
3週間あったので、(姉妹)を追い出し、新しい家政婦さんにも慣れて、よかった。
私は苦手なねっとり(実は妹と同じ気性)の(姉)と喧嘩した時、中国の喧嘩はそういうものだと知っていたから大声で応戦したが、芝居じみて、わりと冷静、罵倒はしていない。「(妹)と同じね、義姉と対立するなら辞めるしかない、家政婦なんだから」と言っただけ。
(妹)は「2号さんみたい」と義姉たちには言ったけど、こらえた。(姉)は「カネ返してから言え!」とここには書いたけど、言わなかった。
「世話しない奥さんに口出しする資格ない」と言うので、「あなたのように世話するのが『奥さん』だというなら、あなたとは共通言語がない。もう黙って!」「あなたこそ黙りなさい、何様!」 寝室のドアをバンと閉めたら、追いかけてきてバンと開け、後ろの棚の物がバラバラ落ち、まだわめいているので、「わああああ~!」と大声で叫んだら、「きちがい」と言ってようやく出て行った。
私は本当に怒ると黙り込むタイプで、ここからが本番。寝室に込もって、(姉)の用意する食事に手をつけない。陳さんが部屋をのぞいて声をかけても、黙って首をふる。「こりゃ許す気ないな」と陳さんには分かって、(姉)が(妹)の荷物もまとめて出て行った。
陳さんが引き留める、「マシな」義姉2に訴えれば分かってもらえる、「あなたが決めることじゃない」とせせら笑っていたが、バーカ、どうなるか、とくと見よ!
新しい家政婦さんが、まともな人でよかった。去年6月からの緊張がほぐれた。陳さんも心身ともに少しずつリハビリして、ゆるゆる晩年を過ごしてほしい。
朝食。手前は、山芋入り雑穀粥。
久しぶりに中途覚醒せずに朝まで眠れた。(姉)とやりあってから、睡眠時間が乱れていた。
昨日は透析している間に王府井の書店へ行き、腎臓病の本(文字ばっか)と老人向け養生レシピの本を買った。新しい家政婦さんに渡す。料理上手で、「塩分控えめ、でも味気なくならないように」、作ってくれているけど。
義姉2がくれるうずらの卵、(姉妹)は「おいしくない」と捨てていたが、新しい家政婦さんは「自分で作ったほうが安いしおいしいから、今度作るわ」という。
私がいるところに来たせいもあって、私をお客さん扱いせず、女主人として振る舞うこともないので、楽だ~。家でくつろげるわ~。彼女が麺を1本ずつのばして茹でている様子を、ソファーで寝転がって鼻くそほじりながら見ていた私。くつろぎ過ぎ?
残留農薬があるから、って葉物はしばらく塩水に浸けてから、調理している。イチゴは2回ほど水で塩分を落とし、ほうれん草は茹でて和え物に、という具合。
食事が終わったらすぐ片付けて、コンロ周りや床も掃除。汚れをためない。ま、私も日本ではそういう生活だけど。「そのほうが楽だから」と、同じ考え。
私は非常に満足してます。「契約書を作りましょうね」と言ったら、前の勤め先にまだ置いてある荷物を取りに行く、という。そうだ、そうだ、(姉妹)が来ても居場所はない状態に、しておこう!✌️
私が使っている寝室に「友だち」として居座ったら、ホラーだけど。
(姉)は新しい家政婦さんに、陳さんの「友だち」と名乗ったらしい。だから私に「家政婦の仕事でしょ。給料もらってるでしょ?」と言われて、「はした金で何様?」と怒って、荷物まとめて出ていき、出ていったあとも電話してくるわけか~。
新しい家政婦さんは、やたら前の家での働きぶりをアピールするんだよね。「5000元でそこまでやる必要ないわよ、とみんなに言われたけど、最期まで精一杯お世話した」みたいな話を。(姉妹)が来たら追い出されるかも、と不安なのかも知れない。
「契約書」を交わしたほうがいいな。私か義姉が雇う形でもいい。「友だち」なら、新しい家政婦がちゃんと仕事してるか、見に来る可能性は高い。(妹)の娘が買ったルンバが残っているし。
陳さんは「ほっておいて、ルンバは向こうが取りに来たら渡せばいい」という。すぐに渡せるように、掃除して箱に入れておく。
台所のビフォーアフター、ベランダに山積みのインスタントラーメンと手打ちのさまざまな麺料理、写真を送りつけて「安心してね」ってやりたい気もするが、刺激しないで、また来たら丁寧に対応して、「これまでありがとう」ぐらい言ったほうが、後腐れなく切れるのだと思う。
きっと私が居る間は来ないので、新しい家政婦さんに「事情は知らないふりして、丁寧にお客さんとして対応して。相手にもメンツ残しておかないとね」と、言っておく。わー、面倒くせ!
陳さんは「家政婦だよ!」と言うけど、「向こうは『友だち』だってよ!」「知らないよ!」 そりゃそーだ。
図々しくない? こっちが「(家政婦だけど)友だちですよ」って言うなら分かるけど。こういう感覚は最初からずれていたので、どうしようもない。
中国は「友だちの友だちは友だち」社会で、紹介した友だちのメンツを潰したら、そのコミュニティから一斉にハブられる。
これまで私は、いい「友だちの輪」にいたが、陳さんがやっぱり孤独で弱ってたのかしらねえ(私のせいじゃないけど)。最初に変なの(妹)につかまると、連れてくる(姉)も変、という寸法。
昨日は透析の日、義姉たちとランチ。新しい家政婦さんの身分証を確認し、根掘り葉掘り質問、陳さんの体調や薬の話、これまでの家政婦経験の話、お互いの連絡先を交換。私からは、ここ2日間の仕事ぶり、私はとても満足していることを、義姉に話した。
(姉妹)とのバトルもぶちまけたので、私が帰国したあとで「戻ってきて騒がれたらどうしよう😖💧、陳さんがやっぱり(姉妹)がいいって言ったらどうしよう😞💨」と言うので、たぶん来ないと思うけど、「来たら通報してやれ」と義姉。
陳さんは慌ただしく(姉妹)を追い出して新しい家政婦さんに来てもらったことを、どう思っているのか。「困ったもんだ」と思っていただろうけど、新しい家政婦さんについては「まあまあだよ」と義姉に言ったそうな。「まあまあ」は陳さんの褒め言葉なので、合格。
仕事の範囲も確認。(姉)が勝手に「料理と透析の付き添いだけ」と交渉していたが、「一緒に暮らしていて、そんなわけにはいかない」と言うし、ハルピンにも行くと言ってくれて、一安心。
農村の出身だが、嫁が物流の会社を始めて、20年くらい前から町に住んでいるらしい。兄は村で畑もやっているそうな。冷蔵庫から葡萄を出したらカビだらけで、処理しながら、そんな話。
私は両親が農村の生まれで、米農家。私が子供の頃は、田植えや稲刈りの時期になると、手伝いに行ったこともある。東京で暮らしていたけど、年取ったら「山が恋しい」と言い出して、弟と田舎に移住して、趣味で葡萄やリンゴやメロンを作っている。
どれだけ手間がかかるか知っているから、こんな風に食べ物を粗末にするのは、心が傷む。粗末にする人と暮らしていたら、心がすさむ。などなど。
北京とハルピンを行ったり来たり、透析しながらできるのか。ベッドが限られているので、うまく連携できるのか、ハードルは高い。北京の中で引越するぐらいは、たいしたことはない。新しい家政婦さんが義姉と連絡とりながら、サポートしてくれるだろう。
眠れなかった。身体によくないな。
(姉)と大喧嘩。(妹)と同じ気性だった。今回は私も引き下がらず、応戦。(妹)は(姉)で繋いで戻って来る気で、私物をタンスに置いて行ったが、(姉)がまとめて一緒に持って出ていくみたい。どういうつもりで、(姉)はあんなに食って掛かってきたのか。
義姉2に電話で自分の正当性を訴えていたが、私を受け入れがたいなら、出ていくのは家政婦だ。発端は、例によって義姉たちが持たせたランチの残りを、(姉)が捨てようとしたから。最初から「捨てていいわよね?」と言って、ハンバーガーを注文していた。そこは伏せて、義姉にテーブルに放置していた私が悪いみたいに言っていた。
100%私が悪かったとしても、あそこまで罵りますかね? 「孤独で気の毒」と言いながら、来ると邪魔者扱いする。(妹)が奥さん気取りだった以外に、理由ある? 本物の奥さんが来たら、逃げ出す。電話でワアワア「日本に帰れ」って言ってたけど、「こっち来なさいよ! 二人で罵ればいいでしょ!」と言っても、来ない。負け犬め! もともと私がいる間は(姉)に、という時点で負けてたけど。
「陳さんに雇われていると言うけど、お金出しているのは私ですよ」が、結構効いたみたい。「家政婦の仕事でしょ? 仕事でやっているんでしょ?」が心外だったらしい。「何様?」「奥様ですが?」
「奥さんがやらないから、気の毒だからやっているのよ」ってことだと思うけど、だったら給料もらうな、金借りるな、って思う。曖昧にしてきた陳さんも悪い。家政婦に300万も貸すな! きっと貸し倒れだ。バカにしてるから、平気で借金できる。銀行から借りられないで、「孤独で気の毒な老人」から借りて、マンション買うな! 怖いわ~。図々しいにも程がある。
(妹)と(姉)で相談して、3月は(姉)、4月は(妹)ってことに、なっていたらしい。「妹はイヤなんでしょ?」「姉もイヤになったけど?」 陳さんも呑気すぎる。もともと物腰は柔らかいが(妹)と同じ「文化」のえげつない人だと思っていたけど、気性も同じだった。
日本人の腹黒い奥さんが、身内みたいに親身に世話していた家政婦を追い出した、でいいけどね。
雨。山にもっと降れ~。各地の山火事がおさまるといいけど。東京の雪だるまマークは消えた。水曜だけ残っている。。。よよよーい♪(☚妖怪傘要らずの呪い)
北京に残した本は、できるだけ日本に持って帰る。とくに学研『漢和大字典』(旧版)、これは新版では削られた付録があり、研究室に1冊あるが、家にも置いておきたい。なんなら1階の1軍コーナー行きだ。
いまのアパートは、地下鉄が来るというから買ったが全然こないし、温泉が出るから買ったが冷たい状態でしか届かなくなったし、売って病院の近くに引越したいなら、それでもいい。賃貸できるのかな? 買うしかない🦆?
家政婦(妹)はぎりぎりまで居て、私が来る時には(姉)に交代しているらしい。義姉(中医じゃないほう)が推薦する家政婦は「64歳の婆さん」だからダメだと言っていたが、自分だって「じいさん」のくせに。家政婦(妹)が騒いで、(姉)を呼びつけている気がする。
私だって「63歳の婆さん」だ、と気づいたら買い物の途中で可笑しくなって、ケラケラ笑ってしまった。病身の50代女性より、64歳の婆さん(陳さんたちの叔父さんの家政婦だった人)のほうが、気兼ねなくいろいろ頼めそう。陳さんだって64歳の時は、もっと元気だったでしょ? とやんわり(姉)を追い出したい。Gを素手でつかまえる人の料理、食べたくないよ~。
最近ずっとお腹の調子が悪い。去年8月は葬式も覚悟して行ったのだから、ま、どうでもいいっちゃ、どうでもいい。なるようにしか、ならない。おまけみたいな時間だ。なんて強がっていても、ストレスみたい。耳鳴りもひどい。
火曜の雪だるまは小さくなり、水曜に移ってきた。ふーっ、ふーっ!(☚雨雲を山のほうへ) 透析のない水曜日に出発⇒3週間⇒透析のない水曜日に帰国、の予定。カギを持っているから、留守でも勝手に出入りしますけど。
スーツケースは宅急便で空港へ。受け取ったあと自分で運ぶことを考えて、あまり重いものは詰めない。ギックリ腰が怖い。でも炊事する気満々で、割烹着も入れてみた~。腎臓によいレシピの本とか体操の本も、買っておいた。陳さんの意識が変わらないとダメだと思うけど。
うさぎ先生には拙宅に来ていただいたが、いま1階に自分の書いた論文や本、アルバム、「定年後はこれをぐるぐる何回も読めばいいのよ」本を、集めてある。『詩経』、『文選』、唐詩・宋詞、陶淵明・蘇軾、ってところですね。
陶淵明の良さはいまいち分からなかったが、年とったら何となくいい感じ。林田慎之助せんせの『陶淵明全詩文集』(ちくま学芸文庫)をリュックに入れて、持って行こうかな? 「車馬の喧しき」ありても「心遠ければ地自ら偏なり」、むしろ没頭できそう。
『楽府詩集(挿図本)』は、郊廟・鼓吹が終わって横吹になったら、なじみやすくなってきた。郊廟・鼓吹の内容が独特なのは、音楽の形態が違うからでは?、と曽智安『楽府詩音楽形態研究 以曲調考察為中心』を読み始めた。ちゃんと研究している人がいるのである~。
なので、どこかで私はまた白石君に戻る。しかし白石君だけガン見していても、白石君のことは見えない。
3月になった。雪だるまマークがなかなか消えない。北京行きの荷造りは終わっているので、念のため空港に宅急便で送っておこうかな~。
北京に私の私物は、ほとんど無い。本を少し残してもらったが、いざとなったら捨ててもらって構わないものばかり。スーツケース1つに収まる量なので、引越し先に持って行ってもらう。陳さんもかなり断捨離すると思う。「したい、でも今は気力がない」と前から言っていたが、大魔神(私)が3週間も行くので、ついに動き出した?
ご近所でも断捨離している家があるようで、毎回けっこうな量のゴミが出される。私も何周かしながら、少しずつ物を減らしている。現役時代は仕方ないですよね、こんな感じでも?
#236【2LDK㌀が物だらけの家】思い出が捨てられないシングルマザー👩解決困難⁉️問題山積みの家庭を救う片付けレシピ
私が最後まで捨てられない、というか人任せにできないのは、自分が書いた論文や本。もしかして見直しするかも、とそのために集めた資料は、研究室から家に運んだ。中を見ないで収納ボックスごと捨ててしまうかも知れないけど。
北京の本を見に来た古書店の人が、『欽定詞譜』だけ「これもいいんですか?」と確認した。目利きですニャ~。「ごんじー生活」に必要なのでは? 日本にもあるしネット検索もできるので、だいじょーぶ。
白石君の詞、とくに自度曲に和韻して作る、ってのもいいよね~。南宋の詞人が、何人かやっている。自度曲は17首あるが、私の原点は「長亭怨慢」である。
宋 姜夔 長亭怨慢 古琴/唐口簫/ 女聲 Slow Lament at The Tall Pavilion - Guqin, Tang Xiao Flute and Vocal
元は工尺譜で、簫で吹いたはず。それを琴譜にして、琴でも演奏されている。
姜夔:暗香 Jiang Kui: Hidden Fragrance (An Xiang); 唐世璋用絲絃古琴彈
唐世璋(John Thompson)は、アメリカの人。台湾で古琴を習ったらしい。
工尺譜が残っていれば、それを琴でも弾けるってことですね。まして作曲した本人は、お茶の子さいさい? 歌いながら弾いていたかも知れない。
Guqin 古琴 袁中平演奏 長亭怨慢 Yuan Jung-ping Lament of Departure on Guqin,
「何か一曲作ってよ」と例えば范成大に言われて、「あいよ!」と琴をつまびきながら作曲して、あとで工尺譜に残した可能性だって、ある🦆?