2025年10月31日金曜日

健康診断。

惨敗の予感しか、しない。ま、仕方ない。いろいろあって体調くずして、薬を飲んでいたし~。呼び出しを覚悟する。

終わったら、いろいろ食べたいな~。とりあえずお昼のお弁当は、鰻をドーン♪ 中国産だけど。


学生さんに送ってもらった、あの日の夕焼け空。富士山がちっさい。肉眼で見た時は、えらく感動したけどな~。


2025年10月30日木曜日

晴れ~♪ ありったけ洗濯、布団干し。

今朝も頭痛がひどかった。抗生剤は飲み終わり、痰や鼻水を出しやすくする薬と、かゆみを止める薬が、あと2日分。

左手親指の「ばね指」はいつまでも治らないし、こうして少しずつ壊れながら老いてゆくのだな~。でもまだ歯は抜けてないし、御の字?

2025年10月29日水曜日

授業。大丈夫かな~?

私が休んでいる間、学生たちも結構てんでに休んでいて、診断書を持って来る人もいた。

夜はちょっと頭痛。やっぱり疲れた。

2025年10月28日火曜日

北風。

耳鼻科でもらった薬の一部に、眠気が強くなる成分があるようで、昼間やたら寝て、夜もやたら寝ている。蓄膿症はまだ完治しない。抗生剤は5日飲みきり、足りるかしら?

2025年10月27日月曜日

秦の始皇帝⇒楚の項羽⇒漢の劉邦、と数十年かけて中原を焼け野原にしたあと、どうやってまた「王朝っぽく」仕上げていったのか。司馬相如たちの「粉飾」が不可欠だったよね~? 

とにかく量で勝負。全国から珍しい物、貴重な物をかき集めて。だって何もないんだもん。秦は巨大建造物をつくるのが得意だったので、真似てでかい宮殿を造っても、中がからっぽ。収穫物を奪いにくる匈奴をやっつけ、シルクロードを開いて西域からも文物を集め、せっせと都に貯め込んだのが、前漢時代だった。

血統をたどると「ならず者」に行き着いてしまうので、国家を何で束ねればいいのか、ですよね~。

何で「束ねられたい」かな? 日本はまだ戸籍なのか~。あれこれ動画を見ていて、女性総理を喜ぶ人たちも「そこは譲れない」ようで。

2025年10月26日日曜日

雨。

耳鼻科で薬をもらったので、鼻もだんだん回復へ。咳はそれなりに。

セミナー『史記』「高祖本紀」の予習、終わった。秦の始皇帝、楚の項羽、ともに1度は天下を取ったのに、すぐ造反されて潰れた。漢の劉邦は、どうして同じ轍を踏まずに済んだのか?

「高祖本紀」の後半は、項羽に勝ったあと次々に造反者を倒して、最終的に自分の子(8人)に領土を分配して、終わった。その過程は淡々と記述されているだけなので、造反した元功臣たちの伝や、次の「呂后本紀」などを読まないと、どうして漢がうまく王朝として成立できたのか、分からないのだろう。

王朝を維持する機能の1つが、儒教の「礼」で、私の関心事の音楽とその歌辞も、深く関わっている。と思うから、セミナーで『史記』を読んでいるわけだけど。・・来年度も『史記』かな? 『文選』は学生さんと読まなくても、自分で勝手に読むからニャ。

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正倉院文様の本が、最後のほうで紹介されていた。いつの間にかセリア刺繍学院の先輩「あらかん乙女」さんを、追い抜いていた?

2025年10月25日土曜日

鼻の奥が気持ち悪い。数日以内に発熱があった場合は、電話して予約を、ということなので電話して、耳鼻科へ行く。ただの風邪じゃなかったら、と遠慮していたが、むしろ耳鼻科はそういう時に行くらしい。私は喉から肺に行くことが多かったので、内科一択だったけど。

おかしな夢を見た。ねこちんと遊んでいたら古琴の師匠が登場して、「あ、師匠、元気だったんですね!」「そうだ、お前ら演奏会の準備はいいな!」「ええ~っ?」で、あわてて「如葉ちゃんかしら? お梅さんかしら? とにかく練習しなくちゃ!」で、目が覚めた。

朝勉しよ。セミナー『史記』予習の続きも。

2025年10月24日金曜日

休講。

鼻が蓄膿症っぽい、脳が腐りそう。漢方薬を買ってきたので、これで少し様子見。検査してないけど、ただの風邪でなかったなら、まだ「自宅待機」期間かも知れないし。でもマスクして買い物に行ってしまったけど。

咳はあまりひどくない。このまま鼻水と一緒に、抜けていくと助かる。肺に下りて喘息になると、長引くからな~。

明日から雨模様なので、ありったけ洗濯し、掃除機をかけ、邪気を一掃。咳と鼻水はだいぶ少なくなった。このまま抜けますように。

2025年10月23日木曜日

今朝の体温は36.5℃。いつもより高めだけど、まあまあ。熱が下がってきたら、咳と鼻水が。でもあまり多くない。これから?

何かこってりガッツリしたものが、食べたい。ハンバーグとか鰻とか。

現実的にはまだ体調不良なので、うどんに玉子を落として、くらい。

2025年10月22日水曜日

休講。

今朝も38℃スタート。さすがにまずいな。近所のかかりつけ医は発熱外来があるけど、夕方5時からで、電話で予約しても「混んでいるのであさってなら」だったり、私もこれまでは半日くらいでサーッと熱が引いたので、行っていない。歩いて行くまでが、ひと苦労だし。もっと大きな病院は紹介状が必要だし、苦しくなったら救急車と思っていた。

以前肺炎になった時は、もっと高い熱が出て、家族が心配して救急車を呼んだら、着いた頃には解熱剤が効いて38℃まで下がっていて、「こんな熱で救急車を呼んで!」と看護師に叱られたが、「せっかくだから泊まっていく?」とレントゲンを撮ったら、「肺が真っ白!」 解熱剤が切れたころから咳が酷く、医者が「肺炎だったか~」 近所の医院では腎盂炎って言われたんだけど。

いちおう電話してみる? 何かルートがあるかも知れない。検査キットと食料とか、まだ配布しているかしら? 冷蔵庫に食材たっぷりあるけど。検査キットで病名が確定したところで、解熱剤や咳止めをくれるだけかな?、と思っていたが。

昨晩は夜8時にまた38℃を超えたので、怖くなって起きていたら、10時頃に37℃を切るまで下がったので、寝た。そして起きたら、また38℃だった。でも今また測ったら、37.5℃。酸素濃度は97~99。これで保健所に連絡したら、「そのまま外出しないで寝ていてください」って言われそう。もう1度測っても、37.5℃。布団から出たばかりで、身体が熱かった?

長野の弟に「かくかくしかじかで今週末も行けないから」と電話したら、母親は駐車場まで車椅子で出てきて、家から連れてきた茶太郎と面会、抱っこしたそうだ。ほー。看護師を派遣することはできないけど、2人いて車椅子のまま車に乗れるなら、一時帰宅してもいい、って。私は行けないので、従兄弟にでも頼んで、希望を叶えてやってほしい。リハビリ入院生活の、モチベーションになるのでは?

陳さんは家政婦(妹)とよろしく療養生活だし、私だけ1人で闘病ぢゃ。やれやれ。

と、ここまで書いてまた測ったら、37.1℃。「治ったころに連絡しないでください」って叱られる?

今日はずっと37℃前後、でも午後に38℃まで上がった時があって、我慢していたらまた37℃に下がった。これでも私には十分「発熱」なんだけど。喉はあまり痛くない。熱が上がりにくい「高齢者」のインフル?

2025年10月21日火曜日

朝また37.8℃。ほぼ38℃やん。関節痛がするので、たぶん熱があるな、と測る前から分かっていたけど。咳&鼻水は少し。熱が下がってきたら、もっと咳&鼻水が出ると思ふ。いまは身体が熱くて、出づらい感じ。水分はたっぷり補給して、トイレはちょこちょこと。

1人で闘病。といっても風邪か、インフル、ころな。肺炎になったら、やばい。枕元に須磨子を置いておく。

今日もずっと発熱。午前中、寝て起きたら38℃を超えていたので、バファリン1回。午後は一時的に36℃台まで下がったが、夕方またじわじわ上がってきたので、バファリン1回。1日2回まで、らしい。

熱が長引くな~。こんなのは初めて。喉の痛みは、さほどではない。

2025年10月20日月曜日

悪化している。今日も全力で、休む。

今日はずっと発熱、38℃⇒バファリンで37℃台。あまり下がらない。バファリンを飲まなければ、もっと高熱? 午前中に1回、寝すぎて頭痛がしたので夕方1回、飲んだ。

夕飯を食べたあと、風呂も入った。バファリンが効いてきたのか、夜は36℃台後半。私にとってはまだ微熱だけど。ふだん低体温すぎる!

長野と行ったり来たりで、疲れが出たな~。新潟の従兄が母親の見舞いに来てくれて、私に「毎週来い」と言っていたらしいが、無理っぽ。世間の人はみんな、丈夫なんだね。

2025年10月19日日曜日

まずい、喉が痛い。喘息にならないよう、全力で闘わなくては! まずは板藍根を飲んで、寝る!

気管支喘息の原因や症状、治し方について解説 | ヒロオカクリニック

2025年10月17日金曜日

秋晴れ~♪

研究室はポカポカ♪になるが、カメムシが侵入しようとする。。しっかり茶色に大きく育ったカメムシ。越冬されたらイヤだ。

2025年10月16日木曜日

さぶっ。と言いつつ、朝は窓を開けて換気する。

2025年10月13日月曜日

雨。

昨日はよく晴れて、カメムシが大量に窓に張り付いて、気持ち悪かった。越冬する場所を探しているらしい。日が陰ってきたら、どこかへ行った。今日はいない。

コタツに猫たちが群がってきたので、そのままドアも開けて寝たら、明け方ベッドに茶太郎が飛び乗ってきて、枕元で踏み踏み⇒喉ゴロゴロ。気が済むまでやらせて、起きようとしたら足元に熊太郎が寝ていた。・・幸せ!

2025年10月12日日曜日

夜間の中途覚醒。寝る前に葡萄を食べたので、トイレ。

近くの病院に、知り合いの農家さんも入院していた。ナースステーションの前の病室で、看護師さんの会話が丸聞こえ、「ただでさえ知り合いだらけなのに、プライバシーなんてあったもんじゃない」そうだ。

母親は退屈していた。「頭の体操」はないし、リハビリもちょっと揉むだけで、「これじゃあ、いつまでも帰れないじゃない!」と怒っていた。まだ点滴もしているし、下手に起き上って転んだら厄介だし、あわててもしょうがない。電動ベッドをちょっと操作しただけで看護師さんが様子を見に来る。家では24時間体制でここまで出来ない。「頭の体操なんかつまらない、って言ってなかった?」 厄介な患者様だ。

私がいる間に「薪運びを手伝ってもらいなさいよ」と言うので、「やだよ、疲れて倒れちゃうよ」と拒否。薪は弟がすでに運んでいたが、買い物もいろいろしてあって、「何か作って」と言う。作ったら食べるんかい! 文句言わせねーぞ!

2025年10月11日土曜日

長野へ。三連休の初日の土曜、新幹線のチケットは少し遅めの席しかなかった。

母親はまだ介助が必要な状態で、家で生活するのは無理だと思う。弟に介護する覚悟があるならいいけど、あっても出来そうにないし、ギスギスしそう。ただ近くの病院への不信感もあるようで、母親や弟を諭しに行くようなものですね。

不信感は例えば、冬頃からずっと朝起きるとお腹が痛くて、いま思えばその頃から虚血性大腸炎で、そのために貧血気味でふらついて転倒して捻挫したのかも知れないけど、検査もせずに漢方薬をくれただけだったとか、脳梗塞になった日も午前中に病院へ行ったのに、診察室に入る時の様子や話し方で「もしや?」と疑うこともせず、捻挫の足のレントゲンを撮って「痛いのはみんな同じ!」と追い返されただけだったとか。

新しい病院になって病床が少し減ったことも、弟は怒っていた。でも全国的に赤字経営の病院は病床を減らすように厚生省から指導があって、減らしたのだと思う。長野県で1位2位を争う貧乏病院らしいし。いちおう救急もある総合病院だけど。弟も「田舎だけに云々」がちらほら見える。好きで東京から移住したくせに、と「田舎の人」は思うだろうな~。

私は陳さんの件で鍛えられたので、周囲がどう圧力をかけようと、自分に出来ることと出来ないことをハッキリさせて、出来ることは精一杯やるけど、出来ないことを無理にやって結局「崩壊!」するのは避けたい。みんな不幸だと思う。周囲(例えば隣の大学芋奥さん)の圧力は、本当にウザい。東京にもまだまだ「田舎者」がいるな~。

2025年10月10日金曜日

曇り。すーしー。

セミナー『史記』「高祖本紀」の予習は、半分ほど終わった。いったん研究室に持ち返る。明日からまたちょっと長野へ。

母親は虚血性大腸炎の治療の絶食が終わり、ゼリー⇒おかゆ⇒「ふみまきが食べたい!」になっているらしい。文明堂のカステラである~。以前は近所の商店街に文明堂のお店があったが、数年前に撤退したので、ネットで注文した。

近くの病院になって欲が出たのか、「家に帰りたい!」とも言っているらしい。まだリハビリが必要でしょ! でも「外出」くらいは出来るかも知れない。

寝間着はレンタルすることにした。オムツとあわせて1日1000円。「介助する人が使いやすい寝間着がいいよ。切らさずに洗濯して届けるのは枚数も必要だし、大変だと思うよ」と言って。

適当に手を抜きながらやらないと、悲惨なことになりそう。

2025年10月9日木曜日

あっつい。夜間の中途覚醒(たぶん)。あとで二度寝する。

パソコンで書いていると、編集画面の右上にペンのマークがある。クリックしてみたが、「とくに検索リンクするものはありません」てなメッセージが出て、何を検索リンクするのか、よう分からん。ビジネス用かな?

昨日は授業途中の休憩時間に、学生が騒ぐので一緒に廊下に出たら、綺麗な夕焼けと、その向こうに富士山のシルエットがくっきり♪ 須磨子を連れていないので、写真には残せなかった。「先生が見た風景の中で、何番目に綺麗ですか?」と聞かれたが、「1番かもね~。とくに学生さんと見たのが、きっと思い出に残るわね~♪」

風景だけなら、きっと感動が薄いタイプだな、私は。誰かと何かをした時の、「あの!」風景、がきっと記憶に残るタイプだ。

授業のない日に、頃合いを見計らってあのスポットへ行けば、夕日が落ちてすっかり暗くなるまで富士山を堪能できるだろうけど、たぶん行かない。授業中なのに偶然見たから、とても良かった。

2025年10月8日水曜日

寒露。

ここの仕様が変わった。検索リンクを自動挿入? ふーん。

2025年10月7日火曜日

曇り。昨晩も雲が多く、その向こうの月に向かって、原点回帰して「うるちまい!」と念を送りました。みんな、そろそろ新米、食べてるかな~?

生米かい! 原点に戻りすぎ?

2025年10月6日月曜日

中秋節。今年は閏6月があったので、遅め。重陽節は今月29日。

晴れて月が見えるかな~? ちょっと曇り気味だけど。

月に向かって念を送る日だった。「う」で始まるものが、いいな。月にはウサギがいるから。


ペリカン? いやいや、ウサギ。ふりかえって月を仰いでいる(たぶん)。

  天の原ふりさけ見れば春日なる 三笠の山に出でし月かも

🦆? 違うって。月と都とどっちが遠い?、なんて問答もあったな。月を仰いで、いろいろ思いを馳せませう。


近所の商店街でゲット。

2025年10月5日日曜日

ポエムが負けた。さすがに、アレじゃあ、ねえ? セクシーだったんだけどな~。(どこがだよっ!)

2025年10月4日土曜日

雨が降ったりやんだり、の予報。洗濯がしづらい。明日のほうがマシ?

セミナー『史記』の予習。「項羽本紀」はちょっと端折って、「高祖本紀」へ。いちおう項羽と劉邦をやった、ってことにして、来年度はどうしよう? 

定年前の最後の年なので、『文選』にするか、現代中国語の基礎となった作家たちにするか。原点に戻って、魯迅・老舎・朱自清(それぞれ朗読がある)の作品を読むのもいいかな~。

2025年10月3日金曜日

晴れ~♪ 薄い雲が多め、涼しい。明日から天気がぐずついて、「秋の空」になるらしい。でもようやく秋だな~。

お弁当生活が始まった。今朝は、ミシガン時代の友人(アメリカ在住)からもらったカシューナッツも入れて、イカとエリンギと一緒に、炒め煮。

ほーほっほっほ。私だって家事はちゃんとしているのだ。自分のペースでやる分には、まったく問題ない。人の都合にあわせて、人のペースでやり、さらにダメ出しばかりされるのが、イヤなのだ。

隣の大学芋奥さんにメロンをあげたら、急に機嫌を直して、数年ぶりに向こうから挨拶するようになった。お向かいさんから話を聞いていて、長野の母親の具合を尋ねる。そこまではいいけど、「東京に呼び寄せなさいよ」と言う。「なんで?」 

御主人は施設に入れたそうだ。仙台で働いている息子に、「お母さんも倒れちゃうよ」と言われて。でも「私があなたの歳の頃は、ピンピンしていたわよ!」 あーそうですか。どういうマウントの取り方なんだ? めんどくせー。

「だったら御主人を、仙台で働いている息子の元に、送り届けたらどうですか? 介護は実子。嫁に世話させようはダメですよ?」とは、言わなかった。やれやれぢゃ。

母親は家の近所の病院に転院し、そこは移転したばかりで設備等が新しくなったが、寝間着レンタル1日1000円とか、テレビ1日300円とか、何かとお金がかかるらしい。オムツは仕方ないにしても、寝間着は自分で用意して洗濯、テレビはタブレットを買って設定し、ネット(Wi-Fiが繋がる)でトルコのドラマ、などと弟が言っていた。

任せるけど、「大変だと思ったら無理せず、レンタルにしなさいよ」と言うつもり。父親の時は、私がほとんど毎日、病院へ着替えを持って行ったり、洗濯物を持って帰ったり、何も用事がなくても夕食の時間にいて話し相手をしたり。病状が悪くなってくると、医者は私にまず話をするし、入院していて完全看護だから家族は楽でしょ、というわけでもない。

2025年10月2日木曜日

さぶっ。晴れ~♪ 寝具を冬用に模様替えしよう。あれこれ干すぞ~。

秋の夜長、昨晩は何もせず、爆睡。久しぶりの通勤電車で疲れたからニャ。授業は初日から平常運転。こっちは慣れたもので、なんてことない。

2025年10月1日水曜日

雨。気温が急降下。後期が始まり、授業。帰宅が遅くなるな~。これから日が暮れるのが早くなるしな~。秋の夜長だな~。