2025年10月31日金曜日
2025年10月30日木曜日
2025年10月27日月曜日
秦の始皇帝⇒楚の項羽⇒漢の劉邦、と数十年かけて中原を焼け野原にしたあと、どうやってまた「王朝っぽく」仕上げていったのか。司馬相如たちの「粉飾」が不可欠だったよね~?
とにかく量で勝負。全国から珍しい物、貴重な物をかき集めて。だって何もないんだもん。秦は巨大建造物をつくるのが得意だったので、真似てでかい宮殿を造っても、中がからっぽ。収穫物を奪いにくる匈奴をやっつけ、シルクロードを開いて西域からも文物を集め、せっせと都に貯め込んだのが、前漢時代だった。
血統をたどると「ならず者」に行き着いてしまうので、国家を何で束ねればいいのか、ですよね~。
何で「束ねられたい」かな? 日本はまだ戸籍なのか~。あれこれ動画を見ていて、女性総理を喜ぶ人たちも「そこは譲れない」ようで。
2025年10月26日日曜日
雨。
耳鼻科で薬をもらったので、鼻もだんだん回復へ。咳はそれなりに。
セミナー『史記』「高祖本紀」の予習、終わった。秦の始皇帝、楚の項羽、ともに1度は天下を取ったのに、すぐ造反されて潰れた。漢の劉邦は、どうして同じ轍を踏まずに済んだのか?
「高祖本紀」の後半は、項羽に勝ったあと次々に造反者を倒して、最終的に自分の子(8人)に領土を分配して、終わった。その過程は淡々と記述されているだけなので、造反した元功臣たちの伝や、次の「呂后本紀」などを読まないと、どうして漢がうまく王朝として成立できたのか、分からないのだろう。
王朝を維持する機能の1つが、儒教の「礼」で、私の関心事の音楽とその歌辞も、深く関わっている。と思うから、セミナーで『史記』を読んでいるわけだけど。・・来年度も『史記』かな? 『文選』は学生さんと読まなくても、自分で勝手に読むからニャ。
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正倉院文様の本が、最後のほうで紹介されていた。いつの間にかセリア刺繍学院の先輩「あらかん乙女」さんを、追い抜いていた?
2025年10月25日土曜日
2025年10月24日金曜日
2025年10月23日木曜日
2025年10月22日水曜日
休講。
今朝も38℃スタート。さすがにまずいな。近所のかかりつけ医は発熱外来があるけど、夕方5時からで、電話で予約しても「混んでいるのであさってなら」だったり、私もこれまでは半日くらいでサーッと熱が引いたので、行っていない。歩いて行くまでが、ひと苦労だし。もっと大きな病院は紹介状が必要だし、苦しくなったら救急車と思っていた。
以前肺炎になった時は、もっと高い熱が出て、家族が心配して救急車を呼んだら、着いた頃には解熱剤が効いて38℃まで下がっていて、「こんな熱で救急車を呼んで!」と看護師に叱られたが、「せっかくだから泊まっていく?」とレントゲンを撮ったら、「肺が真っ白!」 解熱剤が切れたころから咳が酷く、医者が「肺炎だったか~」 近所の医院では腎盂炎って言われたんだけど。
いちおう電話してみる? 何かルートがあるかも知れない。検査キットと食料とか、まだ配布しているかしら? 冷蔵庫に食材たっぷりあるけど。検査キットで病名が確定したところで、解熱剤や咳止めをくれるだけかな?、と思っていたが。
昨晩は夜8時にまた38℃を超えたので、怖くなって起きていたら、10時頃に37℃を切るまで下がったので、寝た。そして起きたら、また38℃だった。でも今また測ったら、37.5℃。酸素濃度は97~99。これで保健所に連絡したら、「そのまま外出しないで寝ていてください」って言われそう。もう1度測っても、37.5℃。布団から出たばかりで、身体が熱かった?
長野の弟に「かくかくしかじかで今週末も行けないから」と電話したら、母親は駐車場まで車椅子で出てきて、家から連れてきた茶太郎と面会、抱っこしたそうだ。ほー。看護師を派遣することはできないけど、2人いて車椅子のまま車に乗れるなら、一時帰宅してもいい、って。私は行けないので、従兄弟にでも頼んで、希望を叶えてやってほしい。リハビリ入院生活の、モチベーションになるのでは?
陳さんは家政婦(妹)とよろしく療養生活だし、私だけ1人で闘病ぢゃ。やれやれ。
と、ここまで書いてまた測ったら、37.1℃。「治ったころに連絡しないでください」って叱られる?
今日はずっと37℃前後、でも午後に38℃まで上がった時があって、我慢していたらまた37℃に下がった。これでも私には十分「発熱」なんだけど。喉はあまり痛くない。熱が上がりにくい「高齢者」のインフル?
2025年10月21日火曜日
2025年10月20日月曜日
2025年10月16日木曜日
2025年10月14日火曜日
2025年10月13日月曜日
2025年10月12日日曜日
夜間の中途覚醒。寝る前に葡萄を食べたので、トイレ。
近くの病院に、知り合いの農家さんも入院していた。ナースステーションの前の病室で、看護師さんの会話が丸聞こえ、「ただでさえ知り合いだらけなのに、プライバシーなんてあったもんじゃない」そうだ。
母親は退屈していた。「頭の体操」はないし、リハビリもちょっと揉むだけで、「これじゃあ、いつまでも帰れないじゃない!」と怒っていた。まだ点滴もしているし、下手に起き上って転んだら厄介だし、あわててもしょうがない。電動ベッドをちょっと操作しただけで看護師さんが様子を見に来る。家では24時間体制でここまで出来ない。「頭の体操なんかつまらない、って言ってなかった?」 厄介な患者様だ。
私がいる間に「薪運びを手伝ってもらいなさいよ」と言うので、「やだよ、疲れて倒れちゃうよ」と拒否。薪は弟がすでに運んでいたが、買い物もいろいろしてあって、「何か作って」と言う。作ったら食べるんかい! 文句言わせねーぞ!
2025年10月11日土曜日
長野へ。三連休の初日の土曜、新幹線のチケットは少し遅めの席しかなかった。
母親はまだ介助が必要な状態で、家で生活するのは無理だと思う。弟に介護する覚悟があるならいいけど、あっても出来そうにないし、ギスギスしそう。ただ近くの病院への不信感もあるようで、母親や弟を諭しに行くようなものですね。
不信感は例えば、冬頃からずっと朝起きるとお腹が痛くて、いま思えばその頃から虚血性大腸炎で、そのために貧血気味でふらついて転倒して捻挫したのかも知れないけど、検査もせずに漢方薬をくれただけだったとか、脳梗塞になった日も午前中に病院へ行ったのに、診察室に入る時の様子や話し方で「もしや?」と疑うこともせず、捻挫の足のレントゲンを撮って「痛いのはみんな同じ!」と追い返されただけだったとか。
新しい病院になって病床が少し減ったことも、弟は怒っていた。でも全国的に赤字経営の病院は病床を減らすように厚生省から指導があって、減らしたのだと思う。長野県で1位2位を争う貧乏病院らしいし。いちおう救急もある総合病院だけど。弟も「田舎だけに云々」がちらほら見える。好きで東京から移住したくせに、と「田舎の人」は思うだろうな~。
私は陳さんの件で鍛えられたので、周囲がどう圧力をかけようと、自分に出来ることと出来ないことをハッキリさせて、出来ることは精一杯やるけど、出来ないことを無理にやって結局「崩壊!」するのは避けたい。みんな不幸だと思う。周囲(例えば隣の大学芋奥さん)の圧力は、本当にウザい。東京にもまだまだ「田舎者」がいるな~。
2025年10月10日金曜日
2025年10月9日木曜日
あっつい。夜間の中途覚醒(たぶん)。あとで二度寝する。
パソコンで書いていると、編集画面の右上にペンのマークがある。クリックしてみたが、「とくに検索リンクするものはありません」てなメッセージが出て、何を検索リンクするのか、よう分からん。ビジネス用かな?
昨日は授業途中の休憩時間に、学生が騒ぐので一緒に廊下に出たら、綺麗な夕焼けと、その向こうに富士山のシルエットがくっきり♪ 須磨子を連れていないので、写真には残せなかった。「先生が見た風景の中で、何番目に綺麗ですか?」と聞かれたが、「1番かもね~。とくに学生さんと見たのが、きっと思い出に残るわね~♪」
風景だけなら、きっと感動が薄いタイプだな、私は。誰かと何かをした時の、「あの!」風景、がきっと記憶に残るタイプだ。
授業のない日に、頃合いを見計らってあのスポットへ行けば、夕日が落ちてすっかり暗くなるまで富士山を堪能できるだろうけど、たぶん行かない。授業中なのに偶然見たから、とても良かった。
2025年10月8日水曜日
2025年10月6日月曜日
2025年10月4日土曜日
2025年10月3日金曜日
晴れ~♪ 薄い雲が多め、涼しい。明日から天気がぐずついて、「秋の空」になるらしい。でもようやく秋だな~。
お弁当生活が始まった。今朝は、ミシガン時代の友人(アメリカ在住)からもらったカシューナッツも入れて、イカとエリンギと一緒に、炒め煮。
ほーほっほっほ。私だって家事はちゃんとしているのだ。自分のペースでやる分には、まったく問題ない。人の都合にあわせて、人のペースでやり、さらにダメ出しばかりされるのが、イヤなのだ。
隣の大学芋奥さんにメロンをあげたら、急に機嫌を直して、数年ぶりに向こうから挨拶するようになった。お向かいさんから話を聞いていて、長野の母親の具合を尋ねる。そこまではいいけど、「東京に呼び寄せなさいよ」と言う。「なんで?」
御主人は施設に入れたそうだ。仙台で働いている息子に、「お母さんも倒れちゃうよ」と言われて。でも「私があなたの歳の頃は、ピンピンしていたわよ!」 あーそうですか。どういうマウントの取り方なんだ? めんどくせー。
「だったら御主人を、仙台で働いている息子の元に、送り届けたらどうですか? 介護は実子。嫁に世話させようはダメですよ?」とは、言わなかった。やれやれぢゃ。
母親は家の近所の病院に転院し、そこは移転したばかりで設備等が新しくなったが、寝間着レンタル1日1000円とか、テレビ1日300円とか、何かとお金がかかるらしい。オムツは仕方ないにしても、寝間着は自分で用意して洗濯、テレビはタブレットを買って設定し、ネット(Wi-Fiが繋がる)でトルコのドラマ、などと弟が言っていた。
任せるけど、「大変だと思ったら無理せず、レンタルにしなさいよ」と言うつもり。父親の時は、私がほとんど毎日、病院へ着替えを持って行ったり、洗濯物を持って帰ったり、何も用事がなくても夕食の時間にいて話し相手をしたり。病状が悪くなってくると、医者は私にまず話をするし、入院していて完全看護だから家族は楽でしょ、というわけでもない。
