2024年7月31日水曜日
2024年7月30日火曜日
2024年7月29日月曜日
2024年7月28日日曜日
あちー。いつの間にかパリ五輪が始まっていた。柔道で世紀の大誤審とか、暑苦しい話題がさっそく。無礼金(こんな字に変換された)だけ、ちょっと見てみたいかな~。
もう少し寝たいので、『春秋左氏伝』訳註でも読もう。
去年の今ごろ、『詩経』関係の本を読んでいて、
白川静せんせは、「〔詩経〕の学は、おそらく〔左伝〕の成立と深く関係しているように思う」と書いている(平凡社「東洋文庫」所収『詩経国風』解説)。
などと書いていたが、さっそく「潁考叔は篤孝の人である。自分の母に対する愛を荘公にまで推し及ぼした。『詩』に、孝子は独りとさるるなし、続く仲間の絶ゆるなければ。(大雅既酔)とあるのは、このことであろうか」(隠公元年夏五月の伝)なんて、出てきた。
このあとも、『詩経』のこれこれの詩は、このことを歌ったのであろうか、とポロポロ出てくるみたい。『史記』「秦本紀」で遠いご先祖から、近隣諸国と領土を取ったり取られたりの歴史を見てきたので、なるほど、逸話集みたいな「左伝」も面白い🦆?
昨日の『史記』の本は、まあまあ知っていることが多かったが、秦の焚書でも『秦記』は除外された、というので、だから『左伝』以降のことも書けたのね、エピソードっぽいのは減ったけど、と納得。『左伝』以前のちょっと面白い話は、「ネタ元は『左伝』だよね」が続いていた。
2024年7月27日土曜日
安定の、夜間中途覚醒。寝る時は寒く感じて、タオルケットかぶって寝たんだけど、暑くて目が覚めた。やれやれ。立秋までは、こんな感じなのかな?
寝直して起きたら、今朝の雲は秋みたい。でもミンミンが鳴き始めた。室温は30℃。たぶんセミが正しい。
研究室から佐藤信弥『古代中国王朝史の誕生――歴史はどう記述されてきたか』(ちくま新書)を持ってきた。⇒読み終わった。来週、また研究室に持っていく。
セミナー『史記』は「秦本紀」の3分の2くらい読んで、学生が「続きも読みたい」というので、後期に持ち越し。私は最後まで予習終わっているので、『詩経』や屈原の時代を通り過ぎ、竹簡作りもしたし、『史記』は今年度で店じまいでもいいかな~、な気分。
ちょっと初心に戻って、「100年読まれた中国語を味わう」とか、「1000年読まれた中国語を味わう」とか、やってもいいかな。
その前に、今年の夏休みは『史記』祭りになる🦆?
2024年7月26日金曜日
2024年7月25日木曜日
2024年7月24日水曜日
あちあち、ムシムシ。
土曜の丑の日。今年は私もウナギを食べちゃう? 「う」が付けばいいらしくて、うどん、卯の花、牛の肉、うさぎ先生のカレー、選択肢はいろいろ。
昨日、髪をカットしたので、洗いっぱなしでアタマから気化熱で冷やす。首に手ぬぐい巻いて、滴る水を受けて。私はそれでも耐えられるが、パソコンが壊れると困るので、室温が35℃を超えたら、エアコンを入れる。それまでは扇風機。
という話をカットしてもらいながらしたら、「熱中症になりますよ」と叱られた。その人はなったことがあって、「気がついた時には動けません」という。
なので昨晩はエアコンをつけたまま寝たが、音が気になって、しっかり眠った気がしない。どうすりゃいいだか。
2024年7月23日火曜日
2024年7月22日月曜日
2024年7月21日日曜日
雨。昨夕は雷雨、夜中はけっこう強く降っていた。これから止んで、また35℃まで上がる予報。関東の梅雨は明けた、と私も宣言しませう。
昨日は帰宅したら、室温が37℃を超えていた。パソコンがぶっ壊れるので、クーラーをつける。つけても、なかなか冷えない。家があっちっち? たまに夕立でもないと、困りますね。
『史記』「秦本紀」は、ほっそい竹簡に小さな字で1行50字くらい書かないと、1巻では書き終わらない。文字数がけっこうある。細いだけではダメで、薄くないと巻けない、と思う。
『論語』や『老子』の一巻って、もっと分量が少ないかな? でも司馬遷より後に整理して、書名やら篇名やら付けたというので、分かりませんね。
ここの複製品を、以前、買ったよ。
ん~、清書は帛書にしたかも?
2024年7月20日土曜日
あちー。
昨日は水曜のテストを受けられなかった学生だけ追試だったが、話をよく聞いていなくて、教室に来てガッカリした学生が、やはりいた。
「えぇ~、この授業のためだけに来たんですよぉ~。努力を評価して、5点くらい足してください」「そんなの努力のうちに入らないでしょ」「風呂にも入ってきたんですよぉ~」「ハハハハ、暑いからね、梅雨も明けたし」ってか、お茶目な学生さんのお陰で、若い気分でいられるわ。
私は朝シャワーして出た日はあまりなかったが、これからは必要かな~。冷感シートだけでは足りない?
研究室に兪平伯(わっ、エイトクさんが一発変換してくれた)の『清真詞釈』があったので、持ってきた。清真は邦彦君の号です。昔の活字で、非常に読みづらい。恩師がくれた『はじめての宋詩』(明治書院)も持ってきた。こちらは「入門書としての幾つかの工夫を試み」ていて、とても読みやすい。
竹簡を最後まで書いた。あと1束やっても、「秦本紀」はとうてい終わらないので、これにて終了。最後に「秦本紀之一」「太史公書」と書いた。
原文は、これ(↓)。私が書いたのは「3」の最後、「・・姓趙氏」まで。
2024年7月19日金曜日
2024年7月18日木曜日
2024年7月17日水曜日
すーしー。朝だけだ、きっと。明日から暑くなって、もう梅雨明け?
授業も今週でおしまい。テストと採点。来週は他の科目の試験助っ人。それが終わったら、夏休み。後期は10月からで、丸々2ヶ月ある。
陳さんの体調が悪く、中国へ行くタイミングが難しい。私が行くと「世話しなきゃ!」でハラハラするので、「落ち着くまで待って!」と義姉さんに言われている。3月の杭州でも、うさぎ先生にくどくど「春月をお願い」していたので、仕方なく我慢している。1人でも中国でやっていけると思うけどね、小突き回されながら。
私も平気なわけではなく、考えると呼吸が浅くなる。なので授業と片づけで、気を紛らわせていた。が、どちらもほぼ終わり、さて、夏休みは何するかな~?
竹簡作りは、1巻=内容&物量だったと思うが、いま力持ちの悪来が登場した辺りで、残りで「秦本紀」が書き終わるとは思えない。もっと細長い竹簡にもっと小さな字で書いていたのかな? 「竹簡を繋げばいいんじゃないですか?」と学生さんが言うけど、「太巻きみたいにならない?」
自分用にもう1束あるので、とりあえず、ちまちま書いてみようかな?
2024年7月16日火曜日
ねむっ。昨晩は涼しかったので1枚多めに着て寝たら、夜間に暑くて起きてしまった。冷感シートで首元を涼しくして、寝直します。
アーモンドミルクを飲んで、水分補給。砂糖入りなので、飲んだあとは歯磨き。夜中に何やってんだか。いつも夜は菊花茶や白湯だけど、昨晩は手抜きでスーパーのお寿司だったので、寿司飯はヘンに喉が乾く。甘いもので体内のPHを調整(☚エビデンスはありません)。
日本製紙連合会 | 紙の基礎知識 | 紙のあれこれ | 紙の歴史 | 紙の伝播 (jpa.gr.jp)
この前、セミナー『史記』で紙の話になって、学生さんが「玄奘法師がインドへお経をとりに行った時、紙だったんですか?」というので、「お経の巻物を担いで帰ってきた」みたいな画が残っているんだけど、インドの修行僧が紙に書いていたかどうかは、怪しいんだよね、という話をした。
日本に紙が伝来したのは610年、玄奘は664年卒、紙がサマルカンドに伝わったのは757年、そのあとにもっと西へ、ということみたい。
日本製紙連合会 | 紙の基礎知識 | 紙のあれこれ | 紙の歴史 | 日本への伝播 (jpa.gr.jp)
日本に製紙法を伝えたのは、高句麗の僧だって。お寺で自分たちで紙と墨を作って、お経を書いていた、ということかな?
いろいろ整理していたら、遠藤光暁せんせの「宋・姜白石の詞・自度曲における平仄とメロディーの関係、『鶏林類事』における漢語声調と朝鮮語アクセントの相関、およびそれらの漢語北方方言声調史に占める位置に関する詩論」(1982年1月26日、ガリ版刷り、私が簡易製本)が、出てきた。
結論として、白石君の自度曲(自分で作曲した曲)の詞は、
②平仄は前の字に対する関係はなく、後ろの字に対する関係がある。
③平のあとは低くなり、仄のあとは高くなる。(すでに『宋姜白石創作歌曲研究』74頁で言われている)
遠藤先生とは、日中学院に王力先生が講演に来た時に、知り合ったのだと思う。あの頃は音韻学に興味があったが、「音韻学をやるには性格が大雑把すぎる」という理由で、指導教官に「文学をやりながら音韻に詳しい人」になるよう指導され、卒論は清代の詞韻書だった。
白石君の自度曲には、3年から4年になる春休みの中国団体旅行(指導教官が団長)で出会っている。陳応時先生の音律論の翻訳を手伝ったのも、その頃。それから「文学をやりながら音楽にも詳しい人」になっていくわけだが、もともと「歌うのが好きな人」だった。ずっと合唱部で。
導いてくれた恩師に感謝! あの時の団体旅行の資料なども、ファイルケースに入れて残してある。まだ捨てられない。
ついでに、と言っては何だが、博論を出版した際に大学院の指導教官が書いてくれた「まえがき」を読んだ。最初に私についての紹介があり、当時は「おおげさな!」「こっぱずかしい!」と思っていたが、今あらためて読むと、「よく見てくれていたんだな~」と涙がチョチョぎれる。家宝ですニャ。
大学院修士の入試で、私の卒論を「いまどきめずらしいテーマを研究する学生というのがわたしの第一印象であったが、そのときにはまだ、詞学研究にかける彼女の情熱の深さを十分には理解できなかった。なにしろ、詞を研究対象にすること自体まれなことなのに、とりわけ詞韻・詞律に関心を持つ学生がいるなど予想もつかなかったからである」なんて書いてあった。
あの情熱はいずこに? 最近「もういいかな~」な気分なので、熾火をフーフー♪
2024年7月15日月曜日
あちー。室温は低めなのに湿度が高くて、夜間に中途覚醒。エアコンで少し湿気を飛ばしてから、寝直します。
昨日の研究者向きの7つの要素、大学に就職し、昇格もしたら、ぽぽぽーい♪な人も多い。そういう人でないことを見抜いて人事をしなくちゃいけないんだけど、実際はそうでもない。分かりやすいのは「論文を書かない」「締切りを守らない」だけど。
理由は「忙しい」が多く、「そんなに?」と思っていたが、情熱や、そもそも問う力が、乏しいのかも知れない。何でもすぐ「分かった」と思ってしまう。勉強はできるけど研究はいまいち、というタイプ。
大学は研究だけしている場所ではないので、そういう人でも、生き生きと「大学教員生活」を送っていたり、するけど。
寝直して起きたら、まあまあ涼しい。でも小雨がパラつくので、洗濯しても外干しはできにゃい。やれやれ。・・なんて書いているとAIが拾って、日本語としてデータ収集されちゃう? 「にゃい」は新しい語気助詞で、「やれやれ」な気分を表しています、なーんて。
2024年7月14日日曜日
雨。降ったりやんだり。でもって木曜から晴れマークが並んでいる。梅雨明けしちゃう?
1階のアルバムを整理したい。アルバム本体が重くて、かさばっている。途中でデジタルになり、それはパソコン内で散らかっている。どうにかしたい。どうすりゃいい?
卒論と修論もどうしようかな~。手書き時代なので、けっこう存在感がある。どちらも一部は発表済みだし、もう捨てようと思ったが、修論をチョロっと読んでみたら、おおっ! 意外にしっかり書いていた。こりゃ進学を勧められるわ。
論文の書き方を指導されたことはない。原稿に赤を入れてもらったこともない。なのに、わりときちんとしていて、ビックリ!
そのころ出始めたワープロで、草稿をプリントアウトして全体の構成を考えながら、あっちへ動かしこっちへ動かし、図書室の机に広げて、やっていたっけ。1文書6ページの時代。
こういうところだと思うな~。自分の書いたものを客観的に、批判的に見ようとする姿勢。勉強と研究の堺は、この辺にある。「正解は何ですか?」なんて他人に聞かない、とか。
研究者に向く人向かない人【7つの違い】 – AIシステム医科学@国立 東京医科歯科大学 【Shimizu Lab】 (shimizuhideyuki-lab.org)
分野は違うけど、文系もほぼ同じ。まだまだ未熟だけど「向いている」という判断は、この辺なんですね。
2024年7月13日土曜日
すーしー。久しぶりにエアコン無しで、寝た。
小川恒男せんせの『六朝楽府訳註(一)』が届いたので、家に持ってきた。主に「謝朓を中心とする集団、梁簡文帝を中心とする集団、陳後主を中心とする集団」で、「何人かの詩人が宴席などの場に集まり『お楽しみ』のひとつとして競作された可能性が高い」という。「このような競作が楽府詩を作ることを言語実験の場にしたのではないかと予測しながら」訳註作業をされたそうだ。
「言語実験」に結果としてなったかも知れないが、集まった当人たちは「実験」のつもりはなく、詩作を「実践」していたら、後の詩語の発展につながった、という感じかな?
歴史書の「楽志」を読むと、ある程度まで楽府曲も演奏されていたようなんだけど。謝朓とか梁簡文帝とか陳後主となると、けっこうな規模の楽団をお抱えで持っていた可能性は高い。そういうサロンに出入りする個々の詩人は、せいぜい「馴染みの歌妓がいる」程度だったとしても。
2024年7月12日金曜日
今日はこれから大雨らしい。北風で気温も下がるみたい。
竹簡にちまちま字を書いていると、紙の時代になって能書家が誕生したのは、むべなるかな。道具の文房四宝に凝り出すのも、そりゃそーでしょう、と。実用から芸術の時代へ。
そして賦から詩の時代になるのも、紙の影響は大きかったかな。耳で楽しむ文学から、目で楽しむ文学へ。詩も韻律を重視するが、観光地の壁などに書いて残す、なんてのは詩の時代になってから。
詩書画一体も、紙と筆でこそ、だし。だって竹簡に図画は描きづらい。それに竹簡は重い。持ち歩くのはしんどい。
紙(木)の弱点は、水と火に弱いこと。そこで、大事なものは石(金)に刻む、墓誌銘などは土に埋める。石碑⇒拓本と、木版⇒印刷、やっていることは似ている。
学生さんにつきあって竹簡作り、実際に身体を動かしてみると、いろいろ納得することが多い。
2024年7月11日木曜日
しばらく梅雨空、曇りや雨の日が続く。今日もうっすら雨が降るので、洗濯物を外干しできない。室内干しでエアコンかけて、扇風機で風を当てて、強制的に乾燥させる。
資料整理していたら、司馬相如の「封禅文」が出てきたので、読む。圧倒的に語彙が豊富。賦になると、もっとだよね~。『史記』を竹簡に書き写していると、「この頃はまだ使っている文字数が少ないのよね~」が分かる。同じ字をいろんな意味で使っている。
『史記』の「司馬相如伝」はものすごーく長くて、賦もまるまる引用している。司馬遷も「司馬相如すげー」と思っていたに違いない。『史記』は意外に引用が多いのだ。あちこちから引用して、文体が定まっていない感じがする。宮中の図書整理が行われたのは『史記』より後なので、いったいどういう状態の資料をもとに書いたやら? 並大抵の苦労と力量ではない。
私はおととい、竹簡に5行書き写すのに、2時間かかった。
2024年7月10日水曜日
寝苦しかった。エアコンは設定温度高めで、つけっぱなしに。寒くはならなかったが、音が気になる。そのうち慣れるかな?
昨日、電車に乗ろうと最寄り駅ホームで待っていたら、「春月さん?」と声をかけられた。高校の同級生のS君、マスクしてたけど、名乗られたらすぐ分かった。学生の顔と名前はとんと覚えられないが。近くの病院に用があって、来たそうだ。「春月さん、全然変わってないから、すぐ分かった!」「いやいやいや、それはないっ!」
でも、あるかも? 学生はどんどん変わるが、一定の年齢になったら、全体的な印象はたいして変わらないような。私もすぐ「あらS君!」って分かったし。
論文関係の資料整理はほぼ終わった。涼しくなったら家に運ぶか長野へ送るか、しよう。「やっぱり要らないな」とごっそり処分するかも知れないが。
昔と違って、今はあちこち発表した先で「全文公開」されているので、大きく変更でもしない限り、「まとめて著作集」とかやる意味はないと思う。「業績一覧」もあちこちでデータが公開されている。昔は定年「記念号」とか「記念集」とかやっていたけど、あれはお世話になった学生たちが論文を寄せるもので、御輿に担ぎ出される先生はたいへんよね。担がれたい人もいるようだけど。
その辺の感覚は、よく分からない。この前、北京大学での学会に誘われた時、断わったつもりが「ご快諾いただいて」とメールが来ていて、もっと分かりやすくお断りの返事をしたが、誘い文句がまったく響かなかった。日本の研究を広く知ってもらうチャンスだとか、何だとか。「それ、私がやらなきゃいけません?」って。ちゃんと中国でも読んでくれている人がいるから、声がかかったんだと思ったけど、間に立った人が「まだ若いのね~、がんばって!」
もうお婆ちゃんだからな、そろそろ次のクラス会をやってもらわないと、ヨボヨボで、「春月さん?」って見つけてもらえないぞ!
2024年7月9日火曜日
あちあち。夜間の中途覚醒。
昨日は帰宅したら、室温が38℃を超えていた。それでも夕飯までは扇風機で暑熱順化し、寝る前にエアコンをつけたが、洗濯したシーツとタオルケットがいつまでも熱かった。
朝、洗濯物を干して、ほぼ乾いてから室内にとりこんで、家を出ている。なんだかんだまだ梅雨なので、干しっぱなしは出来ない。
研究室までたどりつけばエアコンがあるが、1日じゅうエアコンの中にいるのも、身体によくなさそうな。資料整理と竹簡作りで、今日も行くつもりだけど。
竹簡は、編んであるものに文字を書いてます。最初は鉛筆で下書きしてからサインペンでなぞっていたけど、慣れていきなりサインペンで。間違えた箇所は、紙やすりで削って書き直す。それはそれで、味わいがあってよろしい。
油性0.3ミリのサインペンは数行でかすれてインクが出にくくなり、油性0.5ミリのサインペンは逆に、数行で毛先がけばだって文字が太くなってきた気がする。
学生さんは先日木曜の午後いっぱい頑張って、1巻仕上げて持って帰り、私は途中で飽きて、廊下で仲良し先生たちを見つけては遊んでいたので、ヒマを見つけてコツコツ続けている途中。
今日は資料整理したあと、5行書いた。ややこしい字が多くて、難儀した。
2024年7月8日月曜日
2024年7月7日日曜日
2024年7月6日土曜日
2024年7月5日金曜日
2024年7月4日木曜日
2024年7月3日水曜日
曇り。どんより。梅雨前線は遠ざかり、熱帯夜に。
ヤブカンゾウ、いいなあ。うちの建ぺい率(庭なんか無い)にも自生してくれないかな~。長野の畑はどうだろう?
ヤブカンゾウ(藪萱草)【8月】|薬草の花|日野製薬 生薬ブログ(Crude Drug)|生薬とともに-日野製薬 (hino-seiyaku.com)
「信州の人里ではどこでも見掛ける」らしい。「甘草」ではないそうだ。


