寒い。この雨雲が抜けたら、また暑くなるようだけど。
『若草物語』は、こんな話だった。
後に作家になるような女の子は、「男勝り」ってとこですか?
野菜カッター(ブンブンチョッパー)「大」を使いたくて、豚ひき肉と餃子の皮を買ってしまったので、今日も餃子。焼くのが下手くそだから、水餃子になる。
味噌は、1回作ってみたことがある。冬の寒さが足りないせいか、あまりおいしく出来なかった。今なら冷蔵庫の野菜室に入れておくかな? 電気圧力鍋で大豆を煮て、野菜カッターでつぶして、麹と塩を混ぜて、炊飯器で発酵させる。もっと簡単なのが、これ。
心折れてた人もこれなら大丈夫!【一日で完成するカビの心配不要 手作り味噌の作り方】
でも冷蔵庫に味噌1パック、封を開けてないのが入っているのニャ。我慢、我慢。
寒くて、夜間の中途覚醒。片づけた冬用パジャマを引っぱり出して、寝直します。室温21.5℃で、快適マークがついているけど。
玉葱麹も作ってみた~♪ 塩は玉葱の量の10分の1以上。玉葱300g+塩35g+麹100g、出来上がりは醤油麹よりだいぶ少ない。
玉葱をすり下ろすのが、とても面倒だった。なので半分はスライスで発酵開始、途中で100均で野菜カッター(ブンブンチョッパー)を買ってきて、砕いた。ペースト状にはならないが、みじん切りでも十分。
せっかく簡単にみじん切りできるようになったので、餃子でも作ろうかな? キャベツが1玉99円で、安かった。
ぶんぶんするだけ。ぶんぶんチョッパーを使って時短料理-くつざわのコトコト暮らし- - ワイ・ヨットマガジン
いろいろな使い道があるのニャ。
扇風機をつけている。昨日は室温が31℃まで上がり、夜は冷房をかけて部屋を少し冷やしてから、寝た。昼間の冷房をつけるタイミングは、32℃。パソコンが壊れないように。窓の外にシェードもつけた。
でもこの暑さが毎日続くわけではなく、また下がったり、また上がったりしながら、夏に向かう。暑熱順化もしなくてはならない。
狸さんに教わったレシピ(タマネギ甘酢漬けプラスは私のアレンジ)。ニラ1束をペロリと平らげた。納豆は夜に食べたほうがいい、という説もあるし。
昨日から朝勉もフルコンボで再開。まだ完治はしてないけど。
醤油麹を作ってみた~♪(炊飯器で)
どう使うんでしょうかね? 冷や奴やTKG(玉子かけご飯)に、醤油の代わりに使うといい、とか、何でも醤油の代わりに使えばいい、とか。麹の匂いが、ぷ~ん♪ きっと身体にいいでせう。
趙孟頫も湖州の出身らしい。白石君は趙家の人たちと、ちょっと関係あった。およよ、やっぱり世界は繋がっていたのだ!カラ咳。喘息餅なので、もうしばらく続く。鼻水はだいぶ減った。軽いクシャミになった。6日から喉イガイガが始まり、2週間たってこんな感じ。間質性肺炎は免れたので、ヨシとする。
中断していた布目潮渢『中国喫茶文化史』を読んでいる。『茶経』を書いた陸羽は、湖州に住んでいたことがあった。そこで湖州刺史として赴任してきた顔真卿と知り合い、顔真卿の元で『韻海鏡源』という辞書の編纂を手伝ったり、顔真卿に「三癸亭」という亭を建ててもらったり、したそうだ。その頃までに『茶経』は完成していて、顔真卿の元でたくさんの書物を見て、加筆・増補した🦆?、って。
茶を飲む風習は、茶樹の故郷の雲南より、四川で始まったのではないか。唐の玄宗の開元天宝年間に、一般にも広まった。陸羽は越(紹興)で張志和とも交流があったらしい。張志和の作った「漁歌詞」は日本にも伝わって、約50年後に嵯峨天皇たちが唱和している。嵯峨天皇は、天皇として初めてお茶を飲んだ人らしい。
ということで、世界はまたも繋がっていた。
日本では、嵯峨天皇の時代に突如として喫茶に関する事柄が記録された後、次第に下火になって、次に喫茶が現れるのは栄西禅師が茶種を宋から持ち帰ってから。
鼻水がしつこい。蓄膿症の漢方薬も飲み始めた。これでダメなら、やはり耳鼻科だ! 咳はまだ出る。授業中はマスクするけど、ふだんは外している。蒸れて息苦しい。
今日は鰻だ!
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イギリスが面白そう。
鼻水、クシャミ。熱は下がったが、夕飯のあとに飲んだバファリンが効いているだけかも知れない。鼻ムズムズ。クシャミをすると、涙も出る。肺に降りずに鼻のほうへ上がってきた? 目の辺りもムズムズ。このまま抜けてくれると助かるが。
腹が減ったので、夜食にクッキーとオレンジを食べて、歯磨きした。いざ生きめやも。
朝、熱はない(低すぎ)。鼻水は出る。咳も少し出るので、手ぬぐい(半分にカット)とストッキング(輪切り)で、濡れマスク。例のアレの時に、手作りマスクしていたのを思い出して。
昨晩が峠だった。間質性肺炎になって知らない世界に行ってしまうのではないかと、不安だった。お隣の御主人が、旅先でゴホンゴホンから4日で、そうだったので。我が身にも何があってもおかしくない年頃である~。
今日は晴れたので、シーツ類をぜんぶ洗濯。窓を開けて、掃除機もかける。布団も干そう。
午後、また熱が出てきた。やばいやばい。
喉イガイガ。咳コンコン。今日やっと病院が開くので、喘息の薬をもらいに行き、予約できたら診察もしてもらう。去年もこんな感じで、GWに症状が出たが長々と休診で、市販の薬で間に合わせていた。今年は熱が出ていないだけ、マシ🦆?
トピ主は「ペンギン界でもっと遠くまで泳ぐぞ~♪」になったが、「それでいいんだよ」という声と、なおも批判する声と。「自慢」したら一緒に喜んでくれる人とだけ、つきあえばいいのだ!
「嫉妬」する人は、何をどうやっても絡んでくる。「謙虚」にモゴモゴ誤魔化すほうが「見下している」と思うのだけど、鳥さん世界では違うらしい。そこを「察する」のが苦手なのが、ペンギンなのだ。仕方ない。男性のマウント取りも激しいので、今後は職場でも色々あるだろうけど、「もっと泳げ!」という人も必ずいるから、すーいすい、泳げばいいのだ!
喉のイガイガは続く。喘息になるか、このまま抜けるか、攻防ちう。たぶん喘息になる。なったらマスクして咳しながら、マイクで授業。もう発音の基本は終わったから、それでも可。
とりあえず今日は休講。黒板にチョークの教室だし。来年度は「白板の教室に戻してください」と、すでに事務には言ってある。5限に絡めているのに、さらに「教室が足りない」と言われてOKしたけど、黒板にチョークは予想外だった。
「気は強いが身体は弱い」ので、ほらみろ、北京やハルピンで家政婦と一緒に介護生活なんて、無理じゃん。とくに(姉妹)のように、Gに無頓着な家政婦じゃ、病気になるじゃん。ただでさえ空気悪い、水悪い、街は土埃と騒音だらけ、中国に滞在した日数分、日本人女性の平均寿命より縮まった、と思っているのに。
GW最終日、雨。喉がイガイガ。まずい! 喘息になりそう。。
お茶の飲みすぎ。とくに龍井茶。舌と喉にちょっと刺激を感じていた。タンニン? そしてセミナー「史記」の予習。「過集中」で身体壊すまでやる。これぞ「ザ・ADHD」ぢゃないか~。
「特性ではなく障害!」「なんとか克服しろ!」「迷惑かけるな!」な声も、やはりある。
私もペラペラと聞かれるままに正直に話したり、聞かれもしないのにブログで全世界に向けて「公言」したり。そして隣の大学芋奥さんのように、聞いておきながら知ると不機嫌になってイジワルする人もいた。
ペンギン仲間にも、「博士論文、書いたほうがいいよ~。長いの書くと、いろいろ勉強になるよ~。博士号、何かと便利だし~」などと無邪気に勧めていた。誰でも書けば獲れるのが博士号だと思っていたからだが、そうでもない(たとえば審査してくれる指導教官がいないとか)と知って、いまは慎んでいるけど。
「あちこちでやらかしているんじゃないですか?」な人だったわけだ。多少の反省はしつつ、「ペンギンだと見つけてくれる人がいて、よかった~♪」と思っているけど。
今日はノンカフェインの健康茶を飲みつつ、『中国喫茶文化史』を読んでまったり過ごそう。(☚タスク確認)
バラ茶ってのも、あったわね。いや、さすがにもうポチ♪しないけど。でも私はハイビスカスの花のお茶が好きで、これはスーパーでもティーバッグで売っているので、あとで買ってこよう、っと。ハイビスカス茶は、「ビタミンCの爆弾」と呼ばれている。ストレスフルな毎日を送る貴女に、ぴったり♪
忘れ物しないように「動線上に置いておく」、アレ傾向の人じゃなくてもやっているのですね! 明日以降は雨模様になる予報なので、今日のうちに洗濯! 階段にいろいろ置いておく。もう少し空が明るくなったら、洗濯しよう!(☚ここでタスク管理)
昨日、久しぶりに陳さんに電話した。時間管理が苦手な私、何年もほぼ定刻に定期連絡で電話していたが、家政婦(妹)に邪魔されたり、睡眠薬のせいで寝ぼけていたり、他の時間は耳が遠くて呼び出し音に気が付かなかったり、けっこうストレスだった。挙句にマンションを売る話や本を売る話を、向こうから電話きてアタフタやったあと、私が北京へ到着する日は電話しても出ず(バイブになっていた)、家政婦(姉)とは喧嘩になって罵られ、(姉妹)が荒らした部屋を新しい家政婦と片付けて帰国した直後に、追い出してまた(姉)が来ているというので、もう無理!
ということで、義姉2と「自分の人生に集中しましょう」で、電話しなかった。すると陳さんからも電話がなく、もういいや、と思っていた。(姉妹)にやりたい放題やらせている陳さんが、気持ち悪い。離婚しようかしら? でも国際結婚なので、離婚の手続きも面倒。あれこれ考えると心臓パクパク、胸の辺りがチクチク。でもそのうち平気になるだろう、と思いながら。
義姉2から電話がきて、市内の病院に転院し、歩いて5分のアパート(家賃月20万の3LDK)に引越し、(妹)が来ているそうだ。義姉2は「広くてきれいな部屋よ~、近くにお店もたくさんあるし」などとウキウキ♪ (妹)も最近は態度が改まっていて、「あなたが来る時は、他の家政婦を雇えばいいから」と呑気なことを言う。
「身勝手すぎませんか?」と話している間に、義姉2にも黒い感情が沸いてきた。病院の廊下でちょっと顔を合わせるのと、一緒に暮らすのとでは、全然違う。「またすぐゴキブリだらけの乱雑な部屋にしますよ、そういう人なんだから」 でも義姉2にも自分の生活があって、陳さんの世話を引き受けるわけにもいかないからな~。
このまま放置していても仕方ないので、陳さんに電話してみた。とても具合は悪そうだった。4月は胸の長期留置カテーテルを外す手術をしたり、転院や引越をしたり、忙しいのだろうとは思っていた。それを新しい家政婦ではなく、慣れた(姉妹)とやったほうが便利なのも、頭では理解していた。しかし「妻(私)をあれだけ侮辱した家政婦(もどき)と?」「なんで自分ひとりで勝手に決めて進めているの?」 感情がついていかなかった。「振り回すのもいい加減にしてよ!」と。
しかし電話で話したら、胸の辺りのチクチクは消えた。なんだかんだ言っても、これが私と陳さんの夫婦関係なのだった。義姉2にも(姉妹)にも理解できないだろうけど。理解できずに、私がひどい、陳さんが可哀想、とちょいちょい、しかも(姉妹)は大声で、言うけど。
私がいる間は、入院やら何やらで留守にするのも不安だし、私が外に1人で出かけて何かやらかすのも心配だし、「世話したいけど出来ない!」と焦るばかり。自分の世話も、(姉妹)にはガンガン言いつけてさせるけど、私にはさせない。私にさせない理由が、(姉妹)や義姉2には理解できないから、「あなたがやらないから」「何もできないもんね」と私を責める。でも、仕方ないじゃん。陳さんが、させたくないんだもん。そして私は、やろうと思えばできるだろうけど、きっとものすごく退屈する。ペンギンだから。
陳さんは「ペンギンでいい」と、今でも思っているんだな。と電話して確認できたので、「ペンギンも鳥でしょ、なんで飛べないの?」と責める人たちのことは、ぽぽぽーい♪ 世間はそういう人だらけで、でもそういう人の世話にならないと暮らしていけないのも現実なので、陳さんは施設にいると思って、対処するしかない。
私は「とりあえず」、今日で「項羽本紀」を終わらせる! 昨日だいぶやったけど、あと少し残っている。ここを書いている間に、空がだいぶ明るくなったので、まずは洗濯、と。
お茶だらけ。私がポチ♪した「正山小種」は、これ。松で燻製してないのかな? 松のニオイ(正露丸のニオイ?)ではなく、イチジクの香りがする、という。
彼は頑張っていた。
【実録】「できない自分」を乗りこなす。“ADHDで生きづらい”編集部員が半年かけて培った最強習慣
私は自己肯定感高めだし、口癖は「けっこう」「とりあえず」「🦆?」「無理っぽ」「ぽぽぽーい♪」 早起きして(夜間の中途覚醒して)ブログ書いて、「非緊急かつ重要」なことをせっせとやり、社会人としてはぶっちゃけ「中の上」より上にいる。
でも若い頃の口癖は「べき」だったな~。ダメ出ししてくる人、多かったしな~。いまでもダメ出しする人のほうが多い。「ペンギンでいい」と言ってくれる人がいたから、知らん顔して、すーいすーい、泳いできたけど。
「べき」と言わなくなったのは、中国に留学してから。それどころじゃなかったので。「べき」が通用しない世界で、行き当たりばったり、「とりあえず」最善を尽くし、出来たことをカウントする。でないと、やってらんない!
「先延ばし」癖はなく、「忘れないうちにやっておこう」派なので、とりあえずGW後半の目標であるセミナー「史記」の予習、昨日で半分まで終わった。残り3日間で、「項羽本紀」は最後まで読めるだろう。
なども、ここに書いて全世界に向けて「有言」することで、「実行」しよう、という寸法。ありがたいことだ(と感謝を忘れないのが大事だって)。
寒い。室温18℃。昨日は横殴りの雨、雷も鳴ったり、春の嵐だった。駅ナカで新茶を売っていた。私は富澤商店でプーアル茶を買い、ネットでうさぎ先生が飲んでいる紅茶もポチ♪してしまった。
現在市場に流通している正山小種(ラプサンスーチョン)の実情 | お茶の専門店HOJO
研究室から布目潮渢せんせの『中国喫茶文化史』を持ってきた。いろんなお茶を飲みながら、読もう。
雨?
連休中の新幹線指定席は満席だらけ、家でセミナー「史記」の予習でもして、終わると思う。カレンダーを見たら、5日はもう「立夏」だって!