2024年3月31日日曜日

茶太郎はあちこち探検して、茶箪笥の上が気に入ったみたい。家来(私たち)を睥睨している。

2024年3月30日土曜日

桜が開花した。私の標本木も咲き始めていた。

昨日の午後から気温急上昇で、今朝は花粉もバンバン飛んでいるみたい。クシャミと鼻水が・・。

パタンと1回折るだけ!お花見や遠足、運動会にもぴったり♪小さめで食べやすいおにぎらず (youtube.com)

天才がいた! カットしたらお花が現れるとか、すごすぎ。豆腐パックで作る方法もある。

失敗しないおにぎらずの作り方 (youtube.com)

長野御一行が来たら、やってみたい。手巻き寿司もいいよね。春っぽく?



2024年3月28日木曜日

紅麹がコレステロールを下げるというので、以前、赤い腐乳をポチ♪ 冷蔵庫にある。塩分が多いので、あまり減っていないが、香りが良い。わりと好き♪ 酸菜を買った近所の中国系八百屋さんにも、置いてあった。

となりに灰色の瓶もあった。臭豆腐。これはハードルが高い。


どのくらい臭い?台湾の定番グルメ「臭豆腐(チョウドウフ)」の楽しみ方 | 地球の歩き方 (arukikata.co.jp)

杭州もあった。

【中国・杭州】世界遺産・西湖で蓮の花を鑑賞する | 地球の歩き方 (arukikata.co.jp)

2024年3月27日水曜日

晴れ~♪ でも今日はまだ北風。週末から一気に春めいてくる予報。桜もきっと咲くでせう。

夕方の町内放送「よい子のみんなは(とっとと)おうちへ帰りましょう~♪」も、4時半から5時半になっていた。春分の日を堺に?

ESTAって何? と検索したら、外務省のHPが随分見やすくなっていた。


複雑であることに、変りはない。よく読んで、「うっかり」しないように、と。

「学問は要らない」の「学問」って、実学なんですよね。「学問のすすめ」だって、そうだもん。職業(より高い収入、より良い生活)に結びつく学問、しかも学校でやる勉強、ってこと。

「高い収入」は分かりやすいが、「良い生活」は難しい。お金で解決できることも多いが、できないこともあるから。何が子どもにとって「良い人生」「幸せな人生」なのか、親になるって大変ね。

2024年3月26日火曜日

雨。気温も下がって、冷たい雨になる予報。そんな歌があったわね、「つめたーい、雨、雨、雨、あめ~、いまさ~ら~♪」という未練がましい歌が。

中島みゆき 雨… 歌詞 - 歌ネット (uta-net.com)

昨日は「雨天延期」で、玄関灯とポストの微調整は「留守中でもかまわないので、出来るときにやってください」にした。もう支払いも済ませたし、いつまでも付き合っていられない。

この家は、大工だった父親が最後に建てた家で、家族のあれこれを思いながら、最後のほうは病院に通いながらで辛いのに頑張って建ててくれた。私は杭州への留学から帰ったばかりで、毎日のように呼びつけられて、あちこち手伝わされた。陳さんも一緒に、ブロック塀をハンマーで壊したり。子煩悩で「目の中に入れても痛くない」という父親だったので、嬉しそうだった。

私は、子どもの頃から本を読むのが好きで、勉強も好き(というか学校に通うのが好き)だったが、母親は「女に学問は要らない」という(現代でも?)ありがちな長男教の人で、父親が自分は勉強好きだけど時代やら地域やら家庭の事情で進学できなかった分、「好きなだけやればいい」と応援してくれて留学までこぎつけたので、帰国してすぐにこういう状況で父親が家を建てて半年後には亡くなったので、「大事に住まなくては」という気持ちがある。

家を大事にしている=父親の思いを大事にしている=「女だてらに」勉強することを応援してくれる人がいた「私」を大事にしている、なので工事が長引いて「もう新学期が始まるじゃないか!」ってのが、ちょっと邪魔くさい。

父親が亡くなってからは、陳さんが「女だてらに」勉強好きな私を応援し続けてくれているわけで、体調悪そうだから、いちお「日本人の配偶者等ビザ」の申請しちゃったけど、私が中国へ通うかな~。と、2024年度の学事日程をチェックしたら、5月のGWと6月の補講日のある週に、5泊6日で、行こうと思えば行ける。

前回利用した灯市口そばのホテル利用で、5月なら15万、6月なら10万くらい。チケットだけなら、もっと安い。アメリカは、ホテル予約しなくてもビザが取れるようになったはず。いいな~。

2024年3月25日月曜日

今日ようやく玄関灯とポストの調整に来る(雨天延期)。まだだったの。3週間の予定が、3ヶ月になっちっち。

きれいになった家の外側も、砂利石の下から力強く雑草が芽生え、ポストにもうっすら土ぼこりがかぶり、そこはかとなく生活感が出てきて、「もう内装は定年後でいいや」な気分。障子が一部破けているが、自分でぼちぼち張り替えよう。もう少し暖かくなってからネ♪

玄関ドアの透け感が気になっていたが、ちょうどいい感じの暖簾があったので、垂らしてみたら無防備感がなくなり、これで十分。

「パパ、送り返されちゃうの?」息子の言葉に英会話教師の胸は痛んだ(朝日新聞デジタル) - Yahoo!ニュース

ふつうに暮らしていれば怯えることはないはず、と多くのコメントが付いているが、私もそう思う。

長野から御一行が来るが、もう生活パターンが違うのに「自分の家」感覚があるから、「階段に手すりつけたら?」だの、きっといろいろ言うな、とちょっと気が重い。とくに母親はレイアウトを変更するのが好きなので、台所を来る度にいじるから、帰ってからいつも元に戻している。

例の親切すぎる上海人も、2回ほど家に遊びに来たが、口も出すけど手も出す人で、コーヒーをドリップで出したら、扱いが面倒くさいエスプレッソマシンを送ってきたので、面倒だから「自分で淹れて~♪」と任せたら、冷蔵庫にはりつけてあるタイマーを困り顔で見せる。「ん?」「ほこりがたまってます」だって。小姑かい!

こんな小さな「家」でだって、こうなのだ。「国家」の大きさだと、もっと複雑で、スムーズに運営するために、あれこれルールがあるのは仕方ない。

「納税が国民の義務だなんて、おかしい!」って主張するなら、また別の話で、憲法改正に動いたらいいと思う。

「永住」が不安なら「帰化」すればいいと思うが、怯えるような生活している家族が帰化申請しても、通らないかも知れない。

2024年3月24日日曜日

今朝も10℃。晴れないと、室温は上がらない。

近所の中国系八百屋さんに「酸菜(発酵して酸味のある白菜漬け)」があったので、買ってみた~♪ 豚肉とあわせて、鍋にする。寒いからね。

日本の永住権所有者が震え上がる「入管法改正」の中身、実習制度の改善の裏で実は起きていること(東洋経済オンライン) - Yahoo!ニュース

「排外主義の塊のような法案」永住許可の取り消し制度、弁護士らが反対の記者会見(ハフポスト日本版) - Yahoo!ニュース

こういう人たちがいるから、入管も審査を厳しくせざるを得ない。

在留資格には「就労(する)」のほかに「就労(しない)」があって、後者は観光・留学・文化活動など。前者は労働したら納税する、これを怠ったら脱税。永住「権」じゃなくて、永住「許可」なので、取り消されても仕方ない。このほかに「身分」の在留資格もあって、陳さんのような「日本人の配偶者等」はこっち。「永住者」や「定住者」も、これになる。でも所詮は「在留資格」なので、「居住しないなら要りませんよね」で失効しちゃうわけ。

税金は所得税だけではないから、「退職したり高齢者が」云々は、屁理屈。「永住」するつもりで家も買ったが固定資産税を払わないとか、そういう悪質なケースを想定していると思う。

許可の条件を満たしていないなら、在留資格も取り上げる、ってことでしょう。これまでは捕捉できなかっただけで。不法滞在者は入管(新宿のがそうらしい)から、強制送還。これにも税金が使われている。

健康保険は日本に居住する(中長期ビザ)なら加入する「義務」があって、それを怠ったら医療費は全額負担、ってことだと思う。保険証がないのだから、「外国人医療ただ乗り」って騒ぐ人いるけど、出来ないだろう。(あの3年間のときは例外?)

2024年3月23日土曜日

今朝は11℃スタート。これから天気はぐずつく予報。気温は高めに。晴れ間をぬって長野から御一行が来るというので、昨日のうちに布団ありったけ干しておいた。

お粥生活が終わった。かなり楽しめた。最近は中国でもデブが多くて、健康志向の人たちに雑穀が見直されているのだ。私は黒豆玄米ご飯に戻る。

100年ぶりに再発見!所在不明だった西郷隆盛の「直筆の書簡」滋賀で見つかる 専門委員も驚き「まさか今、実物が出てくるとは」西郷の“写真嫌い“象徴する一文も(MBSニュース) - Yahoo!ニュース

2024年3月22日金曜日

昨日、通勤電車に乗っていたら、なまづ君が来た。一斉に乗客のスマホが鳴って、ビビった。揺れも感じない程度だったが、これが大地震の時もあるからな~、とちょっと泣きそうになった。夕方のニュースで、関東でも被害の出たところがあったと知った。

陳さんが住民票が消えたら、少ない年金から徴収されていた介護保険料をさかのぼって「還付します」と通知がきた。うちは「転居」に準じるケースだけど、「死亡」などの例もあるので、他の口座に還付することを想定して、初回は届け出が必要らしい。次回からは勝手に戻してくれるみたい。

けっこうな額が、徴収されている。私の「国民年金・厚生年金保険年金証書」も届いたが、働いているので全額支給停止。

お金はね~、ないと困るが、ありすぎてもギャンブルで一生を棒に振るとか、こわい、こわい。

2024年3月21日木曜日

春雷は来なかった。でも風が強かった。春の嵐。今朝はまた室温10℃スタート、乾燥マークが出ている。

女装家お姉様たちの動画があがってきたので見ていたら、馴染みのある路線が出てきた。

【上越①】トキめく女装たちの花魁フォッサマグナ (youtube.com)

私は杭州がかなり楽しかったので、もう「また行きたい!」になっている。あえて夏を経験してみる、ってのも有りかも知れない。私は2年間留学していたが、「机も汗をかく」という杭州の夏を経験していないのだ。1年目は天安門で一時帰国、2年目は結婚のため北京にいて。

夏になったら、「やっぱりハルピンよね」の可能性が高いけど。

2024年3月20日水曜日

春分。日本列島は大荒れの予報。関東は昼頃に雷だって。

鯖さん生活も終わりに近づいたので、報告書をまとめた。提出は4月になってから。こういう書類作りは、ただただ面倒くさい。事務仕事にはぜんぜん向いていない、と思ふ。

今月の給料が出たが、明細を見ると、陳さんの健康保険の扶養を外したが、とくに何も変化なかった。仕組みがよく分からない。前期高齢者だから?

中長期滞在の外国人には年金や健康保険に加入する「義務」があって、陳さんは私の扶養家族として、私(と職場もかな?)が陳さんの分もあれこれ払っていた。配偶者控除は、数年前から付かない(私の年収が高いので)。扶養家族手当は、月に1万ちょいですかねえ、これは同居してなくても付くのである。

陳さんが住民票から消されていたのを知った時、なにか不正なことをしている状態なら困る、と焦ったが、よく考えたら在留資格がないのに日本にいたら不法滞在だけど、その逆のケースなので、加入する義務もない健康保険に加入している状態だったとか、そういうことだ。日本にいないから健康保険を使っていないし、海外での医療費もあとから請求できるが、それもしていないし。

うちの大学病院もけっこう評判よさそうだけど、義姉3が医者なので、あっという間に他の患者をすっ飛ばして、入院やら手術やら、やってしまう。こういう時、中国コネ社会の凄みを感じる。

2024年3月19日火曜日

今朝の室温10℃、昨日は北風が激しかった。

風の音がうるさかったが、眠くて午前中にけっこう寝てしまい、夜は8時に寝て、今日は2時に目が覚め、ごそごそしてから二度寝して、7時に起床記録。それでも間に合うよう、新学期は1限を入れなかった。よしよし。

お粥は、7時にできあがるように、炊飯器をセット。便利ね~。もらったお粥(の元)は7日分あったので、今週中に食べきるつもり。

2024年3月18日月曜日

今日は気温がぐっと下がる予報。また北風?

陳さんの杭州同学がくれたお粥(の元、生の雑穀)を食べていたら、杭州で食べ過ぎて増えていた体重が、落ちた。めでたい!

そろそろ新学期の準備も、と2年生で使うテキストのダウンロードした音声を、CDに焼く。いま使っているパソコンではディスクを読み込んでくれず、四庫全書DBのためにとっておいた古いパソコンで試したら、できた。終わりよければ、すべてよし! もうこういうことで考えるのが、面倒くさい。

2024年3月17日日曜日

訳註検討会2日目(おしまい)。

でも昨日は、対面組のマイクの位置が遠くて、何を話しているのかよく聞こえない。ぽかぽか陽気だし、花粉が飛んで頭が重いし、旅の疲れがずるずる出て、眠くて仕方ない。午後はがっつり昼寝してしまった。

今日もどうだか。リモート組の他の人たちは、ちゃんと聞こえていたのかな? 私はぜんぜん集中できなかった。

2024年3月16日土曜日

訳註検討会1日目、私はズームで参加。白石君に影響を受けた詞人の作品が多いのねえ、勉強させてもらおう!

まだ玄関灯とポストの微調整をしに、私の「出張後に」来る。たぶん明日。留守中にやってくれても全然よかったのだが、施主の確認も必要でしょうからね。

2024年3月15日金曜日

無事、日本に帰国。西湖を眺めながらぼーっとしてこよう、なんて言っていたようが気がするが、毎日びっしり、あっちへ行き、こっちへ行き、うさぎ先生と陳さんの杭州同学のおかげで、濃厚でした。謝謝!

今日は、窓開けて風を通して、洗濯して、布団干して。本好きの皆さんには、杭州博物館でうさぎ先生と選んだ栞を、送りませう。

昨日ホテルが呼んでくれたタクシーは、昔ながらのメーターで走る(スマホのナビに従って)スタイルで、会社に所属して運転手の顔写真入りの名札?もある。出来事を話したら「ああ、ネットタクシーね」と言っていた。何かしら登録はするのだろうけど、個人タクシーみたいな感じ?

昨日の運転手さんも外地の人で、「杭州の人はタクシー運転手なんかしないよ」と言っていた。ナビを使うから道を全然覚えないけど、「それでも観光スポットくらいは抑えておかないと。せっかく旅行に来たのに、気分悪くしましたね」なんてお愛想も。

景気が悪いのでタクシー運転手が増えたし、出稼ぎ先も広東はもうダメで、ベトナム辺りへ行く人が多いそうだ。なにかの受け売りだろうけど、「いまの中国は明末や清末みたいなもんだよ。一周回ってここに来るとはね」などと、「そんなこと話してて大丈夫なの? 『莫談国事』じゃない?」と思った。老舎の「茶館」の世界ですニャ。

2024年3月14日木曜日

日本へ。

昨日はまた杭州同学の車で、玉皇山に再挑戦。頂上から西湖を眺める。道観があり、洞窟もあった。白石君は道教に関心あったようだし、白石という号は別の場所だけど洞窟の名前からとられたので、ここにも来ていたかも知れない。

山を下りて、南宋官窑博物館へ行く。庭もきれいで、立派だった。

ホテル近くのレストランで、お昼をご馳走になり、径山寺のお茶をお土産にもらった。行こうかと言っていたけど、ちょっと事前に連絡しないとダメで、今回は見送りになった。日本のお茶文化の起源と言われている。

午後は休憩&荷造り。紹興も蘇州も行けなかったが、次回のお楽しみに。




夜はまた杭大宿舎前の通りの小さな店で、牛肉ラーメンと中国式バーガー。3回目?



2024年3月13日水曜日

昨日は杭州同学の車で、玉皇山を登ろうとしたが駐車場が混んでいて諦め、シルク博物館を見学。蘇堤の南端で下ろしてもらい、軽食を食べたあと、遊覧船で西湖を一周。カートに乗って蘇堤の北端まで行き、孤山の西泠印社を訪ね、孤山の裏を回って放鶴閣を訪ね、ホテルへ戻った。






タクシーに乗ろうとしたが、陳さんがアプリで呼ぼうとして上手くいかず、途中で下ろされてしまった。昨日乗った路線のバス停の近くだったので、同じバスでホテルまで戻った。

たぶん陳さんは、目的地のところにも現在地を入れていたと思う。車を走らせた途端に、もう着いた、と運転手が言っていた。

陳さんは黄龍ホテルまで行ってくれ、と言うけど、運転手はナビの通りにしか行けない、という。じゃあナビで行けば? ダメ、アプリやり直し。失敗。話がかみあわない。この山の向こう、北側だと私が言ったが、道を全然知らないようだった。

おそらく、アプリを通さないと、料金を受け取ることもできないのだと思う。昨日のタダでバス停まで送ってくれた運転手も、なんでそのままホテルまで行かないのかなと思ったが、メーターを倒して走り出す感じではなく、スマホでアプリ使って呼んで、スマホで料金を支払うのだろう。客は、あらかじめルートも料金も承知の上で呼ぶから、ぼったくられる心配がない。

運転手は杭州の人ではなかった。アプリでナビに従って、点から点へ客を運ぶので、全然道を覚えない。杭州でタクシー運転手をやっていて、黄龍ホテルだけでなく黄龍洞も知らないのだ。向こうは、こんな客は初めてだ、とだいぶイラだっていたが、こっちだって、こんなタクシー運転手は初めてだ。

陳さんが体調悪いのに孤山につきあってくれて、白石君の杭州の足跡を訪ねるミッション、コンプリート。気分よかったのに、ぶち壊し。ま、結局タダで、バス停近くまで運んでもらったわけだけど。

こういうことなのよね、と思う。陳さんはアプリの使い方を知らない。運転手は道を知らない。便利なアプリだけど、それを使わないと、これまで出来ていたことが全然できない、お互いに。

ネットで買い物するのに慣れて、そればかりみんな使うようになって、気づいたら実店舗がなくなって不便になった、とか似たようなことは、いろいろありそう。




2024年3月12日火曜日

今朝はよく晴れているが、朝食をとりに外へ出ると、空気が湿っぽい。これが杭州だったなあ。この空気感で飲む龍井茶が、懐かしい。

昨日の午前は、杭州同学の車で六和塔に行き、登って銭塘江を眺め、橋を渡って対岸の開発されてビルだらけの街を通り、アジア五輪の会場となったでかい競技場を眺め、銭塘江の下をトンネルを通ってホテルまで戻った。

途中で同学は車を、道路わきの植え込みにこすり、ヒヤッとした。家からの電話にでようとしていたからで、ちょっと申し訳ない気持ちと、いつかやるな、というかしょっちゅうやっていて、私がうさぎ先生と1日歩き回っていた日も陳さんと車の修理に行っていたというので、怪我して日本に帰れなくなったらえらいこっちゃな気持ちと、交錯した。

昼に2時間かけて修理したから大丈夫、今日はシルク博物館にでも行く?、とメールが来ていて、あまり懲りていない。

懲りていないと言えば、お土産に立派な木箱入りの茶器をくれて、嬉しいけどスーツケースの半分を占めており、重いしかさばる。でも私が喜びを表現し過ぎたのか、さらに立派なスーツケース全体を占める大きさの箱入り茶器をくれた。持ってきているものを断るわけにもいかず、手荷物として運ぶしかないなー。

午後は陳さんとバスで西湖へ。観光客で混んでいたし、晴れて暑くなってきたし、陳さんは体調すぐれず、白堤の入口まで行って、引き返す。タクシーをどう呼べばいいのか、流しのをつかまえようとしたら、そこでは客を拾ってはいけないらしく、でもいいから乗りな、と言ってバス停のそばまでタダで送ってくれた。

ホテルへ戻り、いつものように近くの小さな店でご飯。果物を買った。さて、どっちでしょう?

白石君が晩年を過ごした孤山をうろつきたいが、ここまで来ていながら、近くて遠い。次はこっそり来て、マルコポーロ飯店に泊まって、思う存分、西湖を堪能しよう!









ギガ増量したので、小町だって読めちゃう。

https://komachi.yomiuri.co.jp/topics/id/1145913/

2024年3月11日月曜日

昨日は杭州と洛陽(いま北京)をつなぐ運河を、船で遊覧。2時間かけて塘栖という古い街並みを残した鎮(村)へ行き、3時間遊んで、また2時間かけて戻るコース。1人100元。陳さんの杭州同学が、埠頭まで送り迎えして、チケットも買ってくれた。

白石君も船で湖州から杭州へ来て、杭州から蘇州へ行ったりしたはずなので、ちょっと体験してみたかった。運河は想像していたより大きく、でも今はトラックやトレーラー、汽車や何なら飛行機で輸送することが増えたので、運河を行き来する船は、あまり見かけなかった。

塘栖鎮は観光地として整備され、昔ながらの店を残しつつ、トイレはあちこちに清潔なのがあり、スタバを始めカフェもたくさんあった。七輪で芋やナッツや果物を焼きながら、お茶を沸かして飲むスタイルが、おすすめらしい。

私たちは遊覧船だったが、車で来る人もたくさん、週末でかなり賑わっていた。うさぎ先生は学生のレポートを見なくてはいけない日だと分かっていたが、ほぼ実況放送のように微信で写真を送ってしまった。3時間も何するの?、と思ったが、けっこう面白かった。










2024年3月10日日曜日

昨日もうさぎ先生の案内で杭州散策。きっとたくさん歩くなと思って、ホテルが毎日8本置いてくれるミネラルウォーターを、1本持って行く。うさぎ先生も水筒と圧縮ビスケット(行軍用)を携帯していた。


まずバスで西湖西南の太子湾公園へ。そこから三台山路を歩いて、武条元坊、黄公望の草堂、于謙堂を見る。水辺の景色が素晴らしい。




戻って、杭州博物館を目指す。いま思えば、うさぎ先生のナビ情報は正しかった。地図で確認すると、私は西湖の南を通ると思い込んで、あっちだよ、と逆方向のバスに乗ってしまい、虎跑へ行ってしまった。

引き返さなくてはいけないが、もう昼前でお腹も空いて、行き倒れになりそうだったので、圧縮ビスケットを分けてもらう。動物園前の道端でふたり、モシャモシャ食べる姿がおかしくて、うさぎ先生は喉に詰まらせそうになっていた。

バスを乗り直して、西湖東側の呉山広場へ。地下鉄駅前のフードコートで、包子をこれまた道端で食べる。土曜で混んでいて、席はない。まず椎茸と野菜の包子。もう1つねだって、肉の包子。肉汁があふれでて、手とコートがベタベタになってしまった😵💧。

博物館の前に、呉山のてっぺんにある城隍閣を目指す。


なんとか登りきり、西湖を一望する。


下りる時に道を間違え、また少し登り直して、呉山の麓にある杭州博物館を見学。杭州は唐代に白居易が西湖を整備してから文人の都になった。入口に白居易の詞があった。


地下鉄を乗り継いで、ホテルの前のスタバでラテを飲みながら、おしゃべり。

朝9時から夕方6時近くまで、うさぎ先生にすっかりお世話になりました❗

ホテルに戻ると、日本から持って来たクシや歯ブラシが捨てられていた。。おいおい! もう1本あるからよかったけど、こういうのは好みがあって、ホテルのは使いたくない。石鹸も杭大宿舎前の通りの雑貨店で買って、ホテルのは使っていない。私が最初に中国に来た時からある、白檀の香りの石鹸、5.50元だった。

夕飯は、杭大宿舎前の通りの西北菜の小さい店で、牛肉ラーメンと肉夹馍(中国式バーガー)。おいしかった。

ホテルに戻って、肉汁でベタベタになったコートを洗った。ナイロンの春秋用コートなので、一晩で乾く。

2024年3月9日土曜日

昨日の午後は、うさぎ先生とまず杭大宿舎を見学。私がいた2階建ての今はディープな宿舎よりだいぶよさそうな宿舎に、うさぎ先生のじいさん一家は住んでいたことが判明した。

でもこの辺りのどこかですれ違っていたかもね、な通りのちっさい店で昼ご飯。私の思い出の魚頭豆腐スープを陳さんが注文してくれたが、ちょっと臭みがあった。これが美味しいと思ってたんだなあ、油っぽくなくて。

陳さんはホテルに戻り、うさぎ先生とバスで銭王祠へ。白石君がこの辺りに埋葬された、というだけの理由で、ここに来たかった。チケットは、うさぎ先生が買ってくれた。以下、すっかり中国式に、うさぎ先生に全面的におごってもらう。


涌金門まで西湖沿いを歩いて、ナビに従いながら清河坊へ。扇子の老舗でミシガン時代の友人への土産を買った。4月に会えそうなので。軽くてかさばらないのが、いいかな、と。

でっかい薬屋もあった。

清河坊の端まで色んな店を見ながら歩き、鼓楼を見て、望仙閣に登った。


バスで龍翔橋へ行き、無印良品でお茶、晩ごはん。うなぎをご馳走になった。


地下鉄でホテルへ。陳さんがうさぎ先生に何度も春月の世話をお願い、うさぎ先生は律儀にホテルが見えるところまで送ってくれて、ご帰宅。

味をしめて、今日も一緒に遊んでもらう。てへっ。

2024年3月8日金曜日

昨日は杭州同学の車で上天竺寺に行ったが、陳さんはすぐ疲れるし、杭州同学はやたら私たちの写真や動画を撮りたがるし、活発でせわしない人なので、ちゃんと見た気がしない。中と下は行かなかったし、チャンスがあったらもう一度行きたい。




べたべた触られて黒くなっている

でも農村から来たらしい団体さんの姿もあったし、そろそろシーズン? 土日は混んでダメ!、って言われた。

茶畑の奥にあったので龍井茶も買いたかったが、偽物ばっかりよ、とか、なまじ詳しいので、旅行者には冷や水である~。

徳寿寺跡地に建てられた博物館は、地下にいろいろ展示があった。兵馬俑みたいに跡地全体を囲って、保存している。


南宋の高宗と孝宗がここに住んだ。


田うなぎはいまがシーズンで、見た目グロテスクですが臭みもなく、おいしかった。



清河坊にある有名な漬物屋

今日は午後、うさぎ先生とデート。西湖の東岸にある銭王祠に行って、杭州土産も買いたいです。

私の任務はこれくらいしかないが、陳さんは私にくっついて世話したがるし、杭州同学は陳さんにくっついて世話したがるし、任務達成は難しいと昨日で悟った。

午前中は黄龍洞へ行った。


黄龍吐翠