昨日はわけもなく頑張って、残りのドリル直しを全部やった。途中で頭痛がしてきたが、続けていたら治まった。目が疲れるな。
2024年9月30日月曜日
2024年9月29日日曜日
2024年9月28日土曜日
夜間の中途覚醒? このまま起きていてもいいような感じだけど。室温は26℃、ちょっと暑い。湿度65%で、ムシムシ気味。快適マークは出ていない。
試験概要 | 中検 | 中国語検定試験 (chuken.gr.jp)
第一回は1981年だって。私の大学時代だった。中国語にあんなにはまっていたのに、受けたことがなかった。1級(最上級)はいまでも受かる気がしない。試験の内容を見ると、翻訳や通訳を想定している気がする。日本にいて求められる中国語の能力は、そういう方向だ(と考えられている)と思う。
HSKとは | HSK 日本で一番受けられている中国語検定 (hskj.jp)
HSKの第1回は1990年というが、その前に「今度こういう試験ができる」と留学生向けにテストしていた。私は語学留学ではなかったので、受けていないけど。自分が中国語を使って、勉強なり仕事なりするための中国語の能力を知るには、HSKのほうがいいと思う。
どの級がどのレベルか、綱要があって、教材もあって、段階的に勉強してテストで確認して、とやりやすいのがHSKなので、HSKの6級(最上級)をめざして勉強して、中検の準1級も取れたら、ひとまず語学としてゴールでいいんじゃない?、と学生には話している。あとは仕事や興味に応じて、勉強していけば。
2024年9月27日金曜日
ねぼー。昨日の日中は夏に戻ったような陽気だったが、布団を干して、気持ちよく眠れた。これから天気がぐずついて、秋の長雨っぽい。
中級クラスのドリル20課分を作りおわったが、少し体裁を変えて、作り直したものを使おうと思う。どういう狙いがあるか、ハッキリさせて。
今回、家政婦さんのいる生活を体験して、中国語ももっと勉強しないと、と思った。家政婦さんはちょっと訛っていて、それで聴きとれない部分もあったが、ネイティブなら問題なくコミュニケーションできているわけで、私のチャイ語の幅が狭すぎるのだと思う。
うちの本棚に劉麗傑『21天征服 新HSK 高級語法』があった。2013年の日付が書いてあった。留学(しようとして邪魔されて1年延期した)時に、勉強したらしい。2周してあった。
新HSKはいろんなパターンの問題が出題されるから、6級もクリアする自信があるが(受けたことはない)、「間違い探し」が苦手だったので、日付まで記入しながら、やったみたい。「ネイティブに添削されるのは、こういう部分よね?」で、じゃあどういう練習をすれば、いいんだろ?
ネイティブの文章を真似しながら、いろいろ作文してみる、のがいいと思って、ドリルにしている。いま使っている中級テキストは、語法の説明がけっこう細かくて、「こういう言い方はできるけど、これは出来ない」というのが多い。「文法」というより「語法」で、「ザ・中国語」なのである~。
いちいち面倒くさいけど、これを無視していると、ブロークンな「サバイバル中国語」になるでせう。それでも「通じる」けどね。
2024年9月26日木曜日
さぶっ。日中は夏日になる予報。朝晩との寒暖差が激しい。風邪をひかないように、と。
茶太郎のガールフレンド、と思っていたのは茶太郎だけで、「食い逃げお嬢」(私がつけたあだ名)は他の男と子をなして、うちでご飯たっぷり食べて、子育てを始めたらしい。下手に近づくと、シャーー!!! 段ボールでハウスを作ってあげて、茶太郎は窓から見守っているそうな。
ニャン太郎はほかの猫が来ると追いかけまわして、たまに喧嘩して負けたりしていたが、茶太郎は「食い逃げお嬢」が好きで、仲良くベランダで遊んでいたらしいのに。切ないわね、茶太郎。。
「お嬢」にもワクチンは打ったそうだが、「うかうかしていると子ども産むよ!」と言っていたのに、うかうかしていて、4匹かな? 生まれた。子育ては母猫に任せるとして、そのあとどうするやら。全部を家猫にするのは無理なので、庭猫みたいにするのかな?
母猫も、ご飯を食べるとさっさといなくなっていたので、茶太郎と同じように家に入れるのは難しいのではないかと思っていた。猫にもそれぞれ猫生があるニャ。
2024年9月25日水曜日
さぶっ。急に寒くなった。もう扇風機は要らない?
病人かつ老人の陳さんと世話する家政婦さんの生活としては、いろいろ向上していた。冷蔵庫は小さいから、シャワーの温熱器も小さいから、洗濯機は古いから、便器はちょっと小洒落た形で手すりが付けられないから、と新品に交換され、洗面シンクに付いている水道も「髪を洗えるように」シャワーになっていた。
このマンションは、購入してから20年近くたっている。ちゃんと住むようになったのは最近なので、いろいろ交換してもいいけどさ。テレビは寝室に小さいのがあるだけだから、リビングに大きなテレビを買い、Wi-Fiも調子悪いから、新しいのに交換された。テレビだけでなく、ネットの番組も選んで見られるようになった。
私が行って「便利になったでしょ?」なのはシャワーの温熱器だけで、「いつでも使えるよ」だった。私は毎日シャワーを使いたい人なので。
寝室を入った所にもトイレとバスタブがあるけど、ここは水道ではなく温泉のお湯が来るのだが、使う住人が少ないので、いま温度は低いままで「各家庭で沸かしてね」になってしまい、さらに私がいないのでトウモロコシやトイレットペーパーのストック置き場になってしまった。
そこで忘却されたのが、机である。短期だからパソコンを持って行かなかったが、長期ならパソコンも使いたい。ドレッサーでは用をなさない。陳さんは新聞や雑誌や本は読むが、ソファーやベッドで出来るし、パソコンを使わないので、机はもっぱら私用。・・・忘却されてたよね、私?
昨日は涼しかったので、北京で買った物やコーヒーなど、授業が始まったら必要なものを研究室に運び、ついでに中国ビザ用の写真を「カメラのキタムラ」で焼き増し。次回は親族訪問ビザに挑戦! 2年マルチが取れたら、いいけどな~。
中国ビザ(Q2親族訪問)取得手順【2024年7月23日更新】|けろっと (note.com)
最長の5年マルチは、1年や2年マルチをとったことのある人、が条件。
中国でパスポートをなくしてしまった時の対処法 ~2024年版~|Galileonics (note.com)
関連記事に、こんなのがあった。やっぱりパスポートはなくさないように、と。
2024年9月24日火曜日
さぶっ。羽毛布団を出して、長袖パジャマ(ボタンと襟のない)で寝た。いまの室温は23℃、湿度55%、快適マークが出ている。
机が使えるようになれば、家政婦さんが住みこみでいても、大丈夫かな? 何度戻しても枕元に月餅や牛乳、菓子パンやオレンジジュースを置いていくのは、辞めて欲しいが。夜中に目が覚めてしまうので、「お腹すいたら食べて」ってことだけど、食べないし~。
私がスーパーで買ってきて飲んでいたのは、ヤクルト。日本から持っていったビオフェルミンも、毎食後に飲んでいた。胃もたれしていたし、腸は第二の脳だからニャ。ふくらはぎは第二の心臓、散歩がてらスーパーへ行って、何があって何がないか、チェック。ヤクルトを1本買って帰る。
次回、日本から持っていくとしたら、サランラップ(と次々に商品名を書いてしまうが)。「中国にもある」けど、微妙に使い勝手が悪そう。100均で売っているシリコンの蓋も、いいと思う、ちょっとした漬物とかカットした果物とか、皿を出しっぱなしでGが心配だったから、私がビニール袋をかぶせていた。
(姉)は気がついて、すぐ皿の上にボールなどをかぶせるようになったが、(妹)は私が補充したタオルをどけて、古いゴワゴワしたタオルをかけ直したり、自分のやり方を曲げようとしないタイプなのである~。
透析に行って留守の間に、クイックルワイパーで掃除もしていたが、シートのほうは各種、出回っていた。台所用の油に強いタイプも、あった。これも買って置いておいたら、(姉)はすぐ気がついて、床を拭いたりしていた。拭いたところだけ、ピカピカになった。もっとゴツいモップで、(妹)も毎日床を掃除してくれていたが、ベッドの下とか、手の届きにくい箇所があって。
私はボディソープが苦手で、石鹸(上海の白檀の香りの)を買って使っていたが、置いて帰ろうとしたら「使わないから持って帰って」と言われて、持って帰った。次回またホテルに泊まるかも知れないから、ま、いいか、と思ったが、(妹)は私の私物を極力排除しようとするのである~。だから(姉)が「遠慮しないで! 自分の家なんだから!」などと言う羽目になる。
例のアレの間に、三元橋のアパートを売って、小湯山で暮らすようになって、私は去年の秋に2週間ほどいて自分の大量の本は整理したが、ほかの荷物がゴチャゴチャしたまま。机が書斎からリビングに出され、代わりにシングルベッドが置かれ、リビングの机の上には今回大きなテレビが置かれ(壁かけ)、去年の秋にはあった私の勉強スペースが、なくなってしまった。
長野もそうだけど、これでは退屈して、長く居られない。家具の配置を変えるとか、小さな机を買うとか、してもらわないと。
たぶん、家政婦さんが住み込みになって、台所をはさんで1部屋に陳さん、1部屋(元書斎)に家政婦さん、呼べば聞こえる距離に、それぞれシングルベッドを置いて使っていたが、入院して2人体制になったので、家政婦さん姉妹に寝室の大きなベッド、私は元書斎のシングルベッド、本はそこにあるし、ってことになったのだと思う。寝室はちょっと離れているので、姉妹のどちらかは夜はリビングのソファーで寝ていた。
ありがたいことだが、夜間に中途覚醒してもリビングが使えないので、いろいろ不便だった。3月の春休みに長めに行ったら、家具の配置を変えて、寝室を私の部屋にするかな?
陳さんは「勉強のために勉強する」ことに理解があるが、多くの人は「仕事のために勉強する」とか、勉強は手段であって目的ではないらしいから、ちゃんと主張しないと、にゃ。
2024年9月23日月曜日
雨。涼しい。⇒のち晴れ。爽やか~♪
思えば私の世話をやいていたのは家政婦さん(姉)で、(妹)のほうは「マウント取ってる?」なこともあった。三元橋やハルピンのアパートの様子も知っていたし、例のアレの頃から来てもらっていた人なのかな? 昨年の秋には、いなかったけど。
だとしたら、食事や掃除がちょっと不安。(姉)と一緒に、たびたび夕飯を抜いていたが、(姉)はふつうの体型だけど、(妹)はかなりぽっちゃり。見えないところで、食べている? 足首も挫いたのか、痛いらしい。陳さんが所望したアンメルツ、まず(妹)に使わせていた。「これじゃない」とブツブツ言っていたけど。
あなたは「淘宝」で箱買いできるんじゃないの?、と思っちっち。鍼灸ができるそうで、機械で温めて使うお灸セットを「淘宝」で注文していた。それは陳さんがヒザに使っていたけど、私がいなくなったら(妹)も足首に使っているかも知れない。
陳さんのズボンなどもネットで注文して、サイズなど合わなければ、さっさと返品。透析に行くのに、陳さんが「今日は涼しいからジャケットを着ていく」と言ってタンスから出したのが、日本に来てすぐの頃に買ったもので、私は「これがまた着られるほど痩せてしまって・・」と見ていたが、「洗濯したの? 襟元が汚れているわ! 洗わないなら捨てるわよ!」と叱っていた。
「以后再这样,我就不客气了!!!」 ・・洗濯機で洗いそうな勢いだったので、「クリーニングに出してね」と注意しておいた。
物が多すぎて雑然としているし、Gだって増やしすぎ。寝室(を家政婦さん姉妹に使わせていた)の横にあるバスタブに、トウモロコシの箱やらトイレットペーパーの袋やら、山積みになっていた。古琴の師匠んちの稽古場のトイレを、思い出した。あそこまでギッシリではなかったけど。
義姉(中医でないほう)がくれたエッグタルトや鶉の玉子、ソーセージなども、「いつもコレくれるけど、おいしくない」と言い捨て、日本に持って行けという。荷物になってイヤなので、私が朝食にエッグタルトをせっせと食べていたら、「食べたくて食べているの? 残ったら捨てるから、ご飯を食べなさいよ」と言う。その「ご飯」が、たくさん作って冷凍した肉まんや餃子を、油で揚げ焼きしたものだったりするので、「朝から食えるかい!」だったのだが。
応援にきていた家政婦さん(姉)がいなくなって、家政婦さん(妹)と陳さんと私の3人になったら、私はちょっとキツいな~。
灯市口の中国書店で買ったテキスト
2024年9月22日日曜日
秋分の日。雨もよう。これから涼しくなる?
中国のほうが日本より階級社会なので、家政婦さん(「婦」と呼ぶ辺りから日本では「差別だ!」となりそう。「アイさん」のほうが私は抵抗あるけど)に対して、雇い主側も遠慮なく使役できそう。私は「陳さんが雇っている人だから」というのもあって、ほとんど口出ししなかったが、べつに遠慮していたわけでもなく、注文つけるほど料理や服装に関心なかっただけ。
しかし、トウモロコシやら何やら「持って行って!」とか、「気持ち」のパジャマ(夏用&冬用)とか、押しが強いので、困った。パジャマは「ここで着るね~」と置いていったら、着ないと気まずくなりそうで、持って帰った。ボタンや襟が気になって、日本でもパジャマで寝てないんだけど。
トウモロコシその他は、留守のすきに棚に押し込んだ。木を隠すには森へ。箱で買いすぎよ、戻してもバレなかったみたい。キクラゲだけ、どこから出してきたのか分からなかったので、適当に置いてきたから、あとで発見して、気づくかも知れない。
処分に困りそうな本や資料をトランクに詰めたので、荷物の重さではバレなかった。「板藍根」4パックも何気に重かったが、1パック置いて行こうとしたら、すぐ見つかって「遠慮しないで~、いつでも買えるんだから、ほんと面白い人ねえ~」と押し戻された。「どっちが!?」だが、仕方なく4パック全部持ってきた。やれやれぢゃ。
Gには、まいった。コンバットを置いた3日後以降も、チョロチョロ出てくるのを処理していたが、マンションだと外へ逃げて行かずに、室内にふらふらと昼間でも出てくるんだね。1年用を置いたので、だんだん少なくなると思うけど。
ふだん家事・育児・介護など「主婦の仕事」をほとんどしていないので、家政婦さんがそれをやっても「主婦の座を奪われた!」感がない。陳さんも「主婦のくせに何もしない!」と思っていないので、そこはクリア。
家族じゃないのに「家族みたい」にしたがるから、それが現代の日本人にはストレスかも知れない。「大家族」に慣れていない都市住民にとっては、なおさら。
2024年9月21日土曜日
飛行機が遅れて、家に着いたのは今日の0時半。すぐエアコンいれて、ざっくり荷物を出して、シャワーを浴びて、お茶をいれて、1時半。やれやれ。
「春月先生のディープな北京生活」が終わり、平常運転に戻る(たぶん)。東京は夜でも31℃で、ビックリ。
産後ケアは24時間体制だろうし、アイさんのお給料は高くなりそうです。陳さんも入院⇒退院直後は、2人体制で倍額だったし。数日したら姉さんのほうは帰って、もとの妹さん1人体制になり、春節も「透析があるから休まない」と言っていた。ま、陳さんに任せます。
「今度はいつ来るの? いつでも来て! 自分の家なんだから!」と姉さんが言っていたが、「は? 当たり前でしょう? 私の家ですよ」と黙っていた。家を切り盛りして、妹さんが「主婦」みたいになっているので、改めて強調されると、おかしな感じ。
私は「妻」だが、家事・育児・介護といった「家族のケア」をほとんどしていないので、「主婦」かどうか怪しい。
2024年9月20日金曜日
日本へ。午後の便で、家に着くのは夜中になる。
納豆や冷奴が食べたい。家政婦さん(姉)の料理は、野菜(とくに青菜)が少なめ。代わりに果物が多い。葡萄やマンゴー(箱買い)を、たくさん食べた。
メニューは陳さんが食べたいものを注文つけていて、私にも「何でも作るから言って」というが、中華限定だろうから、何も言わずに出されたものを、おいしくいただいた。
日本から50万円持ってきたが、銀行で人民元に両替して、家政婦さん姉妹の2ヶ月分の給料になった。1ヶ月5000元×2人+生活費。
家政婦さんのことを、「保姆」とか「阿姨」という。駐在などで中国にいて雇っている人は、後者の呼び方で「アイさん」などとブログで書いているが、住み込みで雇っている人の情報は少なくて、いま北京の相場はどれくらいなんだろう、と思っていた。
外国語ができたり、外国の料理も作れたりすると、もっと高くなるらしい。家事や介護は低め。産後ケアは高い。
住み込みの「家事アイさん」月給5000元は、何かの記事で読んだ。「産後ケアアイさん」は、その倍くらいとる人もいるらしい。通いで料理や掃除、子供の世話をやるアイさんは、時給40元から、が最近の北京や上海の相場。
これに比べると、献血1回3000元は、かなり高い。「血を売る」って、なかなかのことで、頼んだらみんながしてくれるわけでもない。
医療費は、保険制度が日本と違い、高額医療費は年50万元を越えたら、全額自己負担。病人やるのも大変だ~。
今日のお昼は気合い入っていて、私はサナギが解凍されているのを見てしまった。高級食材で栄養ありそうだが、さすがに「夕飯に回して」と頼んだ。長野では、蜂の子を食べるけど、蚕(と呼んでいるがちょっと違うらしい)のサナギはけっこうデカい。
閲覧注意(↓)
一難去ってまた一難。妹が買い物から帰ったと思ったら、カエル🐸の足だった。もちろん後回しに。
2024年9月19日木曜日
暑くて夜間の中途覚醒。
家政婦さんが「気持ちだから」と、夏用半袖と冬用長袖のパジャマをくれた。姉妹と「おそろ」らしい。あいやー。
さらに、白菜の漬物(酸菜)2袋と棗1袋、私がうっかり「だったらトウモロコシを1本だけ」と言ったら、7本ほどトランクに投げ込んでくれた。自分の服が入らないし、重くて持ち上げられない。
いつも機内にも持ち込めるサイズのトランクを使っているが、「トランクが小さすぎよね」だって。本を入れると重くて、このサイズだと目一杯詰めても20キロを越えない。でも白菜の漬物やトウモロコシも、本並みに重いのだった。
(パジャマ以外の)支払いは陳さんから預かっている生活費から出ているのだろうが、「じゃあ遠慮なく」と持って行くわけにもいかず、透析に行っている間にこっそり箱に戻そうと思う。
なんか、実家に帰った娘か、田舎の親戚の家に泊まった姪みたいな感じ。母方の親戚は、おおかたこんな雰囲気。冷蔵庫を勝手に開けて、いろいろ「もらってくね~」みたいな。
にしても、どっちが「あるじ」だか状態。これで陳さんがボケたら、ヤバイね。
2024年9月18日水曜日
九一八。
中国人にとっては、911より忘れてはならない日。「日本人も忘れるな!」ってとこですが。
月餅が、私の枕元とリビングのテーブルの上と、行ったり来たり。私は少しでもみんなで食べて減らしたいが、家政婦さん(姉)が「日本に持っていって」と置いていく。荷物になるからイヤなのに。
「月餅なんて一年中ある」と言って、昨晩は私が灯市口で買った月餅でもなく、杭州の陳さん同学が送ってくれた霊隠寺の月餅でもなく、義姉がくれた月餅でもなく、家にあった月餅を、夕飯の時に出してくれた。
こういうところがねえ、長く一緒にいると、私はイラっとするかも知れない。霊隠寺の月餅を食べたかったよ。18粒の数珠も一緒に入っていた。
月餅なんか日本でも一年中買えるが、月餅は月餅にして月餅にあらず。
私は甘栗を、病院のそばの市場でゲット。胃もたれしているが、甘栗は別腹。炒りたてホカホカの甘栗は、別格。
2024年9月17日火曜日
2024年9月16日月曜日
2024年9月15日日曜日
早起き?
涼しくなってきたし、乾燥しているので、保湿クリームを買ってみた。ビタミンE配合、10元也。
2024年9月14日土曜日
夜間の中途覚醒。
陳さんが呼んだらすぐ起きられるように、と家政婦さん姉妹のどちらかがリビングのソファーで寝ているのに、私がトイレに行くから、起こしてしまう。申し訳ない。
しかもGコンバットを置いたら効き目がすさまじく、初日はキッチンやリビングにふらふらと、2日目は洗面所にふらふらと、出てきたのを私がいちいち退治して回っていたので、夜中にごそごそ、私がG並みにうるさかったと思う。3日目の今日は、どこ行った? ほぼ撲滅? ちなみに小さめチャバネなので、怖くない。
前回、中国銀行での両替がすごく時間かかったので、羽田空港で両替してみた。100元札しかもらえず、端数は日本円で返される。1万円が400元と千円ちょっとになって、「秒で」渡された。
ピン札? きれい過ぎて、ニセと疑われて使えない、という都市伝説があるが、さっそく1枚、交通カードのチャージに使った。空港から市内へ行く地下鉄のエクスプレスが、25元。市内からアパートまでは、地下鉄とバスで8元。
タクシーだと、空港からアパートまでは120元くらい。斜めにまっすぐ来る道がなくて、時間もお金もかかる。
始皇帝のドラマを長野で途中まで見ていたが、同じドラマをいま陳さんが見ているので、一緒に続きを見ています。長い。全78話。まだまだ終わらない。
2024年9月13日金曜日
2024年9月12日木曜日
夜間の中途覚醒。
今日は透析のために6時起きで、7時に家を出るそう。私は9時半に出てバスで行き、義姉さんたちと病院で合流、お昼食べて、透析終わった陳さんたちと一緒にタクシーで帰宅、の予定。陳さんたちは家に帰ってから、昼御飯。
病人かつ老人に合わせた生活で、家政婦さん姉妹はよくやってくれている。私より少し年下で、私は姐さん呼びされている。
用のない時は部屋でテレビやスマホを見てたりするので、私も自分のペースでやりたいことをするのである~。
ただ、家電や家具が増えていて、便利だけど勉強するスペースがない。机の上に大きなテレビを置かれてしまったし。とりあえず10日間なので、辛抱しますけどね。
陳さんの小血管炎は、検査の結果、ほとんど炎症は見られず、腎機能障害もいま長期留置カテーテルで週3回透析してるけど、数値が改善してきているので、回数をだんだん減らして、いずれは透析なしで、という。順調にいけば、ですが。
50日近い入院で、医療費は600万ほどで、保険で8割カバーしたが、輸血や看護助手の費用もあわせて、200万ほどかかった、という。日本にいたら、高額医療費は上限があって、月10数万で収まったはずだけど。
輸血は、献血したことがない人は自力で人を見つけて献血してもらう。1人3000元×9回。看護助手の日当300元×10日間。この費用が大きかった、と義姉さんたちが話していた。
日本のほうが社会主義が進んでいる、と言われるわけですニャ。
2024年9月11日水曜日
2024年9月9日月曜日
2024年9月8日日曜日
今日の朝食の主食は、🌰。電気圧力鍋で茹でている。
そろそろ観光で中国へ行く人も増えてきて、YouTubeなどに情報が出てくるようになった。
私は、昨年6月はなにかと難しくて断念、情報も古いものばかり。夏に「微信(WeChat)」や「支付宝(アリペイ)」(国際版)がクレジットカードと紐づけして決済に使えるようになり、10月に恐る恐る試して、今年8月は「百度地図」(国際仕様。「高徳地図」は違う)も使って、まあまあ余裕の一人旅。その間に、ビザ申請も若干だが申請書の項目が減り、こちらが慣れたこともあって、スムーズに。ホテル探しには「Trip.com」。
Chinese Visa Application Service Center (visaforchina.cn)
トリップドットコム 公式サイト|航空券・ホテル・列車予約ならTrip.com
②「WeChat」「アリペイ」と、現金・クレジットカード。
2024年9月7日土曜日
白露。信じられませんが。
北京(Beijing)(中国)の天気 - 日本気象協会 tenki.jp
東京と10℃違う? 風邪ひかないように、と。
朝から🌰の皮むき。今日は🌰ご飯。6粒むいたら疲れたので、米は1合半だけ。
2024年9月6日金曜日
2024年9月4日水曜日
2024年9月3日火曜日
雨。
昨日は暑かったが、喘息の薬をもらいに行き、ついでに髪をカットし、シャワー浴びて昼ごはん食べて、ビザを受け取りに行った。申請のほうは混み混みだったが、受け取りはスムーズだった。帰りに池袋の書店へ行き、何も買わずに帰宅、と。
東京は便利だわ~。
北京のホテル、クチコミをチェックしたらエアコンが効かないとか、それは大変! 昨秋に泊まった灯市口の四つ星ホテルに、予約変更。近くの中国書店が9:00~18:00(夏季は18:30)までやっているので、寄ってから小湯山のアパートへ行こう!
by J 中国人相棒との出会い、最後に質問 | じゅりの七転び八起きな北京旅行(旧:みどりの果敢な北京生活) (ameblo.jp)
最後のほうに質問があるが、最近はブログを書く人が少ないので、最新の中国情報を得るのが難しい。私の場合は、うさぎ先生がいるけど。
中国の場合、相手や状況でいろいろ変わるので、誰に聞いてもいい、というわけでもないのが厄介だ。
2024年9月2日月曜日
やっと晴れた。ぐんぐん気温上昇して、残暑に。でもって、明日はまた雨らしい。とりあえず洗濯、干せるものを干しておく。
by J 私と中国 | じゅりの七転び八起きな北京旅行(旧:みどりの果敢な北京生活) (ameblo.jp)
仕事でつきあうとなると、また違う苦労が山盛りありそうだな~。











