今日も晴れ。☀
太陽はなぜ赤い? 朝日かな? 中国では白かった。青天白日ぢゃ。
囲碁の天才テクがボロ負けした時に、大人はハラハラ気を遣い、友人はズカズカ部屋に行って、傷口に塩を塗るようなことを言いながら、実は励ましているシーン。みんなで流行のダンス?して、テクも一緒に踊って、溜め込んでいたものをわーっと発散させて。
「負けて落ち込んでいるだろう」が前提だけど、プロでそれじゃ、大成しないと思う。勝って浮かれて、負けて落ち込んで。それは素人だからで、プロなら冷静に負けた原因を分析して、研究する。それもまた楽し、だと思うけどなー。
碁盤の前で棋譜を見ながら碁石を並べている時だけが勉強中、というわけでもないだろう。試合前に控室のドアを勝手にあけて写真撮ろうとした新人記者が叱られていたけど、勝手に部屋に入ってきてバカ騒ぎする友人(不在時も)は、私だったら「勘弁してくれ」だな。
「棋士ってふだん何してるの?」だろうから、仕方ない。「お父さんって昼間なにしてるの? 家ではアホでだらしないオッサンだけど?」も同じ。一家の大黒柱(古い!)なのに、家ではそういう扱い、という家族もあった。
私は隣の大学芋奥さんばかりでなく、例の親切すぎる上海人にも、自分の親を引き合いにして「世間知らずだから」みたいなことを言われる。「老人ホームなんか行ったら、『老百姓(庶民)ばかりで話が合わない』なんて言い出しますよ、春月先生も」と。大学芋事件で「ほらね♪」
「学校の先生は社会経験がないから」とかいうけど、「学校も社会の一部だし、教師も社会人ですよ?」と思う。「学校という狭い社会」に対しては、「お互い様では?」と。何を「標準的な社会」「社会といえばこう!」と考えているのか、マジョリティって強気でこわい。いまだって「話が合わない」人なんかいくらでもいるけど、「こっちに合わせろ」と当たり前のように思えるらしくて。
「先生は授業のない日は何をしているんですか?」とか「趣味は何ですか?」とか「なぜ中国語をやろうと思ったんですか?」とか、北京ダック(3回目)を食べながら、尋ねられた。「ひとことで言うと、美の追究です!」・・・怪しい人?
中国語を始めたきっかけは、大学1年の時、一般教養「文学」の授業で、漢詩を先生が中国語で読むのを聞いて「美しい言葉だな」と思ったからで、ふだん授業のない日は中国の「詞」という韻文ジャンルを研究していて、趣味は韓国語その他外国語の勉強? 琴の練習? どれも研究と無関係ではないので、趣味はない🦆? 子どもの頃は「読書」と答えていたけど、趣味の定義は「本業以外の楽しみ」らしいので、趣味が仕事になりました。
こうなると、本業の定義が問題になるな。定年後は「本業」がなくなって、読書がまた「趣味」になるのかな? 教師ではなくなるけど、研究は続けるなら、それも「本業」かも知れないし。いやいや、定年後の本業は「ごんじー♪(詞も作ります!)」だったのでは?