2024年11月28日木曜日

昨日はさすがに疲れた。身体的に。北京で買ったお菓子を持っていって、まったり授業した。学生さんは育ちが良いので、「おいしいですよ♪」と和気藹々、癒されるわ~。

帰りにスーパーへ寄ったら、コストコフェアをやっていたので、シナモンレーズン味のベーグルを2袋、珈琲味のマフィンを1パック、買った。あと夕飯用の小松菜やミカンなど。冷蔵庫にはジャガイモとリンゴ、納豆と豆腐しか、なかったので。ベーグルとマフィンは、すぐ冷凍。

北京の近所のスーパーも、パン類は豊富にあった。米は、「水を代えたけどおいしくない」と家政婦が言っていた。「日本の炊飯器を使えばいいのに」と私が言うと、「1時間もかかって、電気代が無駄」と言う。浸水と蒸らし込みで1時間なので、セットして炊いている間に、おかずを作ればいいんだけど。タイマー予約もあるし。

どうせ私の話は無視するので、仕方ない。陳さんの世話はやってほしいが、あの家政婦との「共同生活」は、きついな~。いちいち口やかましい。「ぜんぜん寒くないのに、帽子と手袋? わ~、怖い!」とか、意味不明だった。こういうこまかい事をわちゃわちゃ言いながら、にぎやかに暮らすのが「家族ってものよ!」と思っているかも知れないが、それは自分の家族でやって欲しい。

姉さんちに居候していたようだが、そこも居づらくて、陳さんの家政婦に戻りたくて娘に偵察させた、ってのは当たっている🦆? 独り暮らし=孤独で気の毒、って決めつけているが、それは家政婦が「孤独」だからだと思う。猫でも飼えばいいのに。

って、長野では子猫が2匹(次男と三男)、床屋さんの知り合いに引き取られ、残った母猫と子猫2匹(長男と四男)は「もう渡さない!」と弟が言っている。茶太郎と合計4人、ちがった、4匹。大丈夫なの?

ということで、週末は長野に様子を見に行く予定。

2024年11月27日水曜日

授業。雨があがって、生ぬるい。北京のほうがやはり寒かった。長いダウンコートの人もいた。

疲れた。左ももが筋肉痛。腰は右のほうが張るので、かばってヘンな座り方で、バスやら地下鉄やら飛行機やら、乗っていたのかも知れない。

家政婦さん(妹)は、うちの母親にちょっと似ている。働き者だが、仕切り屋で愚痴っぽい。弁護士の娘には家事をまったく手伝わせなかった(ここはうちとは違う)ので、娘は何もできないらしい。私は自分のことは出来るが、「奥さん」として家族の世話をするのは、無理っぽ。陳さんもそこは私に期待していない。

というわけで、「奥さん気どり」とか「あとがまを狙っている」とか、家政婦さん(妹)もそう言われるのはイヤそうなので、だから「奥さんが来たら辞めなきゃ」と思っていたようだが、「いやいや、違うから。陳さんの世話はあなたがやって!」で、「それでいいの?」「いいのよ!」ってことで、今後はうまいこと行くかも知れない。

家の中のことに私が口出ししなければ、家政婦と衝突するネタもないし、陳さんが板挟みで苦しむこともない。私は机と照明(寝室のは暗い)をなんとかしてくれれば、他はどうでもいい。

まあ、あの気性では、娘はともかく、その婚約者(いるらしい)や相手家族とは、うまく行かないかもね。婚約者も同業らしく、大学院時代に知り合ったのか、インテリ揃いで、学歴コンプレックスはそこで感じているかも知れない。生まれた時代や地域や性別で、誰もが勉強したければ出来る、というわけではなかったのだし、得意不得意も違うのだから、「でん!」と構えていればいいと思うのだけど。

陳さんの世話をする「奥さん代わり」でいることが、けっこう張り合いになっているんだと思う。高収入の弁護士の娘の世話になるのも、たぶん気が引けて、できなくて。

「陳さんはあなたを信用しているし、私もあなたを信用しているし」と腕をポンポンしながら言ったら、急に神妙な顔つきになった。「更年期なんじゃない? 身体を労わらないと、あとがきついわよ。あなたも機会を見つけて、たまにはゆっくり休んでね♪」なーんて、こっそり骨を抜きながら「奥さん」の格の違いを、見せつけてやりまちた!

疲れたわ。陳さんの状態について、私はあまり楽観的ではないので、私自身があとで後悔しないように、気持ちよく去りたかった。でも飛行機の中で、ちょっと泣いた。陳さんは私にも他の誰にも、声を荒げることはないのに、家政婦はガミガミ大声で怒り散らして、「いい加減にしろよ!」と腹が立った。

私が来ると「世話しなきゃ! でも出来ない!」となって、「焦燥感が激しい」と言うが、鬱になったのは全部、私がいない時ですからね。最初は若い頃、文革の時。家政婦はその世代ではないし、知識も想像力もないから、分からないだろうけど。表に出さないだけで、陳さんにも感情がないわけではないので、「無」にならなきゃいけない状況に、追い込まないで欲しい。

私が定年前に仕事を辞めて、中国で退屈しながら陳さんに張り付いて世話して、というのは陳さんも望んでいないので(逆の立場だったら、私もそれはかえって負担に思うだけ)、長期休みはなるべく中国に行って、急変したら授業をやりくりして駆けつけて、って感じになると思う。

2024年11月26日火曜日

午後、日本へ。

家政婦とは、ハルピンの按摩店で知り合ったらしい。娘が北京で仕事しているし、住み込みの家政婦が必要になった時に、陳さんが声をかけたらしい。

空港に近いアパートを売って、今のアパートに越したことや、そのあとハルピンにアパートを買ったことも、知っていた。このときは手伝いに来るような関係で、他のところで家政婦もしたことがあるので、頼んだようだ。

陳さんは「どうせ誰か頼むんだし」で、この人の前は、義姉(中医じゃないほう)が人を見つけて、来ていた。いまの家政婦は、住み込みは初めてだったみたい。

「いろいろ言う人もいたけど、奥さんいるし、お互い歳だし、大丈夫だから」と。私は色恋沙汰は今でも心配してませんけどね。でも「あとがまを狙っているんじゃない?」と言う人は、私の周辺でも、いる。

私にも陳さんにも家政婦にも失礼なので、色恋はない前提で、でも家政婦のいいように暮らしてるんじゃない?、とは思う。家政婦の言う通りにしないと、どえらい不機嫌で、去年の6月は中医の義姉と喧嘩して、家政婦が辞めた。

私に珍しく定期じゃない日に陳さんから電話が来て、「永遠に愛してる」なんて最後の別れみたいなことを言うし、妄想もひどくて、焦った。でも去年はビザを取るのが難しく、陳さんは義姉(中医じゃないほう)の家に2ヶ月いて、秋に私が北京へ来た時は、「あれは何だったの?」というくらい、まともだった。今年3月の杭州も、体調悪そうだったが、一緒に旅行できた。

しかし杭州から帰ったあと、弁護士の娘がアパートに来て、「ご飯と漬物ばっかり」テーブルに並んでいる様子を報告して、4月からまた家政婦が住み込みで世話するようになったらしい。娘がなんでアパートまで来たのか、そこら辺は不明。付き合いの程度がよく分からん。

6月に体調が悪化して、救急搬送、入院、腎機能障害、なんとか退院、透析生活、現在に至る。鬱はちょっとあり、無気力になるタイプではなく、焦燥感が激しいタイプ。この辺もちょっと分からない。焦燥感が激しい鬱?

入院して、一時はかなり危なかった。8月は私、葬式になってもいいように、荷物作って来ましたからね。そこまで悪くなった経緯については、てんでに言うことが違う。

家政婦は、もともと病院嫌いな陳さん、中医の義姉、あと私?、のせいでまともに治療しないからだ、自分は弁護士の高収入の娘の世話になってもいいのに、陳さんが「いいじいさん」、かつ「孤独で気の毒」、だから他の家政婦とは比べものにならないくらい熱心に世話している。なのに、「言うこと聞かない人ばっかりだ!」と怒っている。

私はもう帰国するし、さっさと逃げて来たので、しばらくまた家政婦の言いなりに治療に専念すればいいが、私込みの陳さんの「家政婦付き生活」を、この家政婦は受け入れがたいみたい。私もこの家政婦では、居場所がない。ガミガミと陳さんに当たり散らしている様子を見るのも、つらい。

どうなりますかね。

家政婦の「孤独で気の毒」という認識や感情が、間違っている気がするが。

「病院でもバカにされる」と姉妹そろって言っていたが、そうなの? だからといって「家族みたいに」が、大きなお世話。踏み込み過ぎ。

4泊5日。1日目、昼過ぎにアパートに到着。ご飯(ご馳走)のあと家政婦は散歩に行き、なかなか戻らないのでホテルへ行った。

2日目、透析。アパートに泊まろうとしたが、トイレを詰まらせ、陳さんと家政婦が昼寝している間に、ホテルへ行った。陳さんはすぐ起きたが、家政婦はずっと寝ているので、挨拶なしで。

3日目、鍵を開けるところから険悪ムード。トイレの件で、すぐ戦闘モード。私が来たら家政婦は辞めて出ていく気でいたので、それは違う。「奥さんの仕事」を頼んでいるわけじゃない、という話はしたつもり。いまいち理解されてなかったようだけど。ギョウザを作りながら、義姉たちへの愚痴を山ほど聞く。ギョウザを食べたあと、家政婦が昼寝している間にホテルへ行った。ずっと起きないので。夜中に陳さんが起きると家政婦も起きるからで、そっと寝かせておく。

4日目、トイレ修理で、朝から家政婦が機嫌悪い。陳さんが按摩に行かないので、ガミガミ怒りだした。たまらずホテルへ。私の睡眠時間がどんどん短くなる。ここ2日ほど、2時間くらいしか寝ていない。ここに長々と書いているせいもあるけど。他にする事ないので。

5日目、午後の便で帰国。午前中はどうしようかなあ? 昨日、灯市口の中国書店は行ったので、義姉さんと連絡してみよう。来年のカレンダーを買ったので、ケロリとした顔で1つ陳さんに届けに行く? さすがに家政婦も病院では、大声で喚かないだろう。

9月に来た時も、義姉たちへの不満はひとしきり聞いた。陳さんの横でガミガミ大声でわめいているので、「もうやめてあげて!」とその時も私は泣きそうになった。陳さんは「無」になって、右から左へ聞き流していた。

陳さんのことを「大学生」と呼ぶことがあって、「中卒が大学生に意見してるのよ!」と2回聞いた。自分が学歴ないから「みんな言うこと聞かない!」って思っているのかな? 

だとすると、私はこれがいちばん苦手。きつい性格や大声には、応戦できる。でも学歴コンプレックスには、応戦できない。「コンプレックスがあるの?」と聞くわけにも行かないし、「自分で解決してくれ」と思う。

「娘が弁護士で高収入だから云々」からも、ここが怒りスイッチの可能性はある。陳さん始め、誰もそこはポイントじゃないんだけど。私も両親は「尋常高等小学校」が最終学歴だし、それを誰も気にしないくらい、陳さんちは「革命家族」だし。

しかし現実として、「共通言語がない」のも、事実。家政婦を代えても、そこは変わらないと思うが。

陳さんが「無」になって聞き流しているのは、家政婦に期待していないからで、家政婦を「家族や友人」と思って、味方しているからではない。そこに薄々気づいて、イライラしているのかも知れないが。

「孤独で気の毒」なのは、この家政婦じゃないかしら?

2024年11月25日月曜日

部屋が乾燥しすぎ。喉がかわく。

昨日はアパートに着いて早々、鍵が開かない。中からもガシャガシャ、タイミングが合わずに、「ちっ」みたいな反応。部屋に入ると、陳さんが「やっと寝たところだから静かにして」と牽制される。 

トイレの写真を撮っていたら「使えないわよ」「分かってる」「小もよ」「分かってるって!」 いきなり戦闘モード。

私が来ると「焦燥感が激しい」と言うが、「焦らせておけばいいんじゃないですか~。だから来ない、ってわけには行かないんだし」と言ったら、唖然としてた。陳さんファーストなのはありがたいけど、陳さんは「春月ファーストなんですよ~」 まだ分からないの? にぶいわね。

鬱で「焦燥感が激しい」から「来ないほうがいい」と言っているのは家政婦やその話を真に受けた義姉(中医じゃないほう)で、陳さんは「来るなとは一度も言ったことないでしょ?」 

私が来ると、治療しないで私を待ってる節はあって、それは私も困るから今回もホテルを予約したが、すると言っていたシャント造設手術はしないし、膝関節の按摩を休むくらいだし、家政婦が騒ぐほど邪魔になっているわけでもない。私のせいにしないで欲しい。

夜中に全然眠れなかったとか、私だってそうだし、私は眠れる時に寝ればいいと思っているから、睡眠障害はあるけど「不眠症」ではない。「年寄りなんて、そういうもんですよ」 そのうちイヤでも眠りっぱなしになるんだし。

でも家政婦も頑固で、陳さんの世話を理由に、元書斎を使いたいようなので、私は寝室を自分の部屋にすることになった。だったら「机をどうにかしてよね。今だって毎日5時間くらいは勉強してるんだから」と、陳さんに言っておいた。

「しすぎじゃない? 学校の要求?」「いや、人類の要求。人類が私の才能を必要としてるんで」 ははは!

家政婦さん姉妹や義姉(中医じゃないほう)やうちの母親のようなタイプを、傷つけたいわけじゃない。でも彼女たちの「女性の生き方」を私に求められても困るし、陳さんが「かわいそう」とか、「はあ?」 からめてから攻撃してんの? なんで? 受けて立とうか? やっちゃうよ?

やっちまった! 陳さんに「あなた、かわいそうなの?」「別に」「だよね!」 

2024年11月24日日曜日

夜間の中途覚醒。たぶん食べ過ぎ。甘栗買ったし。

中国はトイレットペーパーを流さずに、横のゴミ箱にためて捨てる。私が紙と思っていたのは、「布よ! 何回流したの!?」と叱られたが、そんなところに布が置いてあるなんて思わないし、「じゃあ紙はどこ?」「いつも流してたの?」「じゃあゴミ箱はどこ?」

陳さんが流しても大丈夫と言うから、流していた。そういえばペーパーも白いのではなく、茶色い固そうなのが置いてあった。でもゴミ箱はないし、どう処分しているのだろう? 寝室のバスタブには白いペーパー山積みで、そっちのトイレでは白いペーパーを使っている。陳さんはやはり、流していいと言う。


右に写っている白いのが、布。いつもこの場所にトイレットペーパーを置いていたし、ミシン目もあって、ちょっと変わった紙だと思っていた。

家政婦の罠かな? でも詰まって他の階にも影響あったら大事だな、と思い当たって「焦燥感が激しい」、もう日本に帰りたい。

机も、なんだかんだケチつけて、陳さんの「焦燥感が激しくなるから後にして」だし、私が来たので休みを取って姉の所に行こうとしたら、陳さんが「止めるのよ。また今度ね」だって。

あなたが煽っているんじゃないの?と思うが、陳さんが板挟みで困ると思うから、こっちが我慢して譲る。折を見て「家政婦を変えよう」と義姉たちとは話した。あの家政婦に仕切られながらじゃ、私は長く居られない。

陳さんの面倒はよく見てくれているし、献血が必要な時はあちこち声をかけて人を集め、弁護士の娘も病院の手配を手伝ったり、してくれたらしい。なので今すぐではなく、折を見て。

私も決して気が弱いほうじゃないので、衝突したら家政婦が「じゃあ辞めるわ!」ってなると思うが、「そうなったら次はちゃんと紹介所で研修を受けた、男性がいいわね」と義姉たちは言っていた。


私が持ってきた鍋は、ベランダに放置。


以前、日本から持ってきた炊飯器は、寝室の棚に。

2024年11月23日土曜日

ホテルはビジネス用? ソファーや机がベッドと別になってる部屋をくれた。バスルームも広め。ここは朝食も美味しい。

昨日は家政婦さん(妹)が気を遣って散歩に行ったので、陳さんといろいろ話した。

部屋には電子レンジとルンバが増えていた。トイレの手すりはなくなっていた。手すりのために便器を交換したはずだけど。冷蔵庫の中は多少すきまが出来ていたが、バスタブはこんな状態。


私が来るので、陳さんは昨日からそわそわ、「焦燥感が激しい」、夜もよく眠れない。透析は1回3時間半になった。膝が曲がってよく歩けない。まだまだ介助が必要。

料理がんばって、用意してくれていた。いつもは、おかず2品だって。油は少なめだけど、肉ばっか、野菜少ない。塩分多い。でも陳さんは退院直後ほど食べなくなって、「塩分を気にするより、いろいろ食べさせたほうがいい」と言う。


私が鍋を持ってきたので、「口に合わなかったら、自分で作って~。そうだ、4月からずっといるから、休みをもらって姉さんの所に行こうかしら? 透析は、タクシーを手配してあげるから」と言う。

陳さんの話によると、(姉)は9月に私が帰国したあと乳ガン再発が見つかって、いま治療中。娘が1人、無職。旦那は電気工、経済的に苦しい。(妹)は離婚して、娘が1人、弁護士。部屋がないので独身、ルンバはこの娘がくれた。

「騙されて乗っ取りされてるんじゃない?って、みんな心配しているよ?」 大型家電や洗面所の設備を買い換えたのは、陳さんの入院中。退院後の生活を考えて。

陳さんを親身に世話してくれているのは感謝しているし、必要なものならお金使っても構わないが、部屋が乱雑すぎる。義姉たちと対立していることと、私をお客さん扱いして私の居場所がないことも、ダメ。本人に意図はなくても、自分の自由に差配したい、できないなら辞めるわ、ってタイプ。

これらを踏まえて、まず残り何十年もないので、なるべく一緒に暮らす。でも仕事を定年前に辞めて、私が中国で「主婦」や「嫁」をやるのは無理。そもそもそういう夫婦じゃないし。なので、「奥さんがいるなら家政婦は要らないわね」じゃないんだよ、ということを理解してもらわないといけない。

家政婦さんにやってもらっているのは、陳さんが自力で出来なくなったことで、「奥さんがやるべき仕事」じゃない、ってこと。「家政婦がいるから奥さんは来なくていい」「奥さん来るなら家政婦辞める」、どっちも違うよ。

2024年11月22日金曜日

いよいよぢゃ。衝突しないように、と言いつつスーツケースに鍋を入れてしまった。ポン酢やレモン汁(卓上サイズ)も。はっはっは! 

きのう買った御用達チーズケーキも。季節限定ラムレーズン味、これは手に提げて機内持ち込みで。

やばっ。朝の星占いで「挑発されても大人の対応で」だって。はいはい。