2023年5月12日金曜日

AIやチャットGPTに関する動画を、ちらちら見た。私の分野でいうと、レポートを書いたり、先行研究をまとめたり、には使えるかも知れない。これまでに出ている文献を大量に集めて、共通項を見つけて、要領よくまとめてくれるようなので。

言語学習や翻訳も、得意かも知れない。私よりよほど速く正確に、覚えて運用できそう。ただ私は自分が勉強したいわけだから、「だったら韓国語はもういいや」とか、そういうことにはならない。

ホリエモンによると、カメラの性能が上がっていて、画像や動画から分子レベルまで分析できるようになって、「ツルツルしている」とか「甘い」とか、その辺までAIが教えてくれるように、なるそうな。「じゃあ食べてみよう」とか「まずそうだからやめておこう」とか、「危ないから行くのやめよう」とか「本当にできないか試してみよう」とか、そういうふうに人間はなるのかな?

研究でいうと、何かしら「ない」部分を見つけて、そこを埋めて新しい何かを付け加えるわけだから、AIが研究テーマやネタまで、教えてくれるのかどうか。教わって、楽しいかどうか。

蘇軾と黄庭堅を比べて、蘇軾には「ある」けど黄庭堅には「ない」とか、そういう「差分」を見つけるのは、できそうだけど。蘇軾研究には「ある」けど黄庭堅研究には「ない」も、同様に。なぜ「ある」だったり「ない」だったりなのか、そこを考察するのは、人間かな?

と、白石君まとめの結論を考えながら、あれこれ思った。「ない」と思われていたけど「ある」ですよ、は言いやすいんだけど、「ない」と思われていてやっぱり「ない」ですね、なぜでしょう?

白石君の詞は「清空」とか「野雲孤飛、去留無迹(野をぽつんと雲が流れて、あとに痕跡も残さない)」とか評されていて、それは何故?、という。

なぜそういう人に惹かれて40年以上?、私?、ということですニャ。ここまでくると「あとがき」になるわけだ。

5 件のコメント:

  1. おはよう春ねえ♪
    あと一息?

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  2. ちゃんと形にするには、まだまだ整理が必要。でも全体像は見えているので、あとはコツコツやればいつかは終わる、という感じです。いつかは、って今年度中に終わる予定。

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  3. 逆にAIと化しているヒトもいますからね。モノイウカブヌシとか。ホリエモンも? もっともこれは人生の価値観に関わることですが。

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  4. AIでもできることをやっている「研究者」「教育者」が淘汰されるなら、いいことだな、と思っています。

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  5. AIに教えてもらったことはいつまでも心に残るのかな〜とか、、。

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