2026年4月3日金曜日

夜間の中途覚醒。授業が始まったら、こういう日が増えそう。でも二度寝できるように、2限からにしているからニャ。研究室でお昼寝してから、4限と5限やって帰宅ね。

王羲之関係の本をいくつか買ってあるので、読む。学生時代の訪中団で蘭亭にも行ったっけ。

そう、小学校の先生はたいへん、何でもできないといけない。水泳は「泳ぎ方の手本を見せられればいい」とのことで、25メートル泳げれば合格だけど、それが出来ずに夏休み中、練習している子もいた。逆上がりも必須だったかな? ピアノはソナチネの最初のほうで合格だったと思う。書道は篆刻もやった。しばらく蔵書印に使ってました。

私の若い頃は、「ずっと続けられる仕事は教師」としか頭になくて、教員養成系大学に進学して、「やるなら全教科できる小学校が楽しそう」で初等教育課程の国語科にしたけど、入学してすぐ中国語にはまって、途中から中等教育課程に転類した。重複しない科目も多かったので、どっちも履修しつつ、最終的には中高の国語の免許をもらった。でも教員採用試験は受けずに大学院に進学して、免許の要らない大学教師になった。私のちっちゃな紆余曲折。

その教師生活も残すところ1年、がんばるぞー!

4 件のコメント:

  1. 小学校教員になるのがそんなに大変だとは知りませんでした(・□・;)

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  2. 昭和初期の小学校というと、女の先生がオルガンを弾いて、子供達が周りを囲んで歌っていて、、。😊 私が小学生高学年の頃は、音楽の先生がいて、ピアノのある音楽教室に移動してましたが。

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