2026年9月24日木曜日

中国語の文法書は、清の光緒24年(1898)に馬建忠が西洋の文法にならって書いた『馬氏文通』が先駆け、ということだけど、それ以前は? について研究した、この本。長野に置いてあるけど。

中国語文法学事始

文法体系の理論だけでなく、口語をもとにした書き言葉を試行錯誤する際に、英語などの外国語の影響を受けていたのではないか、と思って。魯迅や老舎が『馬氏文通』を読んでいた、とは思わないが。翻訳をせっせとやったのは、魯迅の弟の周作人。聖書もあったと思う。

周作人 - Wikipedia

もちろん白話小説の影響は大きい。アスペクトや補語は、唐代辺りから見え始める。『論語』は対話形式だし、口語が記録されることは先秦からあったが、大量に記録されるようになったのは印刷ができるようになってから。しかし言語だけでなく思想や制度にまで影響を与えたのは、2000年前の仏教と、百年前のキリスト教かな~。

その点、日本は言語や制度は輸入しても、宗教はいざとなると神道に回帰するというか、天照大神の時代から続いている、というか。

中国布教 - 小川誉子美HP

12 件のコメント:

  1. キリスト教を中国に伝えたのは誰でいつ頃ですか。その時に聖書は持ち込まれた?古い昔なら英語ではないですよね。
    聖書はヘブライ語とかで書かれて、ラテン語、ギリシャ語、、へと、翻訳されいき、英語は結構新しかったような。周作人は、英語版聖書を中国語に翻訳?

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    1. 周作人はギリシャ語から、らしいです。

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    2. ギリシャ語から!?
      シェークスピア以前の英語も読めませんが。

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  2. 私は英語しか分からないので、英語の影響ありそう、と考えましたが、他の外国語もやっていたら、きっとその影響が見えてくるだろうな、と。

    清末から民国にかけて留学した中国人は、日本にもけっこう来ていたし、当時の日本はオランダやポルトガルからイギリスやアメリカにシフトしていて、日本経由で英語にも触れていたのではないでしょうか。もう少し後の世代は、アメリカやヨーロッパに留学した人もいました。

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  3. 学生がなじんでいるのは英語なので、「英語はこうだけど中国は~」という説明が教室では便利。でも自分自身は大学の受験勉強をまともにやっていないので、いまさら受験生が使う参考書なども読んでいます。高校生が理解できるレベルに落とし込むためには、研究のほうはもっと進んでいるのだろうな、と思いながら。

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  4. 朝勉で関正生さんの『世界一わかりやすい 中学英語の授業』も少しずつ読んでいて、いま4周目に入りました。

    名詞の単数・複数のところで、英語話者はものを見たら「1つか沢山か」の量に目がいくけど、日本語や中国語は「どんな形か?」の姿に目がいくので、量詞(冊・杯・匹など)がたくさんあるんだな、とか4周目にして思いました。

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    1. なるほど。量にこだわるか、形にこだわるか、の違いは、どんなところから来ているのでしょうね。

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    2. 英語が得意な子でも、複数形にするのを忘れることが多いのも、そんなところから?

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  5. ちゃんと修士で勉強したのに詳しいことはわすれちゃったけど、たしかドイツ人が最初に中国語の文法書を書いたんじゃなかったっけ?

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  6. 馬さん以前は宣教師ばかりで、その中にドイツ人もいたのかな?

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  7. すみません。間違えました。文心で聞いたら、イタリア人が書いたものが一番古いそうです。
    德国人赫德明1905年出版的《汉语语法》确实是最早的‌对德汉语‌语法书之一,但远不是最早的汉语语法书。 在它之前,西班牙、法国、英国等国的传教士和汉学家都已经写过汉语语法著作。‌‌

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  8. 「もっと前から」を紹介した記事があったので、貼っておきますね。

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