2026年10月26日月曜日

復活!

昨日は、ああは言ってもけっこう泣いちゃった。お腹ゆるいし、食欲ないし。でも夕方にはご飯もふつうに食べ、夜はしっかり眠れた。「大切な人をなくした時の乗り越え方」みたいな動画を何本か見たら、「何年たっても無理です」みたいなコメントがたくさんあったが、私は大丈夫そう。転んだら藁をつかんで立ち上がるタイプだし、陳さんと最後の旅行になった杭州の写真を使って、白石君まとめの見直しでもやろうと思う。「悲しみを昇華する」ってやつですね。定年後でいいや、まだ何かとワチャワチャしそうだから。

例の3年間で、いろいろ変わったと思う。いまの体制の暗い部分が露骨になって、監獄みたいな社会になった。そこで小突き回されながら家政婦を雇えばすむことを「妻」にさせたい、とは思わない男と結婚したわけで、ゴチャゴチャやかましい人もいるけど、ふふふーん♪ これから相続で揉めるのかな? ぽぽぽーい♪ 義姐たちのいいようにしてもらって、かまわない。

気丈にふるまっているわけではなくて、気丈なんでしょう、きっと。

6 件のコメント:

  1. 肩の力を抜いて、頑張れ~(@^^)/~~~

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  2. はーい! 

    日本とは違うことが多々ありますが、あっちは「そうなんだー」で流れに任せないと、抗っても揉めるだけで疲弊するかな、と。だからといって、あっけらかんとしているわけでもないですが、度量を広げて受け止めるしかないかな、と。蘇軾が黄州へ流されても海南島へ流されても、つねに楽観的だった(ように見える)のが、理解できるようになるかも知れないし。(←藁1本)

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  3. しばらくはまだ大学の仕事があるし、少しずつ気持ちが静かになっていくといいですね。家政婦も義姉さんたちも違う世界に住む人たちだと思えば…。

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  4. どっちがいい悪いではなく、まさに「違う世界」なんですよね。中国の中国人社会で「暮らす」経験がないと、なかなか理解できないと思いますけど。

    留学中は「外国人留学生」という立場だったし、結婚後は陳さんにガードされていたけど、陳さんが病気してからこっち、生の中国社会で「小突き回される」感じが、なかなか分からないでしょうね。義姐や家政婦も、その中で小突き回されながら生きているんですけどね。

    なので怨嗟の感情はないです。いろいろ誠意を尽くしてくれたのでしょうから、ありがとう、という気持ちです。ただあの中で今後も私が「暮らす」必要はなくなった、ということですね。たまに旅行に行くのは、アリかも知れないです。

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  5. 頭と心は別ではないかな。
    確かに「いた」人が、「いない」という現実は、特に大切な人なら、受け入れるのが難しいですね。気丈なつもりでも、ふと思い出して、、。いっぱい泣くしかないのかも。(大切な人をなくした経験あり😊)

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  6. そうですね。今日も思い出してちょびっと涙ぐんだりしてますが、泣き暮らして鬱になる、ってことはなさそう。予想よりは早くて急だったけど、まるきり想定していなかったことでもないので、泣きたい時は我慢でず、でも笑いたい時も遠慮せず、暮らしていくのが「受け入れる」ということかな?

    物理的にそばに「いない」期間が長かったので、「いた」はずの人が「いなくなった」感があまりしない🦆? これまでの「いた」が消滅したわけでもないですし。

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